046 七歳 その13
神国の軍がなぜ銃器を製造するのではなく、スマホ魔法を優先していたのか、その理由を私は知ることになった。
「おいおい、マジか。マジなのか、これは」
轟々と下水が流れる音が耳に響いている。
湿った空気は不快さを伴って私を苦しめる。
だが、呆然と私は眼の前の惨状を見ていた。
私の目の前には、身体の半分以上を蒸発させたスライムが無様にのたうっている。
下水道ダンジョンの通路、そこで遭遇したスライムに私は魔法の試し打ちをした。
その結果がこれだ。
たった一発の魔法がスライムを一撃で半死半生に追い込んだ。
鑑定ゴーグルでも敵のHPが残り少ないことが示されている。
私の片手には先日拾ったスティック状の端末『マジックターミナル』が握られている。
――私がやったのだ。
「魔法、強すぎないか?」
先日逃走の途中で拾ったこの道具は何を語ることもなく、私の手の中で静かに沈黙している。
名前:マジックターミナル壱
属性:魔法 レア度:D
説明:魔法をセットすることで魔法の発動が可能になる携帯端末。
効果:セット可能魔法数1。
「ただ、燃費はそこまでよくないな……」
一発放って沈黙してしまった端末を私は背中のバックパックに押し込んだ。
使い捨てというわけではないが、この端末、一発撃ったら私のSPを補充しないと次の魔法を撃てないのだ。
その作業もそこそこ時間がかかるので安全な場所で行う必要があった。
(大規模襲撃のときはみんなバンバン魔法撃ってたよな……?)
この端末の燃費が悪いというより、スマホ魔法の燃費が良すぎるということだろうか?
「スマホは優秀だな……」
スマホ魔法を使えばあの
「さて、それはそれとして、だ」
私は魔法でダメージを与えたスライムをじぃっと観察する。
端末にセットされた魔法『炎の球』はスライムの身体を焼き焦がし、『燃焼』のバッドステータスを与え、HPを減少させ続けていた。
モンスターの執念だろうか、身体を蒸発させながらスライムがじりじりと私に近づいてくる。
スライムを包む炎もじわじわとだが消えていっていた。
ダメージを与える手段さえあればもうひと押しで倒せそうだが、そのひと押しがないんだよな。
(とりあえず逃げるか)
次はきちんと準備をしてこよう。というか、ここまで弱らせたならたぶん
(そうと決まればすぐに準備をしなければな)
私はウキウキとした気持ちでじめじめとした下水ダンジョンを逆走すると拠点へと帰還するのだった。
◇◆◇◆◇
さて、準備が終わった私は再びダンジョンに来ていた。
とあるものの実験のためである。
これが成功するかしないかで私の方針も変わってくる。
(頼む……頼むぞ)
私はダンジョンへとつながる穴の縁でスライムがやってくるのを待っている。
(来ないな)
来てほしくないタイミングでは来るのに、こうして待つとどうして来ないのかはわからない。
待っていればざばぁ、とワニが私が待機している穴の傍に現れたので一度穴に戻る。
そして鉄橋側ではなく、轟々と水の流れる下水側の穴へと移動して鋼鉄の槍でずばずばと刺殺した。死体を滑車で回収し、ドロップアイテムを――
(スライムだ!!)
ワニの死体はそのまま下水に流す。呑気に回収している場合ではない。走ってダンジョン側の穴へと向かう。
(来るぞ……来るぞ)
ロープを使ってダンジョンへと降り立つ。スライムの音と気配が迫ってくる。
ドキドキと心臓が激しく音を立てている。緊張しながらも私はそれがやってくるのを待つ。
(スライムはまず獲物の頭上まで移動する)
コンクリートでできた天井を這って移動していたスライムは私の頭上で止まる。
(そして獲物に向かって落ちてくる。スライムはこれで獲物を窒息させるか、そのまま溶かす)
その通りだった。スライムが天井から落下してくる。もちろん私は素直に喰らう馬鹿ではない。
スライムが落ちそうだという気配を察知した瞬間から私は走り出している。スライムから距離を離している。
べしゃり、と私がいた場所にスライムが落ちてきた。じゅうじゅうと鉄橋から煙が上がる。微弱だが鉄を溶かしているらしい。恐ろしいモンスターだ。
ぷるぷると震えたスライムは私に向けて頭(?)らしきものを探知するようにうねうねと動かしてみせる。
いつもならここから逃げていた。地上に落ちたスライムはすぐに攻撃に移らない。一拍か二拍、敵を探知する隙がある。
その隙に向けて私は魔法を叩き込む。
「炎の球!!」
探知を終え、私に体当たりしてこようと、ゼリー状の巨体を跳ね上げようとしていたスライムに端末を向け、私は魔法を発射する。
かつて処女宮様が殺人ドローンに放ったものと同じ巨大な炎の球がスティック状の端末から発射され、スライムにぶち当たる。
「よし!」
きちんとスライムが『燃焼』したことを確認して私は距離を取る。ここで失敗していたら普通に私はロープを伝って拠点に帰っていたところだ。
鑑定ゴーグルを通してスライムを見て、奴のHPが減っていくのを確認する。
「いいぞ。いいぞ。さぁて、次だ。ここからが
弱気になるのも当然だった。
なにしろ実験をするための虫一匹、鼠一匹いないのだこの地下には。
ぶっつけ本番である。
私は拠点で『羊皮紙』と『ワニの血』で錬金した『巻物』にさらに『ワニの血』と『ワニの心臓』を錬金して作った『隷属の巻物』をスライムに向けて、広げた。
使い方は鑑定ゴーグルを通して確認している。
隷属の巻物は生物属性を持つ
ただし、成功率はそう高くない。
弱らせないといけないし、従属させるためには相手を圧倒するレベルも必要だからだ。
加えて言うなら、そういった隷属を得意とするスキル持ちが使うならともかく、錬金術のスキル持ちには使い魔の獲得にボーナスを与えるアビリティは存在しない。
だから本来、私のような錬金術スキル持ちが使い魔を作るなら、モンスターに使うのではなく、使い捨ての偵察要員として、鼠や鳥、虫などに使うのが正しい使用方法なんだと思われる。
(教義的にもどうかと思うしな)
神国の人間がモンスターを使い魔にしていたらたぶんものすごく怒られるし、下手をすればそのまま処刑されかねない。
だがこうしてダンジョンの中で、他人に観測されない場なら別だ。
思考をしている間にも巻物にSPが充填される。
私は叫んだ!
「使い魔になれ!!」
巻物から魔法陣のようなものが浮き出て、奇妙な光線がスライムへと発射される。
「こ、これは……!!」
凄まじい
全然
マジックターミナルやスマホでスキルを使ったのと同じ感覚だった。自分の一部ではないからエネルギーが使いにくいのだ。
「あー」
数秒の演出だった。
最後にへろへろと巻物から絞りカスみたいな光が出てそれだけだった。
スライムと私の間に感覚は一切ない。
(これは失敗したな)
わかっていたことだ。隷属の巻物の成功率は高くない。
私は天井から垂れるロープを握ると、全身の力を使って穴へと戻っていく。
天井の穴から下を見れば私を見上げるようにスライムがぼよんぼよんと飛び跳ねている。
減少したHPは変わらずそのまま。
「よし、やるか」
私は穴の傍に積み上げておいた隷属の巻物をスライムに向けて構えた。
「絶対に捕まえてやる」
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