050 七歳 その16


「むぅ……」

 私は鑑定ゴーグル越しにスライムたちを眺めてむぅむぅと唸る。

「無害な奴を作りたい……」


 名前:二号スライム

 種族:汚染スライム

 レベル:25

 スキル:酸の身体 汚染物質 物理耐性


 名前:三号スライム

 種族:強酸スライム

 レベル:23

 スキル:酸の身体 酸強化 物理耐性


 十数日を掛けたレベリングの結果スライムたちは新しい領域へと到達した。

 種族が変化したのだ。

 スライムに睡眠は必要ないし、食事は敵を倒せばいいだけだからほぼ常に戦わせているせいでレベルの上昇は早い(ちなみに隷属スライムたちは私の使役モンスターなので私にも微々たる量だが経験値が入っている)。

 ただ、この進化というのか、それとも環境適応というのか……たぶんゲームっぽいので進化かもしれないが、呼び方はまぁなんでもいい。

 重要なのは隷属させたスライムたちが強酸スライムと汚染スライムの二種類にしか進化しない現状だ。

 どちらもこのまま育てて良い変化をするとは思えない。

「強いことには強いが……」

 増設したスライム部屋の入り口は少しだけ部屋より高い位置に置いてある。

 そこからうぞうぞと蠢くスライムたちに向かって私はワニ肉を投げつつ、スライムたちを鋼鉄の棒でつんつんとつつく。

 ぶるぶると震えて喜びらしき感情を顕にするスライムたちを見ながら、何が要因で進化を決定しているのかを考える。

 二種類いるのだ。たぶん、もっと別の、それこそ触っても無害な奴に進化する可能性があるはずなのだ。

 スライムが進化することを知ってからは、スライムたちがそれぞれがとった行動などをこまめにメモしているが、こいつらの数が多すぎてそれも捗っていない。

(データをとってくれる奴がいればな……)

 牢に戻る時間もあるから満足にデータはとれていない。

 せめてスライムどもにまともな知能があればよかったんだが……。

 スライム部屋でうねうねと動いているスライムたちにそれを望むのも困難か。

「そろそろか」

 時計で時間を確認すると、私はスライム部屋の隅にあるダンジョンへの直通を鋼鉄棒で示し、一二匹のスライムに指示を与える。

「よし、食事に行け」

 動きが遅い傾向にある、スライムといってもさすがはレベル20越えの個体たちだ。

 指示を与えれば凄まじい速度でダンジョンに向かって駆け出していく。

 残るは何もない部屋。

 だが数分ほど待つとぴょこん、と出口から先程ダンジョンに向かったのは別のスライムが戻ってくる。

 汚染スライムや強酸スライムたち。新たに増やした十二匹のスライムたちだ。


 ――二十四匹のスライムを私は隷属化させていた。


 この部屋の隅は開けっ放しにしてあるので、それぞれのグループが常にこの部屋に待機するように調整してある。

 さらに言えば全てのスライムがレベル20を越え、新しい種族へと進化・・していた。

 ここまで強くなるともうスライムたちがダンジョン一層で死ぬことはなくなる。

 戦闘で減った体力なども自然回復で補えるレベルなので、時間さえあればダンジョンの第一階層の制覇もできるだろう。

 今の私は彼らがモンスターを排除したあとのダンジョン内でアイテムを拾って回るだけになっていて、効率よく様々なアイテムを手に入れられるようになっていた。

 臨時の休憩所も設営し始めている。物資の備蓄も進め、地図さえ出来上がればいつでも脱獄できる状態だ。

 順調だ。自ら惚れ惚れするような手際だと言ってもいいだろう。

(だが……もう少し安全なスライムがほしいな)

 汚染スライムも強酸スライムもスキンシップを間違えると普通に私が死んでしまう種族だ。

 汚染スライムは触れれば状態異常にかかり、強酸スライムは触れれば肉が焼けただれる。

 私のレベルが高いからいいが、低かったら即死するほどのダメージである。

(ポーションもタダじゃないんだ……)

