049 怪人アキラは逃げ出したい


「あのときは本当に驚いたよ。まさか自分がまた・・徴兵されるとはね」

「ええと、その、これ、次のレシピは?」

「ああ、待ってくれ。言わせて欲しいんだ。聞いてくれる人があんまりいなくてね」

 何を言っているのだろう、とキリルは錬金術を励起状態にしたまま待機する。

「器用だね? それってどうやってるんだい? 生産スキルだけなのかなそれは?」

「ユーリが教えてくれたことよ。それで、この次は?」

「ユーリくんは器用だなぁ。僕のスキルはあんまり私生活で役に立つものじゃなくてね。ガチャ運が悪かった……いや、ある意味ではよかったのかな? この世界の秘密に近づけた」

「いいから! 次のレシピを教えなさいよ!!」

「はいはい。今。錬金した『生体レーダー』に僕が用意した『魔導犬の鼻』、あとはユーリくんの私物を混ぜてユーリくん専用の『人物探知機』は完成。ね? 簡単なものだろう?」

 ここは怪人アキラの住処である屋根裏部屋の隣に併設されたアキラの実験室だった。

 といっても生産スキルを持っていないアキラにとっては貸しを作って働かせている生産スキル持ちたちに自分の服や細々とした私物を作らせるための部屋であったが。

「おや、作らないのかい?」

 アキラがおどけたようにキリルを見れば、キリルは錬金の励起状態を解除していた。

 機械と魔法の融合した奇妙な円盤と、生きているかのように蠢く、奇妙な生物の鼻を前にして口をへの字に曲げていた。

「無理よ」

「無理? どうして?」

「ユーリの私物なんて持ってないもの」

 キリルの言葉に、予想通りとばかりにアキラが口角を嬉しそうに釣り上げた。

 それでキリルは自分の願いをどうしてこんなに簡単に聞いてくれたのか理解できた。

 聡いキリルには次にアキラが言う言葉がわかってしまう。

「僕が探してきてあげようか?」

「……何が目的よ」

「そうだね。そうだねぇ……うーん、そうだねぇ」

 この『人物探知機』のレシピ情報はキリルがお願いしたらすぐに聞いてくれた怪人アキラ。

 それはきっとアキラがキリルの望みを叶えられる人物だとキリルに教えるためだったのだろう。


 ――わかってしまったら離れることができなくなる。


 中途半端に希望を見せられれば、縋ってしまいたくなるのは人間のさがなのか。

 キリルは黙ってしまう。

 アキラが何を望むのか、キリルには判別がつかない。

 こんな立派な部屋に、たくさんの素材アイテム、加えて未知のアイテムレシピ。

 もしかしたらこの怪人はユーリよりも強い人物かもしれず、キリルは警戒しながらアキラの言葉を待つ。

「僕はね。亡命したいんだよ」

「ぼう、めい? なにそれ?」

「つまりね。僕はこの国から逃げ出したいんだよ。そうだね。エチゼン魔法王国か、七龍帝国か、そのどちらかがいいな。強い国だし」

 疑問符を頭上に浮かべてアキラの言葉を聞くキリル。

「国? 他に国があるの?」

「おや、ユーリくんから教わらなかったのかい?」

「ユーリは、別に。でもそんなことをしたらきっと女神アマチカの罰が下るわ。スキルを没収されて豚に変えられるわよ!!」

 キリルの叱責じみた言葉にアキラは目を丸くするとくつくつと笑ってみせた。おかしくてたまらないというように机の上に置いた拳がぷるぷると震えている。

「あはは、あははははは、そ、そうだったね。そういう国だったね。ああ、面白いなぁ。大丈夫だよ。女神アマチカなんて存在しないんだからさ」

「あ、あなた大丈夫? 女神アマチカは存在するに決まっているでしょう? スキルをくださって、この国を、私たちを見守ってくださっているのよ? ユーリだって、女神アマチカのためにずっと祈っていたのよ?」

「ああ、知ってるよそれは。ユーリくんのそれは神殿に取り入るためのものだろうね。正攻法でよくもまぁそこまでやるものだと思ったけど、それで使徒に抜擢されたから上手いことやったなと感心したさ。でさぁ、キリル。君にユーリくんの私物を与える代わりにしてほしいことなんだけど」

「何をしたいのかわからないけれど、私はまだ生徒で、学舎の外にも出られないから、ぼうめいっていうのには手を貸せないわよ」

 そんなことはわかっている、とアキラは言いながらキリルに自分の望みを告げてみせた。

「君は処女宮ヴァルゴの連絡先を持っているんだろう? 君から処女宮にお願いしてくれないか? ユーリを取り戻してあげるから、僕を国境まで送り届けてくれるようにと」

「それ、な、んで? 私、誰にも言ってないのに」

 幼いキリルの愚かな問いに、怪人アキラはにやにやと嗤って言う。

「キリル、君が思う以上に、君とユーリは有名人なんだよ?」


                ◇◆◇◆◇


 アキラはユーリとは別の道を選んだ転生者だった。

 実力を発揮して上に行くのではなく、実力を隠して強かに、だが自由に生きようと決めた転生者だった。

(そう、そう決めた。そう決めたのに……)

