047 七歳 その14
正直なところ、真面目にやってこのダンジョンを抜け出せると私は考えていない。
単純に人手が足りないからだ。
神国の軍人は廃都東京の出現モンスターと比較すれば弱く見えるが、きちんと指揮をすれば大規模襲撃を凌げる程度の練度はある。
それは彼らの忠誠の高さに加え、日々の訓練の積み重ねの結果だろう。
この下水道ダンジョン第一階層は、そんな神国の兵士を投入しても探索しきれていないのだ。
そんな地獄のごとき場所を七歳児がたった一人で探索して無事で済むわけがない。
普通に脱出できるわけがないし、なんなら当たり前に死ぬだろう。
――それでもやっていたのはそれしか手段がなかったからだ。
そもそも錬金術は戦闘スキルではないのだ。
戦闘に向いている奴がいるなら私はそいつにやらせるし、そいつが全力を出せるようにサポートをしたい。
錬金術とはそういうものである、と私は思う。
「そういうものであるので、そうすることにした……というわけだが」
ふむ、と私は新しく拠点の横に作った部屋を見た。
土で四方を囲まれた部屋だ。
新しくまた拾った炎の球の魔法チップを還元して手に入れた炎が部屋の中央に吊り下げた鉄製ランタンの中で燃え、照明となっている。
ちなみにあんまりぼこぼこと地中に穴を開けると固定化しているとはいえ、頭上にある学舎が沈んできそうで怖いから、
『鉄』を錬金して作った『鉄筋』を土の天井と床の間に通したのだ(もちろん鉄筋を持てるわけがないので材料の鉄を持ち込んでそれを
目の前の
「……鉄を
鉄を溶かすのをやめて、ぺちゃり、と土の地面でふるふると揺れる三匹の水まんじゅう。
隷属化したスライムだ。三匹いた。
それぞれ身体は元のスライムより相当小さい、HPを相当削った状態で隷属化したからか、それとも隷属化すると
「ワニ肉を食べなさい」
部屋の中央に私はワニの肉を放り投げれば、ずるずるとスライムたちはワニ肉に群がっていく。
鉄筋の原価は0だが手間がかかっているのだ。下手に食い散らかしてもらいたくなかった。
(スライムはだいぶ知能が低いな……)
この注意は三回目だった。
鑑定ゴーグルで見たスライム三匹の知能の数値は一桁だ。ちなみに私の知能の値は三桁。
「さて、どう躾けようか」
酸の身体を持つスライムを直接触ることはできない。だから鉄の棒でスライムのHPが減らないようにつつけば、うねうねと身体を波打たせてスライムは土の地面の上でうねうねする。
ワニ肉を取り込み消化すると空腹ゲージが満たされたからか、土の上で思い思いにぷるぷるするスライムたち。
(これは、なんなんだろう?)
こうして眺めてみるとアメーバ、という感じではない。たぶんもうちょっと複雑な生物に思える。
こんなものが下水ダンジョンには大量にいる。たぶんどこからか湧いている、ように思える。ワニもそうだがこいつらを下水ダンジョンに満たしたところでなんの意味があるのかわからないが。
(地上にはいないしな……なんなんだろうか)
まぁダンジョンを作った奴がやりたいことなんて考えたところでわからないのだ。どうでもいい。
こうしてスライムを隷属化したからには、やるべきことがたくさんある。
「まずはレベル上げか……」
こうして隷属化したスライムは当然ながらこのままでは役に立たない。
スライムが複数の人食いワニによって食い散らかされている場面を私は見たことがある。
スライムに物理的な攻撃はほとんど効かないが、ちぎられ、食われると普通に死ぬのだ。
もちろん私は食べられない。そういうことができるのは人食いワニのような強靭な胃を持つモンスターぐらいだ。
(同種のスライムにも気をつけるべきだろうな)
スライム同士が喧嘩をしている場面を見たことがないが、こうして私が隷属化した以上、ダンジョン内のスライムもこのスライムたちを敵視する恐れがある。
隷属化したスライムたちは身体もそうだがレベルも低い。隷属化でレベルもリセットされるんだろうか? 新しい
なのでダンジョン内のスライムとぶつかったら普通に殺されてしまう。
だからレベルを上げてやらないとならない。
(獲物はスライムよりワニのほうがいいだろう)
スライムは今後もどんどん隷属化させる。
ちなみに私はワニを隷属化させるつもりはない。
ワニは隷属化させても移動能力が貧弱だからここの拠点に置くのは難しいからだ。
出入りがとても手間になる。そして敵だらけの拠点の外に置いたら普通に一時間ぐらいで殺されしまうだろう。だからワニは使えない。
ドロップアイテムも優秀なワニは私にとっては獲物でしかないのだ。
「よし、やるか」
私はとりあえずワニを倒させてみるか、なんてことを考えながら、こうしてできた鉄砲玉たちをどう育てるか、どう扱うか、考えていくのだった。
◇◆◇◆◇
当たり前だがスライムはペットではない。
隷属化したからといって、ペットのように扱うわけがない。
彼らは私の剣であり、盾となったのだ。
そんなものに愛情なんて注げるわけがない。愛情を注いだ生物をダンジョンに投入するとか普通に私の心が崩壊しかねないからな。
