063 東京都地下下水ダンジョン その7
拠点の拡張を進める中、獅子宮様と巨蟹宮様が帰ってくる。
衣服はボロボロで、傷も多い。何かあったのだろうか?
「悪いね、ユーリ。スライムを全滅させた」
構わないと返答をする。スライムは順次増やしている。減ることは計算済みだ。
だが、
「二階層を見に行ったんですか?」
「うるせぇぞガキ、一度俺の目で確認しなきゃ俺の部下を動かせねぇだろうが」
要塞建築家のベトンさんが土床の上に張った革製の敷物の上に、血まみれの
「水!」
獅子宮様が叫べばすでに用意していただろう料理長のクッカーさんがコップに水を入れて持ってくる。
薬毒師のイドさんが巨蟹宮様と獅子宮様の治療を始める。
ちなみに今この拠点にある水は獅子宮様たちが来たときに持ってきたものだ。
あまり余分はないが、成人男性十人が数日過ごす分ぐらいはある。
「ったく、ひでぇな二階層は」
受け取った水を飲み干し、コップを突き出しておかわりを要求する獅子宮様。
予期していたのか、クッカーさんが水の他に炙ったワニ肉や果物を獅子宮様の前に並べれば、獅子宮様はそれを手づかみで食べていく。
傍若無人に振る舞い、口も悪いが、それを許さざるを得ないようなカリスマがこの人にはある、ように感じる。
「おい、巨蟹宮」
「うん、なんだい?」
「責任問題だな。てめぇの」
「そうだね」
獅子宮様の放った刃のような言葉を巨蟹宮様は笑みを浮かべて受け入れる。
「てめぇが、奴らのレベルが上がる前に早く調査すりゃよかったんだ」
ワニ肉で私を指し示しながら獅子宮様は「このガキから報告を貰う前によ」と鋭い視線で巨蟹宮様を
「で、どうすんだあれは? もう俺らが死ぬ前提で突っ込んだところで意味がねぇだろ」
「うん……そうだね。どうしようか?」
だから巨蟹宮様は、なんでそこで私を見るのか。
巨蟹宮様の視線を追って、獅子宮様まで私を見てきているじゃないか。
「ガキ、なんかあんのか?」
私に言われてもな。そもそも地下に造られている施設ってのは見つかったんだろうか?
「はい。まずは自衛隊員ゾンビが守っているものを確認するのが先決だと思います」
「それはやる。見つけて破壊もする。だが壊してお
というか貴方たちが二階層で何を見たまでは聞いていないんだよ私も。ええと……。
「では奴らの指揮個体を見つけて叩く、のが良いと思います」
良いと思いますってなんだよ、と思いながら言った言葉に「それしかねぇんだよな」と獅子宮様は苦い顔をする。
巨蟹宮様は「そうだろうね」と言いながら私の案の補足を始めた。
「指揮個体さえ潰せれば、奴らの統率は崩れる。崩れたら釣りだすなりなんなりで各個撃破すればいい」
「で、どう釣り出すんだよ?」
「どうすればいいと思う? ユーリ」
だからなぜ私に聞く! 七歳児にこういうことを聞かないでくれ、と思いながら私は頭を働かせる。
素直に釣りだして出てくるわけはない。
だが出てこないのにどうやって指揮を行っているのか。ゾンビはそんなに賢いのか。
「目や耳を潰す、というのはどうでしょう?」
「目や耳? ……ああ、偵察鼠か。もったいぶった言い方すんな」
ったく、と獅子宮様が考え込む。
「さっき二階層に行ったときにそんなもんは見なかったが、巨蟹宮、どう思う?」
「精鋭自衛隊員ゾンビになると偵察能力を得るとか、ありそうだけどね」
「それを言ったらなんでもありだろうが。ま、あり得るって言やそうだろうがよ」
さて、と獅子宮様は私に向かって言う。
「ユーリ、てめぇは隷属スライムを増やせ。とにかく戦力だ。戦力。それと巨蟹宮、一旦俺は上に戻る」
うん、と頷いた巨蟹宮様に獅子宮様は「地上の自衛隊員ゾンビが何作ってたか確認してきてやる。たぶん残ってんだろ」と言うと「また来る」とワニ肉を片手にダンジョンに戻っていく。
慌ただしい人だなぁ、と私は獅子宮様を見送るしかできない。
そんな私を見ながら、巨蟹宮様が笑ってみせた。