 アキラもユーリと同じだった。日本という国で生まれ育ち、そしていつのまにかこの国にいた。

 いつ死んだのかもわからない。だがアキラはスキル授与の儀式が終わったその日の夜、子供の身体の中で意識を取り戻したとき、この人生を楽しく生きることに決めていた。

 スキル、モンスター、女神アマチカ。崩壊した東京のような街。異国の人間みたいな神国アマチカの人間たち。

 全てがふわふわとしていて現実感がなかった。だけれどなんだかゲームみたいで楽しかった。

 だからこの世界を存分に楽しもうと決めていたのに。

(ああ、畜生。思い出すよ本当にこの国に腹が立つ)

 あのときから、5年前からずっと逃げ出そうと考えていた。

 だけれど逃げなかったのはその機会がなかったからだ。

 5年前、アキラは強制的に徴兵されたときに、逆らえなかった自分を思い出す。

 楽しく生きると決めたのに、やりたくもない戦争みたいな状況に参加させられ、土に塗れて子供たちと一緒に荷運びをさせられたときのことを。


 ――屈辱だった・・・・・


 許してはならないことをされた。

 そして、心と脳に何かをされていたことに気づいた。


 ――それが神国国民に標準で搭載されている信仰ゲージの機能だとアキラは知らない。


 何かに動かされてしまった。この国のために働かされてしまった。

 信仰心がないと思っているアキラにとってそれはとても不気味で、とても嫌な現象だった。自分が自分でなくなるような感覚だった。

 そしてあれだ。5年前の大規模襲撃の最後だ。

 肉壁の一員に組み込まれ、死を強要されたときのことを思い出す。

 ぶるぶると震えているだけの処女宮が必死に国民を進撃してくる殺人機械たちの前に並べるように指示を出していたことを思い出す。

 あの女に対する強烈な嫌悪と屈辱。憤怒で脳を焼かれるような痛みが襲ったことを思い出す。

 あのとき自分は死んだことにして、学舎にずっと隠れ、生きていたのに。

(せっかくうまく隠れていたのに……)

 つい先日また徴兵された。

 まただ。大規模襲撃がくればどう隠れてもアキラは徴兵されてしまう。

(どうにかしてこの国から逃げないといけない)

 逃げないと死ぬ。殺される。殺されてしまう。

 せっかく目立たないように生きてきたのに。

 学舎に入ってからずっとそういう生き方をアキラは選んでいた。

 目立たないように、実力を発揮しないように。

 それでいて自分の好きにできる領域が増えるように巧妙に立ち回ってきたのに。

 だから逃げ出す。

 準備はしてきたのだ。

 5年前から調査は行っていた。この世界に関する調査だ。この国に関する調査も同時に行ってきた。

 自分の死体を用意して、学舎の屋根裏に潜んだアキラが、どうにかして生き残るために行ってきたことだった。


 ――調査には卒業した学舎の生徒たちを使った。


 学舎を隠れ家として棲み着くようになったアキラが、怪人アキラという怪談をアキラが流行らせたのはそのためだった。

 宗教国家である神国アマチカの子供たちは、オカルトに抵抗がない。貸しを一つか二つ作れば皆不承不承だが、不気味な怪人アキラを恐れて、アキラの走狗となってくれる。

(この国の人間は愚かで幼稚だ。だから・・・宗教は嫌いだ・・・・・・

 別に前世で宗教になにかがあったわけではない。

 単純な嫌悪感で嫌っているだけである。

 それにこの世界は不気味だった。最初は楽しく感じていたことが最近は不気味でしょうがなかった。

 まるでゲームみたいな世界で、ゲームみたいなことをさせられている。

 自由に生きてもいいはずの人間たちが、なにかの法則に従っている。

 子供はいくつかのことに干渉されないとか。

 大人はいくつかのことを許されるとか。

 馬鹿らしくて、それでもアキラはそれが怖かった。 


 ――調査にはスキルも使った。


 SRスキル『運命天秤リブラフォーチュナー』。

 それはランダムに自身が所属する地域で入手可能なアイテムを出現させる『ものひろい』の強化版のようなものだ。

 『運命天秤』は一日一回、運命に干渉し、自分がいる場所に出現する可能性が1%でもあるアイテムを選択して引き寄せることができる。

 ほとんどは神国アマチカでしか手に入らないアイテムだったが、まれに他国の新聞や、他国でしか手に入らない素材アイテムやレシピが手に入ることもあった。

 他国があることと、神国に他国の人間が侵入していることを知ったのはそれが理由だ。

 そして他国の人間がこの国に侵入しているなら、自分も他国に侵入できるのではないかとアキラが考えるのは必然だった。

 逃げ出すことができるかもしれないとアキラは考え、悩み、さまざまに行動し。


 ――そして今、目の前にその好機がある。


 可愛らしい少女。

 自分と同じ転生者ユーリ(アキラがユーリを転生者だと思ったのは単純に見ればわかる程度にユーリが子供らしくない立ち回りをしすぎたためである)が傍に置いている少女だ。

 ユーリを使徒に任じた処女宮が大規模襲撃の際に声をかけ、連絡先を交換していた少女。

 この娘さえいれば……。

(きっとこの国から僕は逃げ出せるはずだ)

 この最悪な国から。

 自由になれるはずなのだ。


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