045 怪人アキラ
軍部の建物が集まる一画、その中にあるダンジョン庁の執務室で仕事をしていた十二天座の一人、
「下水ダンジョンに自衛隊員ゾンビが現れている? 本当なのかい?」
大規模襲撃中に地下から現れた自衛隊員ゾンビのその後については神国でも調査をしようという動きはあった。
ただ、大規模襲撃の爪痕は濃く、巨蟹宮は兵を休めるために来月まではあまりダンジョン探索をする気にはなれなかったが、それでも偵察ぐらいはと、数少ない疲労の取れている熟練兵をダンジョンの調査へと向かわせていた。
巨蟹宮が聞いたのは、その定期報告だった。
自衛隊員ゾンビが現れている。都市の地下にいまだいるのだ。巨蟹宮は握っていた書類を強く握ってしまう。
ちなみに巨蟹宮も自衛隊員という言葉の意味はわかっていない。ゾンビという言葉の意味も。ただ、何かの隊員だったんだろうと思う。
そして自衛と名付けられながらも、生者を積極的に襲うのはなんなんだろうとも思っている。
「ほ、本当です。は、はい……ええと」
巨蟹宮が険しい顔をしたせいか、報告を行っていた兵は萎縮していた。
「ああ、ごめんね。そうだ、お茶でも飲むかい?」
「い、いえ! 失礼致しました。報告を続けます!!」
巨蟹宮の兵にとっても嗜好品の類は高級品に当たる。
巨蟹宮が飲んでいる『紅茶』など恐れ多くて飲んだところで味がわかるものではなかった。
兵は巨蟹宮に向かって報告書を差し出し、受け取ったのを確認してから報告を始めた。
「『東京都地下下水ダンジョン』内にて自衛隊員ゾンビを複数体確認しました。出現箇所は様々で特定の場所に出るということはありません」
詳しい位置は今お渡しした報告書からご確認ください、と兵は付け加えれば巨蟹宮は報告書を見ながら重要な質問をする。
「うちの兵に死傷者は出ているかい?」
「いえ、偵察に向かった兵は自衛隊員ゾンビを確認したと同時に撤退しました」
よかった、と巨蟹宮は安堵の吐息を漏らす。
「今後も偵察は出すけど自衛隊員ゾンビを確認したら逃げてくれよ。処理は私と使徒たちでやろう。機動鎧があるからそこまで苦戦はしないからね」
兵はわかりました、と頷き、さらにいくつかの下水道ダンジョンの変化を報告すると執務室を出ていく。
巨蟹宮は兵が去り、足音が聞こえなくなってから「さて、どうするかな」と呟いた。
自衛隊員ゾンビがいまだ下水道ダンジョンに残っているのなら処理は必要だ。
ダンジョンのどこかに拠点でも作られ、次の大規模襲撃の際に再び都市を襲ってこられては困る。
それに神国は下水道ダンジョンでの大規模な攻略は諦めているが、ダンジョンのモンスターは市街よりも弱いために、兵のレベル上げや素材の採集に下水ダンジョンを使っている。
ただ、自衛隊員ゾンビは強敵だ。
一体倒すのに神国の兵が二人から三人で掛からなければならず、それで勝てても一人は死ぬ。
(だけれど経験値の獲得にはちょうどいい)
強敵だがその分、ワニやスライムよりも多く経験値を手に入れられる。
ドロップするアイテムも良いものが多い。壊れているものの銃器は修理すれば使えるようになるし、手に入る弾丸もその銃を使うのに必要だ。
軍部は会議で宝瓶宮を叩いているが、こういったアイテム加工では手を借りることも多く、借りが多い。
もちろん素材収集は巨蟹宮や
もちろん巨蟹宮側も簡単なことで借りを作らないように生産スキルを使える兵を抱えているものの、軍全体のアイテムを賄うまでには至っていない。
思わずため息が出てしまう巨蟹宮。
(大規模襲撃を乗り越えても問題は多いな……)
むしろ現状を見れば神国アマチカが抱える問題は、大規模襲撃前より圧倒的に増えていた。
大規模襲撃による軍全体の被害、兵の不足。
大規模襲撃を乗り切るために物資を大量に使ったための物資不足。
問題が起きた場所に対してとりあえず資金を投入して問題を先延ばしにしていることによる資金不足。
地下のこともそうだが、他国との外交問題はあるし、技術に関しても進んだだけ今度はそれらの技術への理解を深めねばならなかった。
結局のところ、
(まぁ、処女宮が言いたいこともわかるけどね……)
誰の入れ知恵か処女宮は戦前よりずっと賢くなっていた。
道が整備されればそれだけ各村や都市から首都への物資の搬送は捗る。神国アマチカではそれほど発展していない商業活動へも良い影響を及ぼすだろう。
少ないが機動鎧も入手し、
(ただ、
軍全体の被害が酷い。巨蟹宮から見れば神国の問題の解決には軍部の復活がまず先だった。
自分たちが動くことで周囲の安全を確保しつつ、様々な素材を入手し、都市の復興の基礎とならねばならない。
そのためには兵全体のレベル上げが必要だった。
レベルが上がれば人間はステータスは上昇する。もちろん単純な労働力が二倍三倍になるわけではないが、それだけできることも増えてくる。
生存力も変わるのだ。警備に出した兵が死ぬことも減るのだ。
それがわかっていても、レベル上げのために、地下に兵を投入することはできなかったが。
地上と違い、ダンジョンという遮蔽物のない空間で銃を使って攻撃してくる自衛隊員ゾンビと戦うことはできない。