 とはいえ鋼鉄棒(鉄棒から素材を変えた)を使ったスキンシップは重要だ。

 ブラック企業出身の私だから自信を持って言える。


 ――褒めなければ・・・・・・恨まれる・・・・


 この褒めるというのはなんでもいい。声を掛けるでも物を与えるでもなんでもいい。

 要は行動に対して釣り合いのとれる報酬を与えるということだからだ。

 知能の低いスライムどもだ。恨みなんてものを抱いていないかもしれないが、隷属化のシステムを私は全て理解したわけではない。

 いつ反旗を翻されてもいいように彼らが満足するようなものを積み上げておく必要があった。

(……まるでブラック企業の経営者みたいな考えだな……)

 自らが嫌悪している存在になっていくようで嫌だったが背に腹は代えられない以上、仕方のないことだった。

(さて、餌をやるか)

 ワニ肉を用意し、彼らに与えようと……んん?

 戻ってきたスライムの数が……んんん? 三匹少ないか?

 しばらく待つとうぞうぞとスライムが出入り口から這い上がってくる。

「おお? 戻ってきたな」

 この時間に戻ってくるように調教をしたが、ズレたか。もうちょっと調教したほうがいいのか?

 そんなことを考えながら鑑定ゴーグルでスライムたちを眺めて首を傾げる。

「なんかやたらダメージ喰らってないかお前ら」

 遅れてきた三匹のスライムを見るとHPが大幅に減っている。あとちょっと欠けたか?

 自衛隊員ゾンビの中には火炎放射器を装備している個体がいたりもするのでそれのせいかとも思ったが、こいつらもレベルが20にもなれば多少の知恵――生存本能がある。そういう危険な個体に真正面からぶつかることはないはずだった。

 じゃあここまでこいつらにダメージを当たれるとなれば。

「まさか……ボスか?」

 へぇ、と私の口角がつり上がった。

 良いアイテムが手に入るかもしれない。

 地図が出来上がるまでもう少しかかる。

 ダンジョンを知ることもこの世界のことを知ることに繋がるかもしれない。

「そうと決まれば準備が必要だな」

 ワニ肉をスライムたちに与えながら私はどういう手順で攻略するか考え始めるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 とはいえ、ボスを倒すのはそう難しいことでもなかった。

 戦力が過剰だったのだ。

 むしろ戦闘よりも苦労したのは移動の方で、スライムから場所を聞き出すことができなかったのだ。

 だからスライムたちの移動ルートを調べて計算して、場所を割り出すしかなかった。


 ――そのさきに巨大な扉を見つけた。


 ハッチのような鋼鉄の扉だった。

 扉の隅にうちのスライムが溶かしたらしき穴も見える。

「よっと」

 開くかな? と思いながらハッチの開閉部分に手をかければ少し重い感触と共にハッチが開いていく。

「おお――いたな」

 ハッチの先にあったのは広い空間だった。

 その中央に、巨大な真っ白い人食いワニがいる。人食いワニの進化種か。それとも特別に巨大な個体か。

 鑑定ゴーグル越しにワニを見れば、今まで見たことのない王冠のような表示がワニについていた。

 やはりボスか?


 ――『【貪り喰らう牙顎】ビッグピュアアリゲーター』。


 レベル30の巨大なワニが、一面コンクリートの、巨大な下水施設の中央で私たちを睨みつけてきていた。

 傍には数匹の人食いワニホワイトアリゲーターたちも取り巻きのように存在している。

『グルォオオオオオオオオァァアア!!』

 ワニたちは扉を開いて侵入した私たちを見つけると勢いよく突進してくる。

 ボス戦の始まりだ。

「スライム! 防げ!!」

 私は素早く後方に下がる。同時に、私の前に飛び出たスライムたちがワニたちの突進を受け止めていく。

『ガガアアアアアアアアアアアア!!』

 耳に痛いほどの悲鳴が響く。ワニたちの悲鳴だ。取り巻きのワニたちの全身が、汚染スライムの体液で毒々しい色に染まり、更に強酸スライムの体液で骨が見えるほどにドロドロに溶かされていく。

(強力なのはいいがッ!!)

