065 東京都地下下水ダンジョン その9


 神国首都からだいぶ離れたエリアに獅子宮レオが率いる神国アマチカの少数精鋭部隊が探索にきていた。

 そこは都心部に近い場所。神国が支配領域に巡らせている聖道から外れた、完全な殺人機械の領域だ。


 ――神国のある地域は弱い殺人機械しか出現しない。


 それはある種の初期設定じみたものがあるが、国民たちはそれこそが女神の加護だと思っていた。

 そんな獅子宮たちがこんな危険地帯に来たのは、神国周辺の自衛隊員ゾンビたちは例の施設を作っていなかったためだ。

 兵たちの安全を考えれば、神国の支配領域で施設の建造を待てばいい。

 だが神国地下の様子がわからない以上、ゾンビたちが新しく施設を作るのを悠長に待っている暇はなかった。

「おい、鑑定結果はどうなってやがる」

 とある壊れた廃ビルの屋上、雨や埃で汚れ何が描いてあるのかもわからない看板の背後に隠れた獅子宮は、兵を傍らに置き、とある施設を監視していた。

 今回、虎の子の機動鎧は持ってきていない。あれを着ていれば殺人機械が無視してくれるようになるとはいえ、自衛隊員ゾンビのような生体の混じったモンスターにそういった誤魔化しは通じないからだ。

 またあれは動く際に大きな音を出す。移動力の上がる装備だがこうした静かな偵察には不向きだった。

 獅子宮の問いに兵の一人、鑑定スキル持ちが静かな声でゆっくりと返答する。

「機械モンスターのジャミング・・・・・、という奴でしょうか? 鑑定を弾かれています」

「ちッ、熟練度はどうだ?」

 問いながらもインターフェースを出して鑑定を任せている兵の鑑定スキルの熟練度上昇を確かめる獅子宮。無理な鑑定を続けさせているせいで鑑定の熟練度は上がっているが、それでも上がりは悪い。

 二、三日ここで鑑定を続ければ成功するかもしれないが、ビルの屋上とはいえ、時折殺人ドローンが頭上を飛ぶこの場所に居続けるのは危険すぎた。

 未だ視線の先にある施設の全貌はつかめていない。

 強行偵察するにも難しく、また本国の様子も気になる。

(人馬宮あたりからレベルの高い鑑定スキル持ちを借りて出直すか……)

 だらだらと無駄なことをしていても仕方がない。獅子宮は撤退の決断をする。

「ちッ、一旦退く――」

「獅子宮様、見てください!!」

 声は抑えているが、慌てた様子の兵の一人に促された獅子宮は疑問に思いながらも即座に敵の施設に向かって双眼鏡を向ける。


 ――彼らが監視するそれは、全面が奇妙な肉色の壁で作られた巨大な箱だった。


 回りの廃ビルと毛色の違うそれは、違和感の塊のようにそこに存在している。

 またレベル60を越える進化済みの自衛隊員ゾンビたちがそれの回りをゆっくりと巡回していた。

「……ん? 様子は変わりねぇが……」

 監視作業はまさしく命懸けだった。

 自衛隊員ゾンビの足元には進化済みの偵察鼠ストーカーマウス清掃機械ヒューマンクリーナーがうろうろとしている。

 人間に対する奴らの感知能力は高く、こうして遠く離れたビルの屋上にいるとはいえ、少しでも油断すれば気づかれてしまうだろう。

 そして気づかれれば即座に高レベルの殺人機械たちがやってくるのだ。

 この環境で獅子宮たちが見つかっていないのは、運が良いのではなく、隠蔽スキルを持った兵を連れているからだった。

 ただしその兵は常に隠蔽スキルを発動させるためにSP回復用のポーションを飲み続け、ぶつぶつと「……スキル成功。スキル失敗。スキル成功。スキル失敗。スキル失敗。スキル成功……」とスキルを発動させ続けている。

