064 東京都地下下水ダンジョン その8


「ユーリ様、拠点の拡張終わりました!!」

 要塞建築家のベトンさんが大声で『建築』の完了を告げてくる。

「ありがとうございます。ベトンさん」

 防音加工も完璧だ。革だのスライム素材だのでよくここまで音を通さないことができると思うが、建築系のアビリティに便利なものがあるのだろう。

 様々なスキル持ちの各種アビリティを把握したいので、具体的にどういうアビリティか聞きたいが……。

「ユーリ様、食材の加工が終わりました。次は何をすればよろしいでしょうか」

「ユーリ様、清浄な水とはいきませんが汚染の影響を少しは減らせたと思います。こちらがサンプルになります」

「ユーリ様、鉄材の備蓄と拠点の補強が終わりましたぜ」

「ユーリ様! 今日の復活分の地下アイテムの回収が終わりました。ボス部屋も余すことなくです!!」

 ユーリ様! ユーリ様! ユーリ様! と兵たちが部屋にやってきて私に報告をしていく。

(な、なんでこんな管理職みたいなことに……)

 獅子宮レオ様が地上の調査に向かったあと、多くの兵がやってきたことでここに居続ける必要がなくなった巨蟹宮キャンサー様が一度地上に戻ると戻っていった。

 私と会ったのが突然であったため、地上に残した仕事や、二階層の攻略の準備に奔走する必要があるらしい。


 ――どちらも納得できる理由である。


 ただし二人が二人とも帰った直後に多くの兵を送ってくるのは困る。

 それぞれが50名ずつ、合計で100人だ。

 いきなり送られても私の指示が追いつかないし、指揮をする体制も整っていない。

 まさか私ならできると踏んで送ってきているのか。

 たかが前世が社畜の七歳児に過度な期待を持ちすぎだ。

(しかも全員が全員仕事が早いッ!!)

 それ自体は嬉しいことだが、限度というものがある。

(とはいえサボれとも言えない)

 私が牢に戻っている時間にも彼らは働いている。

 先に来ていた六人を専任であるからと隊長に命じて様々なことをさせているが、とにかくガンガン物事が進んでいく。

 拠点の強化。装備、携行食や様々な道具の開発。隷属モンスターやレアメタルの研究などなど。

 自分でも無茶振りしたな、と思った水の浄化研究も、マンパワーのゴリ押しでいくらか進んでいるようだった。

 加えていえば、戦闘要員も送られてきたので、アイテム回収用の戦闘班も作り、ダンジョン内部に送り込んでいる。

 ただモンスターの枯渇問題もあるので、隷属モンスターと兵を組ませて一階層の遠征にも向かわせるようにもなった。

「鍛冶班は護衛にスライムを連れて鉄の確保! いらない通路は崩落させてもいい!! 建築班はサポートだ。戦闘班はスライムを連れてレベリングと素材の確保を、マジックターミナルも忘れずに!!」

 忙しい。忙しい。忙しすぎるので鍛冶班に黒板とチョークを作らせ、そこに進捗を書き込むことさえするようになった。

 なんと、わざわざ執務スペースまで作り、私はそこで仕事・・をしている。

(く、苦しい。辛い)

 なんとはなしに作ってしまったが、この部屋は息苦しい。

 もちろん一人でやっているわけではない。

 巨蟹宮様が送ってきたメガネを掛けた『書記』スキル持ちの事務系男子が地上より持ってきた植物紙に報告された物資や兵たちの行動をガリガリと記録している。

 一人ではないのだ。

 だが天井で真っ白な光を放つ電灯、壁に張られた吸音加工のされたワニ革は光を反射して淡く白く光り、黒板には様々な進捗がチョークで書かれている。

 ああ、畜生。この風景は、ここが前世の地獄かいしゃのように私に錯覚を与えてくる。

(え、エナドリ……エナドリを……)

 だがエナドリは存在しない。内心の苦しみを表に出さず、私は提出された水に手を当て、錬金を使用した。残ったのは汚染された物質だ。

「使えないですね。研究を続けてください」

 わかりました、と薬毒師のイドさんが肩を落として執務室を出ていく。

 忙しい。忙しい。私自身の研究もしなければならないのに。なんでこんなに忙しいのか。

「鑑定ゴーグルの素材はどうなってます?」

「まだ不明ですねユーリ様。一応、これが作成できたもののリストになります」

 渡された紙を見る。それは神国では新素材にあたるハイレアメタルを素材として作られた道具のリストだ。

(どれも今の神国では貴重なアイテムなんだろうが……)


 ――正直、私には必要ない。


 点数稼ぎだ。全部、巨蟹宮様に提出しよう。

(くそッ、レシピのないものを研究しようとするとどうしても時間がかかるな)