「獅子宮はなかなか頼りになるだろう?」
◇◆◇◆◇
「入れないって、え? なんで?」
門番の神官に向かって
(えぇぇぇぇ、あの
怪人アキラとの交渉のためにも双児宮の信仰ゲージは残しておかねばならず、また自らの都市内での暴虐を働くわけにもいかず、千花は頭を下げる神官に強く言えずに、すごすごと門の前から立ち去るしかなかった。
(支配者っても何もできないじゃん……)
肩を落とし、とぼとぼと千花が歩いていく。目的地は学舎の傍に併設された小神殿だった。
正面から学舎に入れるとは千花もさすがに考えていない。それでも念の為、と試した結果が今のものだったが。
「だから無駄だと言っただろう」
「でも……だってさー」
そして千花が失敗するのをわかっていたように、長く伸ばした青い髪を、美少年の『使い魔』たちに支えさせた枢機卿が待っていた。
――
「だからこの前の動議でお前が焦らず双児宮を糾弾していれば」
「うっさい! 馬鹿!! 馬鹿宝瓶宮!!」
やけくそ気味に怒鳴る千花の態度に呆れた顔をする宝瓶宮。
「貴様は何もできないんだからおとなしく私の言うことを聞けばいいんだ。そもそもこの前の会議で駆け出したにも関わらずその日の晩に私に泣きついてきたときは何事かと思ったぞ」
「だってさー!」
千花の様子に、まるで子供だな、と呟く宝瓶宮。
大規模襲撃の前の千花はこうではなかった、もっと綺麗に枢機卿の仮面を被っていた。
変えたのは彼か、と宝瓶宮は脳裏にユーリの顔を思い浮かべる。
「それでお前、資格は取ってきたな?」
「うん、それは、うん」
千花はインターフェースを空中に表示して宝瓶宮に見せた。
そこには処女宮が持っているいくつかの権利が表示されており、その中には学舎の教師資格も表示されていた。
「たくさんアマチカとられたけどね」
「あの爺さんはな。そういうところがある」
前回の大規模襲撃のあとからずっと申請していた教師資格の取得を双児宮に跳ね除けられ続けていた千花は、十二天座のまとめ役である
仲介させた手数料として天秤宮に大量のアマチカを取られていた千花は「で、これからどうするのさ?」と宝瓶宮に問いかけた。
ユーリを助けなければならない、というキリルの連絡が来たのはつい先日のことだ。
SNSのメッセージにはダンジョンだのなんだのと荒唐無稽なことが書いてあったが、ユーリならそれぐらいはやるだろうという謎の信頼が千花にはある。
その連絡は、宝瓶宮に千花が泣きついたのよりいくらか後のことだったが、連絡より先んじて泣きついていたことにより宝瓶宮の工作とタイミングがぴったり重なっていた。
「そもそも私は私で工作を進めていたんだよ。お前に連絡を受けるよりずっと前から」
おい、と奥に控えていた小神殿の神官に声をかけた宝瓶宮は立ち上がると、千花に向かって、ついてこいと歩き出す。
「奥?」
「ここの神官を懐柔して、地下道を掘り進めていた」
「地下道って……」
「
「えぇ……きもいよ宝瓶宮」
「お前に言われたくないわ!! ったく、で、掘るだけなら口の堅い兵を使っても一晩かからなかったが、とにかくここの神官どもの口を閉じさせるのに苦労して――」
宝瓶宮の苦労話には全く興味のない千花は「じゃあ、キリルと合流しよう」とさらりと言う。
その様子に宝瓶宮もいらついた顔を見せるが、だらだらと喋っている暇がないのも確かなので何も言わない。
「はい、メッセージを送ったよ。お、返ってきた。早い。さすが!」
ほら、と千花にスマホを見せられる。
そこに表示されたメッセージはキリルからのものだ。合流する時間と場所の指定がされている。
「この時間か。わかった。直下まで掘り進めておく」
「早くしてね」
「くそッ、誰かこいつをなんとかしろ」
お互いを小突き合いながら宝瓶宮と処女宮もまた、ユーリに会うために行動しているのだった。
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