038 七歳 その7


 牢屋からに出た私の目に入ったのは薄暗い地下通路だった。

「……ここは……まさか、ダンジョン、か?」

 眼下には巨大な水路を轟々ごうごうと勢いよく水が流れていた。色が汚く見えるものの、臭いはそうきつくはない。

 ただこの勢いで流れる水に落ちれば命はなさそうだった。

人馬宮サジタリウス様はあそこを通って移動したのか)

 水路の上には2,3人ならば横に並べる幅の鉄橋が架けられている。

 ただ、鉄橋の上に私がたどり着くにはいくらかのがあった。七歳児の私の跳躍力では越えられそうにない。

(どうするかな……)

 あそこに行くための方法を考え……――ぐるぐるという唸り声が真下から聞こえた。

「うぉッ――!?」

 壁に開けた穴・・・・・・よりダンジョン内を観察している私を、水路の中より睨みつけてくる白いワニがいる。

 これが戦闘系学科の生徒たちが学園地下で偵察鼠以外に遭遇し、逃げ帰ってきたという『人食いワニホワイトアリゲーター』という奴だろうか。

 ぺたぺたという音も聞こえてくる。

 何が水っぽい生物がこちらに迫ってきている音だ。

(たぶん、スライムだな……)

 HP生命力か、SPスキルポイントを感知してきたのか。

 接触すると魔法以外では倒せないと噂の怪物モンスター

「……撤退だな……」

 準備不足であった。

 私は錬金術で周囲の壁を変換して、目の前の穴を塞ぐと牢獄へと戻るのであった。


                ◇◆◇◆◇


 閉じ込められる生活に飽き飽きしていた私が考えたのは脱獄であった。

 生徒の監禁は双児宮ジェミニ様にとっては弱み・・であるはずだ。

 聖書の解釈によれば全ての神国アマチカの国民は女神アマチカのものであり、枢機卿たちはその管理を代行しているに過ぎない、とされている。

 無期限の監禁。つまり双児宮様のこの行為は女神アマチカの権利を侵害しているともとれるのだ。

 つまり私がとるべき行動は、この牢獄を自力で脱獄し、処女宮ヴァルゴ様や宝瓶宮アクエリウス様に会うことか?

 いや、スマホを取り戻して、連絡を取れればいいのか?

(……待てよ。これは、システムとしてはどうなるんだ?)

 大規模襲撃の最後、なぜ処女宮様は私に声をかけることすらしなかったのか。

 なぜ私はそのまま学舎に向かって歩いたのか。

 あのときは疲れていて、あれが自然だと思ったが……今考えればいくつか不自然な点があった。

 元気な私だったら、今後のために各枢機卿に挨拶ぐらいはしただろうに。

(スマホはそういう制限がないのか?)

 聖書によって私たち子供にも保証されたスマホを、なぜ双児宮様が取り上げたのかと思ったが、そういうことか?

 外部と連絡を取られるのを嫌がった、のか?

(やはりスマホが必要だ……)

 システムでは接触できなくとも、システムに制限されない手段で外部と連絡がとれれば正規の手段でこの場から抜け出せる。

 私としてはなるべくこの国に居続けたい。

 大規模襲撃でいろいろとしてしまった責任はもちろん感じている。

 だが、そうではない。私の目的ではそちらの方がだからだ。脱獄ができたとしても荒野で野垂れ死ぬよりは、この国に居続けることの方がメリットがある。

 指が震えているのがわかる。ユーリが恐怖を思い出しているのだろう。

(キリルと会っていないからな……)

 キリルがいれば、私は私を取り戻せる。会ってあの少女と話したいと思ってしまう。

 もちろん本当は、こんな努力をしなくても、地上に戻る方法はあった。


 ――だが、使徒にはなりたくないな……。


 使徒になると頷けば双児宮様は私をここから出すだろう。

 もちろん私にとっても悪い話ではない。

 権力は重要で、前世の経験から私は高い位置に自身を置きたいと思っている。

 だが、処女宮様、双児宮様。あの二人はダメだ。宝瓶宮様が言っていた私に宝瓶宮を譲るという話も嫌だ。

(そうだな。仮に私がなるのなら……)

 私が使徒になるのならば。尊敬できる獅子宮レオ様のような方の元で働きたい。

 あの方は真面目で、立派で、筋肉がある。

 私が尊敬できる素晴らしい方だ。

 息を吐いた。理想の未来を考え、口角が緩む。

 そんな未来が来たらいいなと考えるのはブラック企業時代からの癖のようなものだった。

 ただし、動かなければそんな未来はやってこない。

「……やるか……」

 監視の目がこの牢獄は少ない。

 誰かが訪れるのは本の差し入れと食事の時間、それとシャワーに連れて行かれるときだけだ。

(それも使徒様が直接……やはり弱みなんだよ誰かにバレれば……)

 雑務に小僧を使わない、というのはそういうことだ。

 いや、学舎の小僧と私は面識がある。私が閉じ込められていれば彼らは何かと気にかけてくれる可能性がある。

 なるほど、地道にコネを培っていた成果か、これは。

 監視カメラなどを使われている可能性も心配しなくていい。

 技術ツリーを把握している私にとってはそれらが存在しないことはわかっている。

(子供が脱獄をするなんて考えてもいないんだろうな……)