 隠れたまま動かずに、常に隠蔽スキルによって身を隠しているからこそ彼らは発見されていなかった。

「で、いったいなんだってんだ?」

 小さな声で獅子宮が問いかければ、あそこです、と兵が肉色の壁の一部を指差す。

 その施設は人間の作る建物を模しているのか、一部、窓ガラスをはめるようにぽっかりと穴が空いている部分がある。

 そういった場所から、獅子宮たちは内部の様子を覗くことができていた。

「あれは――」

 部屋の一つに、白い服を着たゾンビがいた。ユーリがいれば科学者っぽいな、と呟くような姿形すがたかたちをしているゾンビだ。

 それが施設の中にあるガラス質のカプセルを操作すると肉の塊が吐き出された。

 人型の肉の塊は、うぞうぞと立ち上がり、それに自衛隊員ゾンビが服を着せ、銃を持たせている。

「――まずいかもしれねぇな」

 暫く獅子宮たちが観察していれば、蠢く巨大な肉の塊のような施設から自衛隊員の服を着たゾンビが何体も吐き出されていく。

 獅子宮は呻いた。謎の施設は、モンスターの生産施設だったのだ。

 ならば神国の首都の地下にも同じものがあるということになる。

「おい、あれの鑑定を――」

「レベル20越えです」

 頼まれずとも鑑定結果を返してくる兵の言葉に獅子宮は息を呑む。

「生まれたときからレベル20越えのモンスターだと……」

 なんてインチキだよ、と獅子宮は罵りたくなるのを我慢した。

 人間の子供はレベル1から、それも長い時間をかけて教育が必要なのに、モンスターは生まれた瞬間からレベルが20越えていて、しかも強力な武器まで装備している。

(ちッ、とにかく切り替えるぞ……)