というわけで、名前付けはそれぞれ『1号スライム』『2号スライム』『3号スライム』と今後増えてもわかりやすいようにした。
たぶんレベル上げの過程で普通にこの中の一匹ぐらいは死ぬだろう。
「と、思ったんだが……?」
ワニ狩りの最中である。穴から顔を出しつつ、鋼鉄の槍を投げつけ、弱らせた人食いワニに取り付いたスライム三匹はじわじわとワニの身体を溶かしていく。
(スキル『酸の身体』は結構エグいな)
こうしてじっくりとワニを溶ける場面を見たことはなかったが、普通にグロい。自衛隊員ゾンビなどもそういった面ではグロいが、あれはホラー的な怖さだが、こちらのグロさはホラーではなくスプラッター的な意味だ。
ここの空気が悪いのも相まって普通に吐きそうだ。
ただ、意外なことにスライムたちは攻撃を食らっていなかった。
――人食いワニが攻撃をしないからだ。
私が
ワニがスライムを襲っている場面は見たことがあるので、モンスター同士だから攻撃されない、なんてわけでもない。
スライムは一匹も死んでいない。
ワニが暴れればその衝撃でスライムたちのHPを減っているが、とはいえ肉を喰らうことでHPも回復している。
なるべく口回りに近づくなと指示を出しているから噛みつき攻撃の被害にもあっていない。
「ふぅん?」
羊皮紙にこの戦いの情報を記録する。傍には最近作った時計も置いた。鑑定ゴーグルを作った際に余った『金』と『鉄』で作ったものだ。
戦闘にかかった時間。敵が出現するまでの時間。そんなものを記録していく。
今後は効率的にこれを進めていく。スライムの育成方法のマニュアルを作り、私は拠点でスライムを育てつつ、このダンジョンのモンスターを駆逐していくのだ。
全ては私が安全に逃げ出すために。
「……ついでに『酸の身体』をどうにかできないか考えないとな……」
当たり前だが『酸の身体』を持つスライムがダンジョンのアイテムを持てばそれは溶けてしまう。
私が隷属化したスライムをダンジョンに投入し、そいつらがワニやスライムを倒してもドロップアイテムを回収できない。
自動化されたダンジョン攻略システムを作る上でそれらはとても不便だ。
「偵察鼠を隷属化できればいいんだがあれは機械だからな……」
ワニを隷属化しないといったが、できうるならば偵察鼠を私は隷属化したかった。
だが、隷属化は生物に使うスキルだ。機械属性を持つ偵察鼠を隷属化することはできない。
あれらを隷属化するにはたぶん『ハッキング』や『機械支配』なんかのスキルを使うんだろうと思う。
ちなみに神国で隷属スキルは農場に行かされる筆頭スキルだ。
なぜそうなのかいままで不明だったが、こうして隷属モンスターを作って理解できた。
――隷属スキルの成功率はかなり低い。
当たり前だが、隷属スキルを使っている間にモンスターから反撃があるし、隷属スキル持ちは隷属スキル以外に戦闘スキルがない。
地上のモンスター相手にあんな成功率の低いスキルを成功するまでやったところで反撃で死ぬだろう兵の犠牲と釣り合いがとれない。
というかたぶん無防備に隷属スキル使っている兵が真っ先に死ぬんだろうが。
(隷属させるための場所を専用で作れば別だろうが……そこまでして隷属化させてもな)
隷属化させたモンスターは即戦力で使えるわけではない。レベル上げしなければ役に立たない。
それに機械モンスターだってエネルギーを補給する必要がある。
たぶん『油』かなんかが必要なんだろうが、あれは結構必要なアイテムだ。
肉や穀物を与えればいい生物モンスターたちと機械モンスターは手間が全然違う。
そして生物モンスターは神国アマチカではワニとスライム以外には農場の非戦闘モンスターぐらいのものだ。
この国で隷属スキルを役立たせるにはとても大変な手間がかかるのだ。
神国アマチカで隷属スキル持ちが優先して農場に送られるもの当然だった。
「お? レベル上がったな」
肉が溶かされて、骨だけになったワニを私は滑車で回収する。
「これは、もしかして……」
見た瞬間にこれはダメだな、と思った。
一応剥ぎ取ってみるが、回収できたアイテムは『生ゴミ』になっている。
骨も溶けていたからだろうか……? まいったな。
「ドロップアイテムが悪くなるのか」
ううむ、うーむ?
ここで欲張る理由はなかった。
極論すれば、脱出するだけならアイテムはそこまで必要ではない。
というよりスライムを隷属化できたならいらないのだ。
隷属化させたスライムの数を増やしていけばいずれ安全に地図が作れるようになるからだ。
だから優先すべきはスライムたちのレベルアップ。
レベルアップに伴い知能が上がれば『酸の身体』をなんとかできるようになるかもしれないしな。
「よくやったぞお前ら」
ぺたぺたとコンクリートの壁面を這って、私の元に戻ってきたスライムたちを褒める。
まずは地道に戦力を調えていく。
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