 グロすぎてちょっと気分が悪くなる。もっと犬とか猫とか、そういう可愛くて小動物的な隷属モンスターが欲しい。

 だが、それはそれでここの環境だとただのスライムの餌になってしまうのでダメなんだ。

(私も攻撃に参加だ!!)

 巨大ワニから距離を取りつつ私は鞄からマジックターミナルを複数取り出す。

 スライムを隷属化してからはいろんな場所にいけるようになったのでたくさん手に入っているのだ。

 セットしてあるのは炎の球、氷の矢の二種類だ。

「スライム! 拘束は継続! 頭からは離れろ!!」

 ワニの全身に群がっていたスライムたちが私の命令に従って巨大ワニの身体は拘束しながらも巨大ワニの頭を自由にする。

 頭が自由になったせいか。巨大な口を床や壁に叩きつけながらも巨大ワニが暴れまわる。

「喰らえ!!」

 そこにマジックターミナルから私は次々と魔法を解き放つ。

 炎の球が着弾し、爆炎を上げる。氷の矢が巨大ワニの頭に突き刺さって血を流させる。

 今回持ってきたマジックターミナルは十本。それの全てを解き放った。

「どうだ?」

 鑑定ゴーグルで見たワニの体力は魔法攻撃を受けてもあまり減っていない。

(まぁ、スキルと違って知能ステータスの補正は受けてないからな……)

 誰にでも同じ威力で使えるのが利点の武器なんだろう。

 とはいえ、へばりついているスライムたちのせいか魔法は全然効いていなくとも、ものすごい勢いで巨大ワニのHPは減っていく。

「私はいらなかったか……」

 一分も待てば残るのは巨大な骨だけだ。

 ただほとんど溶けてしまっているので素材として利用はできなくなっている。

「ボス素材……ちょっともったいなかったな」

 ボス素材のレシピを持っていないので何に使えるかわからないが、たぶんなんか強い武器の素材になったかも、と思いつつもスライムがいるので私も言葉ほどもったいないとは思っていない。

 さて、モンスターを排除すれば次は探索の時間だ。

 私はゆっくりと周囲を眺めた。

「下水施設……なのか、これは?」

 ワニと戦ったコンクリートの広場のような場所の傍にはコンクリート製の小屋が建っていたり、工事現場で見るような板状のバリケードが隅に積み重なっている。

 一応小屋を見てみればワニの巣らしき場所を見つけた。

 そこには巨大真珠にも見えるツヤツヤとしたワニの卵や私の手のひらぐらいの大きさの小さなワニたちがいる。

 ワニの子供か。

「まぁ、こんな小さな生き物を殺しても――あ」

 唐突に護衛代わりに連れ歩いていた強酸スライムが私の前に出る。

 と同時に人間を認識した人食いワニの子どもたちが私に向かって襲いかかってくる。

 子ワニたちは次々とスライムの体内に飲み込まれて消えていってしまった。

「あー。子供とはいえ所詮モンスターか……」

 褒めるように鋼鉄棒でスライムの身体をぐいぐいと撫でてやればスライムは喜びをあらわすようにぷるぷると震える。


 ――強酸の身体じゃなきゃかわいいんだがな。


 目の前には生き物が何もいなくなった巣。

 卵と、卵に埋もれるようにあった宝石や魔法チップ、靴、服、書類などを回収する。

 そして私は更に探索を進め――それを見つけた。

「……階段か。これ……」

 コンクリートで覆われた床、その一部がぽっかりとあいている。

 そしてそこにあったのは地下二階層へ進むための階段。

「どうするかな……」


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