043 七歳 その11
「ん……?」
下水道で手に入れた魔法チップの還元を始めて数日後のこと。
コンクリート壁に覆われた独房にて、私はとてもよく反省しているということで、数日前からスキル学習を再開していた。
錬金するメニューは毎日変わるものの、平均して錬金でボーナスが付きやすい薬剤関連が多くなっている。
それで今日、『薬草』を『軽傷治癒ポーション』に錬金していたときのことだ。
「あれ? 数間違えたか?」
目の前に並べた手のひらに収まるぐらいの大きさのポーション瓶の数をかぞえた。
おかしいな。なんだか錬金できたできたポーションの数が多い。
ポーションを100本作れ、という学習内容で、渡された薬草は100株。錬金術を行使すればできあがるのは100本ぴったりなはずなのだ。
――材料が残っているのにポーションが100本完成していた。
ええと、ああ、わかった。
(これは熟練度が上がったのか……)
鑑定スキルやインターフェースからスキル内容を確認しない限り、新しくアビリティを取得してもそれがどんな効果を持つかはわからないし、そもそもアビリティを覚えても、なんのアビリティを覚えたかすらわからない。
だが推測はできる。私のようにどんなアビリティを覚えるのか知っている人間ならば。
ポーションの数が多い、ということは。
(これは『生産数+1』を覚えたのか)
39だった私の熟練度が40になり、20%の確率で錬金生産物の生産数を+1するアビリティを覚えたのだ。
(熟練度が上がったのはチップの還元が理由だな……あれは結構レアアイテムっぽいし)
作るよりは簡単だが、還元行為は失敗も在り得る、熟練度上昇行為だ。
それに、錬金術を利用した鑑定もどき、あれも結構熟練度が上がる。
(『熟練度』ね……あの神のようなものが与えた力に馴染んでいるってことかな……)
内心のみのため息。
それはそれとして、力を得たのならやるべきことがある。
(当然、使徒様に正直に言う選択肢はない)
余った薬草を前にして私は考える。周囲を見るが監視の使徒様はいない。
使徒様は使徒様らしくとても忙しいらしい。私の牢内に袋に入った薬草の束を押し込むとすぐに仕事に行ってしまわれた。
(やるなら今だな)
私は机の上にポーションを100本並べ、周囲に耳を澄ませる。
このスキル学習を始めてから使徒様の来訪タイミングがつかみにくくなった。
初日はすごく遅かったし、最近は結構早く回収に来るのだ。
息を吸う。吐く。心臓がドキドキする。
(よし、来ないな)
私はベッドの下に手を突っ込むとコンクリート色に偽装したワニの皮を剥がして、袋に入った薬草を皮の下に隠してある穴に向けてバサバサと落とした。
本当なら袋ごと落としたかったが、この袋は返却しなければならないのだ。
(あとでワニの皮で袋を作るか……)
新しく覚えたアビリティは私の心をうきうきさせてくれた。
これで素材をちょろまかせる。
当初押し付けられるように始まったスキル学習は私の探索時間を奪う忌むべきものだと思っていたが、こうして下水道内で手に入らない素材が手に入るならば今後は歓迎してもいいだろう。
私は薬草を穴に全て入れると、ベッド下の穴を皮で隠し、ふふ、と口角を緩ませた。
『薬草』の使い道は多い。その錬金先のポーションも、
(ああ、そうだな。今日作ってしまおう)
ああ、今日の探索が楽しみだ。
◇◆◇◆◇
消えない『火』は地下の拠点の中央に置いた。
触れれば熱く、火傷をする『火』だが、この火は酸素を消費しない『火』でもある。
少し気をつける必要はあるが、置きっぱなしにしていいというのは明かりとしてちょうどいい。
土の地面の上に敷いたワニ皮に私は腰を降ろした。
「さて、やるか」
私は学習で手に入れた『薬草』を並べると次々に『軽傷治癒ポーション』へ錬金していく。
出来上がる9本の軽傷治癒ポーション。
――だが目的はポーションではない。
ポーション瓶の中身は作ってあった水筒に全て流し込む。水代わりに使うのだ。
ポーションはそこまで味が良いわけではないが、汚水や洗面台の水よりは安全性も高く、飲みやすい。
もっとも目的はそれではない。
私は空になったポーション瓶を見て、口角を緩めた。
――ポーション錬金ではなぜか容器が一緒に作成される。
アイテムとしての識別は『空のポーション瓶』だ。砕くと『壊れたポーション瓶』になり、錬金すると『ゴミ』になる。
ただし、『空のポーション瓶』を9つ集めて錬金すると『ガラス瓶』になる。
これを砕き、『ガラス片』にし、ダンジョンの鉄橋を還元した『鉄』、ダンジョン内で拾った『金のインゴット』を還元して作った『金』、チップを還元して作った『レアメタル』、人食いワニから手に入れた『ワニの皮』と錬金することで『鑑定ゴーグル』が出来上がるのだ。
ちなみに皮は動物のものならなんでもいい。
(まさかこんなところでこの装備を使うことになるとはな……)
