078 東京都地下下水ダンジョン その22
「これから敵の拠点にスライムを送り込み、内部から爆破する!!」
ダイナマイトの威力がわからないが、相手に阻止されることも考えて二十匹のスライムにそれぞれ五キロほど持たせている。
漏れがないよう、起爆用の炎魔法が使えるマジックスライム二十匹それぞれに私は指示をしていく。
これらのスライムはレベルが高く、また魔法威力の増幅のためか、知能ステータスがそれなりにあるので地図も読めるようになった優秀な個体たちだ。
可愛がっていたのだろう。兵士の一人がスライムを抱きしめて生きて帰ってこいと激励をしていた。
――私は、そこまで可愛がることはできない。
こういう使い方をすることは最初から考えていた。捨て駒や道具として使うことは最初から考えていた。
番号形式の名前をつけていたのはそのためだし、愛情を持って育てているならそもそもモンスターと戦わせたりはしない。
(ダイナマイト、あれで足りたかな……)
むしろ不安はそちらだ。
それぞれ五キロずつスライムにもたせたダイナマイト。合計百キロ。
もっと持たせたかったが、あまり持たせすぎてはスライムたちの移動速度が極端に低下する恐れがあったし、あとは単純に火薬が足りなかったりと素材不足が祟っている。
「あのダイナマイトとやらはどれだけの威力なんだ? ユーリ」
隣に立って坑道から敵拠点に向かっていくスライムたちを見送る私と
一緒に錬金術スキル持ちがついていく、穴を開け、スライムが行くのを見届けたら穴を塞ぐ係だ。
また彼らには爆風が逆流しないように坑道を潰す役目もある。
「さぁ? わかりません。使ったことありませんし」
「おいおい、大丈夫なのか?」
無礼になるが宝瓶宮様の質問には、本当にさぁ、としか言えない。
前世があるとはいえ、ただのブラック企業の社員がダイナマイトを扱えるわけがない。
知識もない。危険物取り扱いの資格なんかも持っていない。
ただダイナマイトかどうかはわからないが、爆発物を使って、ビルの解体工事に使っていた動画は見たことがある。
だからうまくやればあの敵施設も破壊可能だと私は考えていた。
ダイナマイト。ダイナマイトか。
今更だがあれは本当にダイナマイトなんだろうか?
『ダイナマイト』は鑑定した結果、使用すると敵複数に50ダメージを与えられるとだけ書いてあったアイテムだ。
50ダメージ、とても半端な数値だ。レベル1のときならともかく、単発ではレベルの高い私を殺すほどのダメージではない。
――本当にそうだろうか?
爆発物の直撃を喰らえば、腕や足程度は吹っ飛ぶはずで、直撃を受けて死ななくても、さすがに出血や欠損ダメージで死ぬのではないだろうか?
ステータスが肉体に与える影響はそれほどのものなのか?
わからない。欠損を復元させる薬や魔法があるが、特別痛い思いをしたいわけでもないから試しはしない。
そもそも実験などする余裕もない。
それに今回の攻撃目標は生物ではなく、生物のような素材を使った、巨大な肉塊のような敵のモンスター生産施設だ。
(だからダイナマイトは攻撃アイテムじゃなく、爆発物として使う)
潜入して爆発物を仕込む以上、支柱などを探している余裕はないが、それでも百キロのダイナマイトの半分でも起爆できればうまくいくと思いたい。
実際にやってみたことがないし、爆発物の計算式なんかわからないからどれだけの威力が出るのかわからないが……。
(うーん。ただ、システムはシステムなんだよな)
この現実にインターフェースが侵食している以上、それを無視して行動することはできない。
だからあの施設にHPがあると仮定して、すべてのダイナマイトが無事に起爆できたならきっと半死半生に追い込めるのではないだろうか?