 それとも、錬金スキルについて不勉強ということだろうか。


 ――そうじゃないか。


 双児宮様の発言を思い出す。彼女は生徒を子供だと言っていたこと。

 つまり彼女は、捕らえた私が逃げ出すなんて考えてもいないのだ。

 神国の外を子供が知らないと思っているのかもしれない。それとも彼女自身がに出ることを考えていないのか。

 双児宮のあの権能を持った少女こどもが、子供のままずっと学舎の中で暮らしているのならば、そう考えるのも当然なのかもしれなかった。

(なるほどな、双児宮様そんなものか)

 処女宮様や宝瓶宮様と同じだ。どこか彼女たちには歪なものがある。そういう部分で私を自分のものにしようとしてくる。

(甘い。甘すぎる。女子供のわがままで私の人生を潰させるわけがないだろうが……)

 二人分の人生を生きているのだ。ユーリのためにも私が諦めるわけにはいかなかった。

 よし、と私はベッドの下にある小さな隙間に身体を入れる。

 板が張ってある。そこに『錬金術』を使用する。

 次に板の下にあったコンクリートの床、その一部分に向かって『錬金術』を再び使用した。


 ――ぽっかりと私の身長の半分ぐらいの空間ができる。


 通常、コンクリートに錬金を使うと『砂利』に変換されるが、今の私は何も持てないのでそのまま錬金の失敗で消滅させたのだ。

 子供一人が潜り込むにはちょうどよい空間ができたのでそこに身体を入れ、更に地下に向かって錬金を使う。

 『土』の層がでてくる。『土』は『木材』と一緒に錬金すると『肥料』へと変質させることもできるがこれも消滅させる。

 一メートルや二メートル掘り進めることもできるが消滅させるとそのまま落下するので30センチずつだ。。

 2,3回やって上を見上げればベッドの裏側が見えた。

(暗いな……)

 たとえばこのまま掘り進めばきっとマントルにまでいけるのかもしれないが、そういう興味はない。

 それにきっと酸素が足りなくなるだろうし、暗闇で怖くなるかもしれない。

(明かりに関しては私が魔法を使えればよかったが……)

 そういうことはできないのでこのまま掘り進むなら手探りで周囲を探ることになるだろうな。

 さて、こうやって潜ったなら、このまま目の前の壁を削るように、直線に錬金を使えばいいだろうか。

(ふと思ったが、ここから更に地下の建造物がなくてよかったな)

 下に部屋があって私がひょっこり誰かに遭遇する、なんてことがあればとても恐ろしい。いや、それはそれで目的に合致するのかもしれないが、それだって相手が双児宮様の派閥でなければ、だ。

 双児宮様は他の神官を信用していないかもしれないが、神官様たちにとっては別かもしれない。

 媚を売るために私を売るかもしれないのだ。


 ――学舎内では不用意に誰かに接触するのはやめておいた方がいい。


(キリルに会えればいいが……)

 そういう意味ではこのまま地上を目指すのがいいか?

 それとも以前処女宮様が私を案内したあの倉庫、あそこまでいければいいか?

(どうかな。私はあそこの兵士と話せるのか?)

 システム的な問題がどの程度私と彼らに干渉を行ってくるかが肝だった。子供とユニットである兵士は話せない、とかだったら困る。

 まぁそういうことはないと思うが……それでも何かを頼む頼まれるなどの行為は無理があるのかもしれなかった。

 検証したいが、ここは神国だ。そういう行為が宗教的にどう見られるのかが不安だった。魔女狩りとかされたら怖い。

 まぁそもそも外にでられなければそういうことも不可能ではあるが。

(そういえばインターフェースには幸福度のパラメーターがあったな)

 国民は陳情が可能ということか? ただ、どういう処理なんだあれ? ん、んん?

 考えすぎて何もできない状態になっている。とにかく、だ。とにかく、ここから出る。出てから考える。

 時間に注意しておこう。使徒様が牢屋を見たときに私がいなかったら問題になる。

 正確な時間がわからない。時計がほしい。スマホがあれば……。

 くそ、文明が崩壊してもスマホに依存している自分にイライラしてきた。

「腹時計じゃダメか……」

 時計のレシピはなんだったかな……鉄と金あたりで出来た気がするが。

 ちなみに時計は鋼鉄と同じアンロック型の技術だ。内政ツリーに存在する、時間に関わる技術を開発することで、その国の国民全てが製作可能になるアイテムだ。

 時間に関わる技術は神国ではすでに開発済みなので素材さえあれば作れるはずである。

(さぁて……とりあえず直線だ)

 ここは学舎の下で、直線で掘り進めれば倉庫の地下に出られるはずだ。

 私は錬金術を目の前の土に向かって使い、掘り進めていく。頭の上から土が落ちてくるので錬金のアビリティの一つである『物質固定』を使って天井を固定していく。

 掘り進めるのに結構SPを使う。休憩を取りながら進んでいく。


 ――あれ?


 土が終わりコンクリートが現れ、それを消せば、ぽこん、と眼の前に空間が広がっていた。

 轟々と水の音が響いている。

「あー……ここは……まさか、ダンジョン、か?」

 廃都東京の地下に張り巡らされた奇妙な世界、『東京都地下下水ダンジョン』。

 牢獄を掘り進んだ先はダンジョンだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る