装備類の錬金に関しては割合うろ覚えだったが、大規模襲撃の際に、貴重なレアメタルを使ってしまった思い出深いレシピということで覚えていた自分を褒めてやりたい気分だった。
(地上だと鑑定持ちぐらいなら結構いるから真面目にゴミだったんだよなこれ……)
ゴーグルを頭に装着しながら私は口角を緩める。
地上ならゴミだが、地下にいる私にとってはこれこそが求めているアイテムだった。
これは『簡易鑑定』のスキルのついた、知能と技術のステータス補正のあるゴーグルなのだ。
防御力も少しだけだが上昇する……いや、防御力って真面目になんなんだろうな。なんで頭の装備で全身の防御力が上昇するのか不明で怖い。
(思考が脱線してる……わけのわからない概念が多すぎるんだよなこの地球)
ここにいると無限にため息が出そうになるが、悩んでいても仕方ない。
これで生存力が上がったのだ。素直にその点のみを喜ぼう。
さて、これを作ったのは二つ理由がある。
一つはガラス片を作れるようになったから作ったということ。
ガラス片の材料となるガラス瓶を作成するには『砂』と『火』が必要だ。ただ『火』は消費してしまうし、そもそもダンジョン内では『砂』が手に入らない。
ただ、ポーションは手に入る。
もっともあの危険なダンジョン内でポーションを9つも集めようという気にならなかったし、このゴーグルのためだけに、それだけのポーションを水筒に移すのも嫌だった。
ポーション瓶から移したポーションは物質固定を使っていても、大抵性能が劣化する。
薬草から作れる軽傷治癒ポーション程度ならともかく、鑑定ゴーグルはダンジョン産のランクの高いポーションを劣化させてまで作りたいものではない。
だから錬金スキルの学習に薬草を送ってきてくれた双児宮様にはその点のみで感謝してやってもいい。
(あの方が監禁してる張本人だがな……)
――ただ、不思議とこの境遇に恨み辛みは感じていなかった。
もちろんあの方の使徒や部下になることは嫌だが、私は別にあの方のことは嫌いでも好きでもないのだ。
私は他人にそこまでの興味を持てていない。
(それは私の前世が原因だろうな)
ブラック企業で散々人間の醜さを見せられた。
(それはある)
期待できるほどの仲間を得られなかった。
(それもある)
ただ、結局のところ私は、怒りという強い感情を持ち続けるだけの根気がないのだ。
(私がもっと怒れるような人間なら……)
きっと荒野で野垂れ死んででも、この国から出ていっただろう。
(そんな強さがあればよかった)
そんな強さがあったなら、きっと前世ではもっとうまくやっただろう。
――夢想もいい加減にしろ。
(益体もないことを考えている場合ではない)
他人などどうでもいい。私が頑張るのは私の人生をよくするためだからだ。
まずはこのゴーグルだ。
私はゴーグルのレンズを通して拠点内を見渡した。
周囲にはたくさんの『アイテム』が属性別に整頓されて置かれている。
全て私がダンジョン内で収集し、ここに集めてきたものだ。
レンズごしにそれらを注視する。インターフェースで見たのと同じ表示が出てくる。
「よしッ! よしッ!! よしッッ!!」
声が拠点に響き、思わず私は口を閉じた。上に響いていなければいいが、ちょっと落ち着こう。
深呼吸し、土臭い空気を口いっぱいに詰め込む。息を吐き出し、舌にのこる土の味に辟易する。
(『物質固定』で固定したが……どうしても粗はでるな)
そのうち壁をワニ皮で覆うべきだろうか? この拠点にそこまで労力を掛けるのもどうかと思うが。
(永住するわけでもないんだしな)
それより鑑定結果だ。これが知りたくて私はこのゴーグルを作ったのだ。
攻撃魔法が入ったチップを見る。簡易鑑定でどこまでわかるかわからないが……頼む。頼む、出てくれ。
ポコン、とポップアップするように魔法のチップが反応する。
(どうだ?)
名前:攻性魔法【炎の球】
属性:魔法 レア度:C
説明:攻性魔法プログラム【炎の球】を保存したチップ。
効果:特定の端末に読み取らせることで【炎の球】の使用を可能にする。
やはりスマホ以外にも端末がある! 特定の端末とわざわざ書いてあるなら、スマホ以外でも大丈夫なはずだ!!
「よしッ!!」
大声を上げてしまった。やば、と私は口を閉じた。声? 大丈夫だったか?
あまり響いてないように思うし、そうでもないように思える。
心を落ち着けよう。心が疲れているのか些細なことで興奮しすぎている。
(
今日もダンジョンでチップの回収を優先して探索をしようかと思ったが、この心地ではたぶん集中できない。
モンスターに遭遇したら殺されるな。
(とりあえず牢の方の様子を見てから、今日は拠点で作業するか……)
アイテムを鑑定し、還元できるものは還元してしまおう。
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