042 七歳 その10


 逃げ帰ってから数日後のことだ。

 ダンジョン直上の穴の傍に作成したそこそこの広さの拠点に私はいた。

 火やライトがないので真っ暗だが、どこに物を置いたかは覚えているし、錬金術を励起状態にしておけば簡易だがアイテムの効果がある程度わかるので物の判別にはそう苦労しない。

 ただ、私は今日は探索に出る気はしなかった。

「……命の危険がやばすぎるぞ、これは……」

 言語も胡乱になるほどの危機的状況である。

 攻撃手段がない状態で歩き回ることがもう嫌になっていた。

 床に敷いたワニ革の上で横になりつつ、私は収穫物を手探りで探り当て、今後の事を考える。

 ここ数日で手に入れたものは、攻撃魔法のメモリーチップが三つ。鉄の剣。鉄の盾。皮の盾。薬草。解毒剤だ。

 あとは偵察鼠、人食いワニのドロップが少々。スライムは未だ倒せていない。

 脂も手に入っていなかった。

 一応、一日をワニ狩りに費やしてみたときもあったものの、ワニは脂のドロップ率が低いらしく肉と皮と骨ぐらいしか手に入っていない。

(そんなにダンジョンは渋いのか気になったから、ドロップアイテムは大規模襲撃時のインターフェースで確認したんだけどな……見間違いだったか?)

 ああ、ちなみにワニの死体にナイフを突き刺すとワニの死体からいくつかアイテムが取れる仕様だ。偵察鼠も同様で壊れた偵察鼠を手にとった時点でいくつかのアイテムに分化される。

 死体がまるまる手に入ればそのまま脂を手に入れてもいいが、そうそううまい話はないようだった。

 ダンジョン内のモンスターがこんなめんどくさい仕様になっているのは、たぶん偽死しんだふりをしてくるモンスターがいるからの仕様なんだと思う。いや、適当に考えただけだが。

 とはいえ、魔法だ。とにかく魔法だった。

(このチップ……どうやって使うんだ?)

 スマホに読み込ませる? いや、スマホ以外にもあるはずだ。読み取れればいいんだから、とにかくなんでもいいんだよ。

 私自身が読み取れないかとニオイを嗅いだり、舐めたり、一時間ぐらい触ったり頭の上に乗せてみたりしたもののなんの変化もない。

 スキルなんてものが私の肉体にはインストールされているのだ。なにかないかと首筋や手首を調べてみるもそこにも何も無い。

 もう改造人間でもなんでもいいから変化がほしかった。

「……何か、あるはずなんだよこれを使う方法が……」

 救済措置、というよりダンジョンの傾向で、という話だ。

 炎の球、と書かれているはずのチップを指先で撫でながら考える。

 ダンジョンにアイテムが落ちている、ということはそれを餌に人間をおびき寄せたいのだ、ダンジョンは。

 だからダンジョンには無意味なアイテムは落ちていない……はずなのだ。

 攻撃魔法が落ちているなら、それを使えるようにできるアイテムもあるはず。

 指先でチップを撫でる。


 ――これ、素材に解体したらどうなるんだろうか……。


 この小さいチップに魔法が入っている……のか? それとも魔法のプログラムが入っていて、それに端末にインストールするなりして、端末に魔力を流すことで魔法が発動する?

 暗闇の中、私はじぃっと考えている。

(インターフェースの魔法開発はどうなっていたんだっけか?)

 技術ツリーにあった、スマホにインストールできる魔法を作成するツリーの内容を思い出す。

 確か魔法開発系の施設を都市内に作らないと中級以降の魔法技術開発はアンロックされない仕様だったような気がする。

 神国では素材が足りずに止まっているツリーだった。

 アンロック……アンロックか。

(こうして落ち着いた状況で考えると、対戦車ロケットをあの時点で作ろうと考えていた私は本当にプレッシャーで頭がおかしくなっていたな……)