鉄の鎧など銃弾の前では無力だからだ。兵を無駄に殺すことになる。
大規模襲撃を乗り切った兵たちだ。巨蟹宮は彼らを一人でも多く次の大規模襲撃のために残しておきたかった。
(やはり戦える生産スキル持ちが必要だ)
建築や錬金ができる人材が欲しかった。
前回の大規模襲撃の際に巨蟹宮は宝瓶宮の働きに感心するしかなかったのだ。
あれと同じように、ダンジョン内で防御陣地が作れるなら、兵の被害を大きく減らすことができる。
(宝瓶宮を連れ出したいな……彼女ならば
もしくは、と巨蟹宮は一人の少年の姿を思い浮かべた。
処女宮が使徒にしたという少年、大規模襲撃を乗り切り、外交の場で
知能学習一位を取り続ける、錬金術スキルを持つユーリという少年。
(
軍だからといって戦闘スキル持ちばかりを押し付けられても困るのだ。
――巨蟹宮は軍だからこそ頭の良い人材が欲しかった。
◇◆◇◆◇
「ここに? いるの? その、
「なんとかじゃない。アキラ様だ。いいか? 失礼をするなよ。あの人はお前が年少だからって容赦してくれる人じゃないんだ」
う、うん、とキリルは自分を学舎の最上階の隅の部屋――に置いてある時計の裏から入れる小さな部屋の前で深呼吸した。
澄んだ空気がキリルの肺に入ってくる。
ボロボロで埃の積もった時計の裏に隠されていた通路だというのに、ここには埃ひとつ落ちていない。
学舎の
(ここに、
――時間を遡る。
ユーリを探すと決意したキリルだったが、その捜索は難航した。
当たり前だ。まず手段がわからない。キリルは存在するだろうと楽観視していたが、誰かを探すアイテムなんてものはまず誰も存在を知らなかった。
人物を捜索するスキルなんてものもこの学舎にはあるが、それらは戦闘学科の生徒が持ち主で、
――キリルは自分の価値を知っている。
自分はかわいいし、自分は頭がいいし、自分はおしゃれをしている。
つまり幼い男子たちはキリルを欲しがっている、価値の高い女の子であるキリルを欲しがっている。
だからこそ戦闘グループの乱暴な男の子たちにそこまでは頼れない。ユーリを探す手伝いを許してもいいが、キリルが彼らに全面的に頼ることになってはいけない。
――弱みを握られれば何を頼まれるかわかったものではないからだ。
アイテムを使っての捜索をキリルが行おうとするのはそのためだ。
レシピさえわかればいいからだ。レシピがわかったら自分で作ればいいし、そのあとは自分で探せばいい。
素材はなんとか用意するし、ユーリを探し出したあとは処女宮様に連絡して
だから探した。
つまり女の子らしく噂話を頼った。
学舎に潜む怪人の噂。
その人は学舎のどこかにいる。
生徒が困っていればどこからともなく現れて助言を授けてくれる。
その中には生徒がずっと探していたおとしものや運命の人は誰だなんていうものもあった。
都合の良い
だが信心深いキリルはなにも疑わずその噂話を収集し続けた。
――そして分類した。
どこで助けてもらえたか。
どんな状況で助けてもらえたか。
いつ? どこで? 誰を? 誰が? そういった情報を集め続けた。
そして怪人のつなぎになっているだろう生徒たちを
――学舎の怪人は実在する。
それは噂話を収集するうちにキリルが気づいたことだ。
キリルは努力家で、賢かった。
結局ユーリに泣きついたとはいえ、ユーリを超えるためにずっと努力してきた。
生来の性質として、努力が苦ではないのだ。
ユーリを越えたいとおもったとき、足を使って上級生たちに錬金方法を聞き回り、同級生たちとスキルについて様々に話し合った。
それと同じことをした。
人から話を聞き、データを集める。
その結果を紙にまとめ、要素を抽出する。
消える直前にユーリがキリルに行った
表グラフだのなんだのというよくわからないが、雑多な情報をよくわかるようにする図形。それらを使ってキリルは情報を纏めたのだ。
そうして怪人への
最初は追い返されたものの、翌日にはキリルのもとに迎えの人物がやってきた。
曰く、キリルは怪人に興味を持たれたらしい、ということ。
そしてキリルはその部屋の前にいる。学舎の最上階、の更に上にある部屋。
「入ります。アキラ様」
最上級生が扉を開く。キリルはそっと最上級生の後ろから部屋の中を覗き込む。
――その女性はその部屋にいた。
生徒ではなく大人の女性に見えた。
豪華な衣服を着て、メガネをかけていて、木製の家具に囲まれた部屋でキリルをじっくりと見てくる。
「君がアガット村のキリル? ローレル村のユーリを探しているという?」
「は、はい」
テーブルの上に置いてある湯気の出ているお茶らしきものを飲みつつ、ふぅんと、アキラと呼ばれている女性は嗤ってみせた。
「なかなか可愛い娘だね。なんとも
この場にいないユーリに向かって話しかけるようにキリルを評価するアキラ。まるで嘲るようなその様子を見て、キリルは思う。
(あー、私、この人のこと絶対に好きになれない)
学舎の怪人アキラとキリルはこうして出会ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます