039 七歳 その8
ダンジョンへと道を開通させた数日後のことである。
「よっと」
この位置がわからなくなると困るので私が降りてきた位置の鉄骨は目印になるように消滅させている。
一日や二日でダンジョンの壁などが修復されないことは確認している。
漫画などであるように不思議な作用で直ってしまったら困るからな。
(さて、ここからどこへ向かうかな……)
悩む私の目の前を
この槍は私が立っている鉄の橋から材料を拝借して作ったものだ。もともとは全部鋼鉄だったが全部鋼鉄だとレベルアップしている私でも重かったので人食いワニの骨を柄に使うことで軽量化に成功している。
人食いワニは壁に開けた穴から顔を出しつつ鋼鉄の槍を何本も落とすことで始末し、死体は鉄を加工したワイヤーと滑車で回収した。
ちなみに鉄橋でワニ相手に同じことをやるとワニは下水から飛び上がり、鉄橋の上に這い上がってくるので狭い穴の中から攻撃するのが重要である。
槍術のスキルがあればもっと簡単なんだろうが、私が使えるのは錬金術だからな。危険な行為はあまりしないようにしたい。
「そうだ。忘れてた」
私はその場で立ち止まると天井の穴と傍の鉄橋の角度を考えながら錬金術を使用していく。
今までは天井の穴とこの鉄橋の行き来はロープを使って行っていたが、それだとやたらと時間がかかるのだ。
鉄橋から取った鉄を錬金術で加工し、死体回収に使った滑車とワイヤーを利用して、レバーを回すと橋が持ち上がって天井の穴に向かって階段ができるように加工したのだ。
これは前世で自宅を建てるならこうしたい、と考えて見ていた屋根裏部屋画像を思い出して作った自信作である。
材料はその辺に転がっているし、加工も錬金術だから簡単とはいかないが時間をかければ作成できる。
「ふ……今日の探索終了」
細かい部分にこだわっていたら階段を作るのに時間がかかってしまった。
おそらくもう食事の時間だ。使徒様が私の牢に来てしまう。
私は階段を登り、穴の中に入ると天井側からの操作で階段を地面へと落とした。
ガシャン、と橋が落ちるときに結構な音がして少しびっくりする。
ばしゃり、と音がして人食いワニが集まってくる。まずいまずい。
私が入った天井の穴を用意しておいたコンクリートの板で塞ぐ。開けっ放しだとスライムが入ってくるからだ。
コンクリートの板は結構な重さで重労働だが筋トレだと思って我慢した。
(次回は防音性についても考えてみるか)
牢屋に戻れば、使徒様がやってきそうな時間であった。
私が服と身体の汚れを錬金術で浄化し、息を整えていれば使徒様がやってくる。
「食事です」
「はい」
食事を受け取れば
女性の使徒様とはいえ、こうも感情のない目で見つめられると昆虫でも見ているような気分になる。
「……毎日こんな狭い部屋で飽きませんか?」
「いえ、祈る時間だけはありますから。毎日熱心に祈っていれば時間はすぐに経ってしまいます」
「そう、ですか……」
そうですか、ともう一度呟くと使徒様はいつものようにトレイは返却口に、と言って去っていく。
――私に興味を持たれていないといいが……。
脱獄に必要なのは自由時間の多さだ。割と自由に過ごせている感はあるが、可哀相という理由で構われると私の都合が悪くなる。
(もう少し素材があればなんとかできそうだが……)
それが下水道で揃えられるかは怪しかった。
さて、すぐに食事を終えた私はトレイと反省文と本を返却用にちょっとだけ空いている穴に置くと筋トレをする。
筋トレは寮にいたときよりも多くやる。
牢獄の食事で栄養状態がよくなったのもあるが、ワニ肉が手に入ったおかげでタンパク質がたくさん手に入るようになったからだ。
「ふぅ~~」
私はワニ肉を錬金術で加工して作った肉ペーストを食べ終わると(ちなみにこの肉ペースト、錬金術加工すると結構味がよくなるものの、原材料が謎肉に変化するのだ。本当に謎である)明日の予定を考える。
何をしようか。どこを探索しようか。悩むなぁ。
しかし――。
――結構楽しくなってきたな……。
「まいったな、これは……」
牢獄生活が楽しくなってきている自分がいる。その事実に戦慄する。
監視されているものの個室に食事に本だなんだとめちゃめちゃ優遇されている。
そのうえでこうして自ら外に出られる
――これは私ではなく、ユーリ少年の冒険心か?
閉じ込められているというのに、なんだか楽しくてしょうがない。
ふむ、とりあえず目標を設定するか。
まず一番はキリル少女と会うこと。キリルであれば私の地上での立場なんであれ、とりあえずスマホを借りるぐらいはできるはずだ。
もしくは
スマホを通したほうがシステム的には無理がないはずだが……まぁ可能ならやってみる、ということにする。
(なんだかんだとこれらは難しいが……)
なにしろダンジョン内に出られるようになったものの、現在位置がわからない。
どこが学舎かわからないし、政庁の位置も不明だ。
壁を掘り進んでもいいが、あれはあれで掘り進むのにエネルギーを消費するし、真っ暗で狭い空間は単純に嫌だ。
なりふり構わずがむしゃらに地上を目指して進んでもいいが、双児宮様に本気を出されて捕獲されたら次はこんな自由な牢獄ではなく、24時間監視付きの牢に放り込まれてしまうだろう。
何をするにしても、ある程度の準備は必要だった。
「……まず、地図を作成してみるか……」
地下に物資を蓄える倉庫を作ったので現在手元にはないが、ワニ革を使って羊皮紙を(素材はワニ革なのに羊表記だが)作れた。
骨で作ったペンと血で作ったインクもある(ちなみにこれらは植物系印刷技術ツリーではなく魔法系魔導書製作ツリーのアイテムだ)。
人食いワニは素材の宝庫だった。
数匹倒して、たくさんのものが作れた。
ワニ革のロープに、
偵察鼠も素材の宝庫だ。奴らはガラクタをドロップするが、確率で磁石や基盤などの素材を落とす。ここから方位磁針を作成できた。
ワニ肉、地図に方位磁針。これでたぶん探索はできると思う。水はまぁ下水を浄化すれば――ううむ、『火』があればワニの骨と錬金して炭作成、その後に汚染水と炭を錬金して、浄化水にできるんだがな……。
下水はアイテム的には『汚染水』だから単体で錬金しても『ヘドロ』とかができてしまう。
ちなみに『火』も素材の一種だ。『鍛冶』のスキル持ちなんかは『素材追加:火』などのアビリティで『火』を用意しなくても火を素材とすることができるらしい。
錬金は万能だがその辺りは自前で用意しなければならず、結構めんどくさいのだ。
ワニの皮で水筒は作れたから……うーん。水はシャワーで、いや、シャワーは物を持ち込めないしな……。
ワニの血でも飲むかぁ? うーむ、毒はないけど単純においしくない。インターフェースがないとこういうアイテムの詳細がわからない。
錬金術がRスキルであることがよくわかる。どれだけ鍛えようとも錬金術はアビリティに『鑑定』もないし『薬毒判定』などもないのだ。
「あ、洗面台……」
そうだ。洗面台の水を使えばいいか。
ああ、でも洗面台か……嫌だな。嫌だなぁ……。
この国の水ってかなり
中庭の水道で出したばかりの水ならともかく、皮製水筒の中に入れて持ち歩いた水を飲むのは嫌だった。
結構というかかなり不味い。ユーリ少年の舌は生まれた頃からろくなものを食べてないせいか結構な馬鹿舌だが、私が乗り移ったせいで味にうるさくなってしまっているのだ。
――ふむ、目標も決まったな。
まずは生活を安定させよう。
火を手に入れる。火。ワニの脂肪から油を作って、その油を燃やすか? その方法で作った火ってアイテム判定されるのか?
最初に『火』を作った奴すごいな。というかめんどくさい。ひたすらめんどくさいなこの技術ツリー。
地球に元からある法則と混じってすごいめんどくさい。
誰か仕様書をくれ仕様書を……。
(もしくは鍛冶スキル持ちを連れてきてくれ)
錬金術は万能だが、万能ゆえに細かいところに手が届かない。
知恵熱がでてきたのか。少し頭が熱っぽい。私は悩むのを止めると今日はもうベッドで眠ることにした。
子供だからな。睡眠をしっかりとらないと大きくなれない。
◇◆◇◆◇
翌日からはいくつかの小目的を作って探索を始めることにした。
まずは火を入手すること。
次に正常な水を用意すること。
次にこのダンジョンの正確な地図を作ること。
最終的に地上へと脱出するための物資を蓄えて、キリルに会うか、枢機卿様たちに会うか、になる。
(まぁ、ガバってるがこんなものだろう)
出てからのことは何も考えていない。
当然だ。神国アマチカの都市について私はインターフェースで覗いたものの全く知らないのだ。
何か作戦を立てようにも立てようがない。
だからとにかく、と私は槍を持ち、目の前を通り掛かる偵察鼠を破壊し、ドロップアイテムを回収しながら呟いた。
「まずは行動あるのみ、だ」
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