――いつも雑に行動するな、私は。
「よし、
報連相を行うように通信兵たちに指示を出せば、指示を出して数分後に、戦っていた兵たちがどやどやと戻ってくる。
元気な兵は多いが、やはり怪我をした兵、死にかけている兵などもいる。すぐに私は彼らの治療を指示する。
帰還した兵の中にいた磨羯宮様が私を見つけてのしのしとやってくる。
「おい、ユーリ。大丈夫なんだろうな? 拙僧らがせっかくあそこまで押し込んだのだぞ。取り戻されたらどうするのだ?」
「はい。ただ、正攻法よりはまだ可能性があるはずです」
「ならばよい。おお、宝瓶宮。久方ぶりだの」
「強欲爺、久しぶりだな」
ははは、と笑っていない表情で笑い合うお二方。
磨羯宮様を戻したのは念の為だ。
――『ダイナマイト』がダイナマイトではない可能性を私は恐れていた。
つまり爆発物と強すぎた場合だ。
その場合、施設の爆破に巻き込まれて彼らが死ぬかもしれない。
いや、レベルは高いのだ。爆発では死なない可能性は十分にある。
だが爆圧で籠もっていた防壁が吹っ飛んだり、吹っ飛んできた鉄の破片などで頭を吹き飛ばされる可能性もゼロではない。
杞憂かもしれないが、未知のアイテムを大量に使う以上、銃撃や砲撃で削られていた彼らの防壁では耐えられない可能性を考慮する必要はあった。
(ただ、ダイナマイトが私が考える以上に弱すぎたら、私の首が危ういが……)
積み上げた信用も失うだろう。この場の全員の信頼が反転するかもしれない。
ただ、ガトリングガンを真正面から攻略するなど馬鹿げている、旧日本軍じゃないのだからな。
(それに爆発の威力が高ければいいんだよ。うむ)
それだとここも安全じゃない場合もあるが、念の為、この陣地は土を建築スキルで押し固めたものの上から鋼鉄板で二重に補強をしていた。
リベットなどは使わず、スキルによって溶接に似た方法で壁に接着している。
出入り口も、今撤退してきた磨羯宮様の兵を収容後に同じ方法で塞いだ。爆発が終わったら再び開いて突撃する手はずだ。
銃眼も塞いでしまっている。もう敵側の様子を知る手段はない。
ガンガンと外の壁を攻撃する銃声だけが響いていた。
分厚く補強したが放っておけば破られるだろう。
「ね、ねぇ。ユーリくん大丈夫なの? 負けないよね?」
いつの間にか私の傍にやってきていた
「処女宮様、負傷者の治療は終わったんですか?」
「お、終わってるよ! すぐ終わらせたよ! だ、だから休んでもいいよね?」
驚くべきことにこの人の神聖魔法の腕は良い。他の回復魔法使いの腕が霞むぐらいに。
私が把握していないこの人のスキルや権能があるんだろうか。それとも単純にレベルが高いのか。
処女宮様のステータスを見る機会は実のところなかったのでよくわかっていない。
それでも仕事をした彼女に私は礼を言っておく。一応目上だしな。
「はい。ありがとうございます」
なぜか処女宮様が頭を私に向けてくるので七歳児の手で撫でてあげれば、べたべたと手をがっしりと掴んでくる処女宮様。
「え、えへへ。ね? 褒めてよ? ユーリくん、ねぇ? もっと褒めて?」
「はい。処女宮様、えらいえらい」
「えへへへ。使徒になってくれるんだよね? これで」
「はい。学舎を卒業したら使徒になりますよ」
今すぐは無理だ。システム的に認識される方法を調べる必要がある。
鑑定ゴーグルの強化でできればいいが……データが足りないよな、どう考えても。
「約束だからね?
「はい。それはもう、絶対に」
私が撫でる手を握っていた処女宮様は、手に力を込めて私に懇願してくる。
まるで逃さないというその動きに私は笑ってしまう。
いい大人が子供にそんなことをして恥ずかしくないのだろうか? 磨羯宮様と宝瓶宮様が呆れた目で見ていることに気づいてほしい。
――使徒は、結局この人の使徒になることにほとんど決めていた。
好悪でもなんでもなく、一番リスクが少ないからだ。
枢機卿猊下の使徒になる場合、どうしても今いる使徒様を押しのけなければならない(死んだ磨羯宮様の使徒の後釜も難しい。風評というものはある)。
そして処女宮様の権能さえ得られれば宝瓶宮様の手伝いもできる。
宝瓶宮様をこうして部下や資源ごとここに引き込めたのは、ツリーの閲覧ができればそういう開発の手伝いを私がすると交渉をした結果でもある。
ただおそらくはこの後にあれこれとこの二人は政治的にやりあって私の権利を奪おうとするのだろう。
(そこは好きにすればいい。遺恨は残るだろうが……何事も得だけするのは難しい)
宝瓶宮様は諦めた目をしていない。むしろ鋭く処女宮様を睨む視線には敵意すら籠もっているようにも見えた。
そんなくだらないことをしている間にも時間は過ぎていく。
「ユーリ様! スライムの誘導部隊が戻ってきました」
「穴は埋めたな!!」
「はい!!」
「時間は!」
「残り二十秒! 十九! 十八!!」
潜入したスライムが排除される恐れを考えればとにかく時間は早い方がよかった。
私はてぃ、と処女宮様を地面に転がすと「きゃん!?」周囲に聞こえるように大声で言う。
「爆発に備え、防御せよ!!」
すでにほとんどの兵が地面に伏せ、耳を塞ぎ、口を開け、目を閉じていた。
神国にあった防御方法ではない。
圧力で鼓膜が破れるだの、目が飛び出るだのと核ミサイルが日本の領海を飛ぶなんていう、とんでもなく政情が不安定になっていたころにSNSで流れていた記事の知識だ。
私が予め説明していた通りに磨羯宮様と宝瓶宮様も同じようにしている。
「五! 四!」
時計を見ながらカウントをしていた兵が地面に伏せた。スライムたちにも時計は持たせている。それを理解できるほどに知能は高い。
私もこの場の全員が防御体勢をとっているのを見届けてから同じようにした。
三秒もあればできる姿勢だったからだ。
そうして、心の中でカウントをし、残り0秒というところで地面が大きく揺れる。
ぐらぐらと固定化をした天井から土がパラパラと落ちてくる。
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