 静かに、だが素早く獅子宮が率いる兵たちに指示を出す。

「とにかくここからずらかるぞ。施設の鑑定はいい! 早く巨蟹宮キャンサーあのガキユーリに伝え――」

 ぱすん、と何かが発射される軽い音がした。廃都東京で活動する獅子宮の聞き慣れた音。銃声・・だ。

「獅子宮様ッ、逃げ――」

 連続した銃声。悲鳴が続く。連れてきた兵たちがあっけなく死んでいく。

 『対生物特攻』『対人類特攻』を持ったモンスターの襲撃だ。

 隠蔽スキルを使っていた兵が青い顔をして叫ぶ。「見つかりました! 看破され――」額に穴が開く。血を噴き出し、兵が倒れる。

「おいおい、敵はどこにいるんだよ」

 獅子宮が空を見る。そこには何もいない。

 だが何か・・・・がいる・・・

 殺人ドローンが空を飛ぶ際に立てる音が聞こえる。銃声も聞こえる。だが敵の姿は見えず、さらにいえば銃声は周囲から放たれていた。

 呆然と、戦うべき敵もわからず立ち続けている獅子宮の身体にもパスパスと軽い音を立てて銃弾が突き刺さっていく。

 気合で耐えるも恐ろしい勢いでHPが削られていく。

「くそがあああああああああああああああ!!」

 無慈悲な殺人機械の襲撃が、人間の命を刈り取っていく。


 ――こうして東京都深部にて、獅子宮が率いる偵察部隊は全滅した。


                ◇◆◇◆◇


「ねぇ、宝瓶宮アクエリウスさ。もしかして迷ってる?」

「うるさいな。迷っていない」

「でも、ほら!! なんかさっきも通った道じゃないのここ?」

「土を掘っただけだからな。似たような通路だ。だからお前は勘違いしているんだろう」

「でもさ。えぇ……? 同じ通路でしょ?」

 ねぇ、と宝瓶宮と争っていた処女宮ヴァルゴが振り返ったのは学舎で合流したキリルと怪人アキラだ。

 宝瓶宮が学舎の地下に勝手に作ったアリの巣のような通路をついてきたキリルは「ええと」と言葉を返せずにいる。

 農園から学舎へ移る際や大規模襲撃などで外に出たことがあるキリルだが、彼女にとってこれが初めての地下通路だ。

 詳しく道を覚えているわけがなかった。

 ついでに言えば、彼女にとって宝瓶宮は初めて会話する枢機卿である。口が裂けても間違っているなど言えるわけがない。

「ボクもあまり方向感覚は自信がないかな」

 続けてアキラも言う。前世があるとはいえ、彼女もろくに学舎を出たことのない身なので、それは本当のことだった。

 彼女アキラもこの場についてきていた。

 正直なところ、危険そうな地下になんかついていきたくなかったアキラだが、こうして国のトップがいる場所なら安全だろうという算段があるので来ていた。

(保険もあるしね……最悪僕だけでも生き残れるさ)

 アキラはあれこれといちゃもんをつけられないように普通の学生用ローブを着てきているが、そのポケットに入っているものをぐっと握る。

 二度と作れないぐらい貴重な素材を用いて作ったアイテムがそこにはある。


 ――アキラの生命線だ。


 ここまでしてアキラが来ているのはユーリもあるが、枢機卿に興味があったからだ。

 処女宮と宝瓶宮。彼女たちはともに神国でも最上位の権力者。

 これから他国に亡命するにあたって、こうやってこの世界の権力者を観察するのはいい経験になると踏んでのことだった。

「……で、アキラだっけ? ユーリくんはどこにいるのさ」

 処女宮の言葉に宝瓶宮もアキラを睨みつけた。懐疑的な視線だ。自分が知らない道具を知っていたアキラに対する疑念がそこには含まれている。

「アキラといったな。いまさらだがこの機械、ちゃんと反応を示してるのか?」

「失礼だね。鑑定スキルで真偽は確かめただろう?」

「それは、そうだが……」

 まぁいい、と宝瓶宮は連れてきていた錬金術持ちの部下に「掘れ」と壁を指差した。

 作った道を歩くのを諦めたという意味だった。

 そしてユーリの反応に向けて、掘れ、という指示だった。

 はい! と軽快に宝瓶宮の部下がスキルを使って壁に穴を掘っていく。その部下が疲れれば別の部下、それが疲れれば別の部下、とまた掘っていく。

 通路ができるまで処女宮たちは待つことになるが、用意の良い宝瓶宮の部下たちが椅子や水などを用意していった。

「処女宮サマ、双児宮ジェミニサマを連れ出せる約束は果たしてくれるんだよね?」

「しつこいなぁ。ユーリくんがちゃんと見つかればちゃんとやるよもう」

 アキラの質問に処女宮は適当に言葉を返しつつ、楽しみだなぁ、と気楽にふにゃふにゃと笑っていた。

「おい、アキラと言ったな。この道具のレシピはもらえるんだろうな? それと他にもレシピはあるのか?」

「レシピ? あー、そうだね。処女宮サマが約束を護らなかった場合に彼女を罰してくれると約束してくれるならお譲りするけど。他のレシピもね」

「そんなことでいいのか? わかった。処女宮を罰するというのは難しいが……ふむ、魔術契約でいいか。私が契約をやってやろう」

「へぇ、そんなのがあるんだ。いいね。助かるよ」

「ええ!? ちょ、いや、守るけど! 守るけどさ!! そういうのはどうなの!?」

「うるさいな。いいから処女宮おまえは私が用意する契約書にサインすればいいんだよ!!」

「や、やだーーーーーー!!」

 物騒なやり取りにキリルが青い顔をして黙り込む中、宝瓶宮の部下たちは黙々と壁を掘り進めていく。

 現在、宝瓶宮と処女宮の探索は数日に渡って行われていた。

 ユーリが指揮をし、地下に拠点を作ったことで『人物探知機』で探知できるユーリの反応は、広大に拡張された拠点内をせわしなく動くようになっていた。

 それを追跡する彼女たちは壁を掘り進めながら、道に迷いながら、そしてこうしたぐだぐだとした罵り合いをしながらなので、どうしても時間がかかっていた。


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