 私がやったことなど、貯蔵されていた素材を使って片っ端からできそうな技術ツリーを埋めた程度のことだ。

 その程度しかできない私を宝瓶宮アクエリウスにしようなんて考えている宝瓶宮様の考えは本当にわからない。

 それはそれとして、これを素材に還元するとどうなるのかは気になる。魔法のチップは素材倉庫にはなかったアイテムだからだ。

「とりあえず、素材を並べて見るか……」

 還元すると決めれば私の目にはこのチップは魔法の詰まったアイテムではなく、単なる素材にしか見えなくなる。

 さっきまでは錬金術の対象にするなんて全く考えなかったのに、こうして素材と認識した今ならこれをどう活用しようか悩めるようになる。

 意識は重要だ。

「そうなると木材が必要だな……」

 素材は可能性だ。素材があるとないとでは私ができることも変わってくる。

 それに錬金術の成功率に知能ステータスは必須だ。

 それはエネルギーで成功率を操作できる私でも例外ではない。

 知能ステータスが高ければ頭の巡りがよくなる。アイデアも湧きやすくなる。

 私はダンジョンで拾った盾と剣を、鋼鉄と木材に還元した。

 還元は素材となったアイテムがまるまる戻ってくるわけではない。もう盾と剣に戻すことはできない。

 これらには何か特殊な効果があったかもしれないが、私が認識できない以上そんなものは存在しない、ということにする。もったいないなんて考えない。

 作成できた木材を知能にブーストをかけるための装備である杖に変換するか悩む。

 だが、木材が減ってチップを錬金する際の錬金先が減るのも困る。

 とりあえず素材の状態で並べて見るか。

 チップ、木材、皮、肉、鋼鉄、鉄、汚染水にガラクタ、ネジ……。

「お?」

 チップ同士が反応している。炎と氷の攻撃魔法のチップだ。

 ……チップ同士のレシピは……あー、思い出せない。素材のチップが倉庫になかったからよく見てなかったんだよ魔法系のツリーは。

 ただ、たぶんこれを錬金すると新しいチップができるような気がする。

 他のアイテムの話だが同種の別アイテム同士の合成は同種のツリー内アイテムにしか派生しなかった覚えがある。

「この錬金を試すのはまた今度だな」

 もう少しチップに余裕ができたらやってみよう。

「さて、じゃあ素材にしてみるか……」

 なにに変化するんだろう。錬金術をチップに使用すると暗闇しかないはずの目の前にアイテムが現れる・・・

「うわッ……」

 思わず私は目を閉じた。

 ええと、なんだこれ? 明るい・・・

 暗闇にぼぅっと光が満ちている。暗闇に慣れた目だと単純に眩しい。目を閉じたままにする。

 微妙に暖かい、というか熱い。なんだこれ?

 危険物か? 触れないように、錬金術を励起状態にして内容を確かめることにする。

 まずは地面に落ちているなにか金属質なもの。

(これはレアメタル……で、なんだこれ?)

 残りはたぶん二つ。どちらも初めての感触だ。少し集中しもぐって深く錬金を行使しないように確かめる……あー、なんだこれ? 片方は熱いぞ。すごく熱い。火傷しそうだ。触れないようにして調べる。

 火? 『火』か、これは? 炎の球のチップだから、材料に『火』? マジでか。これどういう状態なんだ? 何を燃やしてるんだ? さ、酸素とか大丈夫かここは?

 ものすごい不気味な状況に遭遇している。地球の物理法則に干渉している何かの気配を感じる。

 それに、そろそろ錬金術を止めないといけなかった。

 深く潜る状態を長く続けている。息継ぎ・・・、というわけではないがあまり潜り続けていると頭がおかしくなる。正気が保てなくなる。

 解体して手に入った素材はあと一つだ。がんばれ私。がんばるんだ。

「なんだこれ?」

 これも火と同じく初めて触れる素材だ。

 ただ魔法的なものの気配がする。たぶんカテゴリ的に私が触れたことのないタイプの奴だ。

 探るもぐる。情報が流れ込んでくる。これは――魔法属性と機械属性を持つ合成素材――『魔導素子』。

「ッ――ぶはッ……はぁ、はぁ、はぁ……」

 苦しい。辛い。深く潜りすぎた。

 息を荒く吸う。頭がガンガンと鳴り続けていた。

 おかしい気分になる。まずい。あんまりにも深く何か・・に潜りすぎていた。地面に頭を打ち付けながらうずくまる。身体を丸め、強く身体を抱きしめる。

 こんなにも便利な錬金術を私が好きになれないのはこれのせいだった。

 浅く使うならともかく、深く理解しようとすると奇妙なもの・・・・・に接触してしまう。

 それはまるで世界を睥睨するように世界に干渉している存在だった。

 私がこうして触れたことにも気づかないような、そんな存在だ。

(まるで、この世界を眺めるのような……)


 ――きっとあれ・・が、この世界をおかしくしたのだ。


 妙に考えすぎている。私は七歳児だ。世界のことなんかどうでもいい。ただこうなった理由を知りたいだけだ。

 考えるな。考えるな。考えるな。

 息を吐く。息を吸う。目尻に涙が浮かんでいる。拭いながら立ち上がる。

 目を開き、暖かいその光を見た。

 私が作った小さな空間に、何を燃やすでもなくそれはあった。


 ――『火』があった。


 私が作った小さな空間に火が存在している。酸素を消費して存在しているようには見えない。

 なにかのエネルギーの塊のようにも見える。

「こうなってるのは『物質固定』……のようなものか?」

 『物質固定』は私が土を固めるのに使った、錬金術の熟練度10で覚えるアビリティのことだ。

 私は土を固めるのに使ったが本来はポーションなどの薬品を劣化しないように固定化させるアビリティである。

 それと同じようにこの火は固定化されているように見えた。

便利・・、だな……」

 不気味さを棚上げにして私は火を眺めている。

 たぶんこれをスライムにぶつけても掻き消されるだけだろうが、こうして明かりとして使えるならとてもいい気がする。

「落ち着く……」

 人間の本能だろうか。火を見ているととても心が落ち着いてくる。

 私はいつのまにか握っていた機械部品のような魔導素子を地面に転がした。

「結構、いいアイテムみたいだな。魔法のチップは」

 還元すればいいアイテムが手に入る。

 レアメタルがあればいくつか高度な機械アイテムが作れる。

 そこにはきっとこの状況を打開するアイテムもあるかもしれなかった。

(そこまでの根気が私にあるかはわからないが……)

 希望を捨ててはならない。諦めてはならない。頑張らなければならない。

 それでも私は身体を横にした。妙に疲れてしまった。

(少しだけ、自分に甘くなろう)

 今日はもういいだろう。深く潜りすぎた。心が折れる直前の気配があった。

 牢に戻って横になろう。

「前途多難だな……」


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