 全ての技術ツリーを閲覧できて、あらゆる素材があって総当りができた大規模襲撃とは状況が違う。

 どうしても手探りになってしまうから時間がかかる。

 加えて言えば起動鎧の材料である低出力エンジンはある程度素材や文明レベルに検討がついていた。

 それに対して鑑定ゴーグルは違う。

 スキルの発動を可能とする道具にはデータが蓄積されていない。

 何を素材にすべきか、何のスキルで作るのか、どの内政ツリーのフォローが必要なのか。

(レアメタルをマジックターミナルに寄生させ、レベルを上げて進化させて作った『ハイレアメタル』の数も少ない)

 加えていえばハイレアメタル全てを素材として利用できるわけでもない。

 寄生マジックターミナルは戦闘にも使うからだ。

 そしてそもそも、鑑定ゴーグルの上位アイテムの研究は完全に私の都合だった。

「ユーリ様はすごいですね」

 書類を眺めて今後の予想を立てている私に事務系男子のカキクさんが話しかけてくる。

「すごいって何がですか?」

「それはもう全てですよ。学舎の地下にこんな拠点を建ててしまうことや隷属モンスターの利用方法。技術の研究や兵の指導。加えて、巨蟹宮様たちからも厚い信頼を寄せられています」

 なんだ? 私を持ち上げて何を考えてるんだこの人は。

こんなこと・・・・・誰でもできます・・・・・・・

 底辺社畜の私にもできるんだ。ちょっとやる気になれば誰でもできるだろう。

 私が断言すれば、カキクさんはちょっとむっとした顔をして「そうですか」と書類に向き直ってしまった。

(あれ……? 対応を間違えたか?)

 少し気になったがまぁいい。とにかく牢に戻る時間までに様々なことをしておかなければならない。

 私は書類仕事にケリをつけると拠点内の巡回に向かうのだった。


                ◇◆◇◆◇



 スライム部屋も拡張した。専門の要塞建築家が使えるのでとにかく指示を出せば拡張をしてくれるのがありがたい。

「おお、いるなぁ」

 プール状に作られた部屋の底を覗けば、そこには色とりどりのスライムがうぞうぞと蠢いていた。

(ゼリーみたいでおいしそう、に見えなくもないな)

 スライムは人間並の巨体とちょっと気を抜くとスキンシップで殺そうとしてくる以外はかわいい奴らだ。

 私に仕事を押し付けてこないしな。

「ユーリ様!!」

 スライムを見ていれば世話を任せている兵が駆け寄ってくる。

 ただ私は気になったスライムの方に意識を向けてしまうが。

「あれは新種かな?」


 名前:まほくん

 種族:マジックスライム

 レベル:23

 スキル:魔法耐性 属性耐性 初級全属性魔法


 虹色っぽいスライムがいたので鑑定ゴーグルで調べればそういう情報が出てくる。名前は兵がつけたものだろう。

「ユーリ様、虹色の奴は全属性の魔法を当てて育成した個体になります」

「へぇ、進化が早いですね」

「はい。いくつか条件を思いついたので、最優先で進化させたらこうなりました」

 どうぞ、とスライムの日誌を手渡されたので眺めてみればレベルアップの度に全属性の魔法をスマホで当てて育成したと書かれている。

 ダメージ量や回復に使用した魔法。時間。倒した相手など事細かに記述されていた。

 こうやってくれと指導した結果だが、実際にこうして記録が上がってくると嬉しくなってくる。

「どうでしょうか?」

 期待の目で見てくる兵。

(ううむ? どうだろう)

 物理耐性が消えているからたぶん二階層に連れて行ったところで即死だろう。

 さらなる進化をさせるにも一階層ではこれ以上のレベルアップは難しい。二階層につれていく必要がある。

 それに、物理耐性がないが酸の身体が消えているのは評価したかった。

「物理耐性を持たせたままマジックスライムに進化するってのはできそうですか?」

 問いかければ兵は「そうですね。難しいかもしれません」と別のスライムの記録を私に手渡してくる。

「見ていただけるとわかると思いますが、進化の際に得られるスキルには上限があって、4つ以上のスキルを得た個体が存在しないようなのです」

 次の進化ではわかりませんが、と兵は言葉を付け足してきた。

 一階層で二段階目の進化までは期待していない。

 というか一生懸命育てても二階層の奴らの餌にされるだけだからな。

 正直なところ、あの敵の数を考えれば秘密兵器みたいな一体の強力なモンスターで蹂躙することは考えていない。

(特化した個体よりも全体のレベル上げが重要だ)

 マジックスライムの利点は魔法を使えることだ。こいつを大量生産して砲台代わりに使えればどうだろう?

(手間がかかるか? いや、でも結構いいか?)

 銃に対する盾は防弾性能のある防御拠点を作ればいい。

 スライムならば人間よりも自由に行動できるかもしれない。

「マジックスライムの数を増やしてください」

 はい、と兵が威勢よく言葉を返し、私は次の現場へと向かうのだった。



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