036 七歳 その6


(これで一週間か……)

 私が双児宮ジェミニ様によって牢に入れられ、一週間が経過した。

 石造り、ではなくコンクリート製の牢屋だ。

 畳と板が3対1の割合で敷かれており、扉は鉄製。板側の床にはベッドも置いてある。

 鉄格子から覗けるようになっており、部屋の隅には一応、壁で視界を遮られるように設置されたトイレがあった。

 風呂はないが日に一度はシャワーを浴びられ、食事は三食差し入れられる。

(学舎の施設……というよりこれは……)

 拘置所だろうか? そういう建築レシピがあるのか?

 とはいえ、私にとってもここは結構快適だった。個室だしな。

(ふぅ、読んでしまったが結構面白かったな)

 畳の上には小さな机がある。子供用の机だ。その上に私は読み終わった本を置いた。

 この牢屋では毎日の義務である学習はない。

 生意気を言った反省文を原稿用紙で一枚書き、提出するだけだ。

 そのあとは、一日一冊だけ差し入れられる双児宮様チョイスの本を読み、筋トレをし、スキル学習の代わりに座禅をして毎日を過ごす。

 外に出ることはできない。期限もわからない。

 ただ、スマホは取り上げられている。

 毎日来ていた鬱陶しい通知を見ることはない。

(ここに一生入っててもいいかもな……)


 ――嘘だよ・・・


 なぁユーリ少年わたしよ。

 全力で生きると誓ったのだ。そのうえでこの人生を最良のものにするのだ。

 出世はそのための手段だった。

 この国を良くしようと思ったのもそのためだ。

 だがここまでされたのだ。私の目的をこの国で果たす必要はあるのだろうか?

 たとえば国を出て、一人で生きる。荒野で情報を探し、世界の真実を探る。

 たとえば他国に亡命し、そこでほどほどに出世をしながら世界の真実を探る。

 考えるも、それもまたどうだろうかと悩むのだ。

 まず国を出てどうやって生きるのか。

 この世界にはモンスターがいる。

 特にこの東京の場合、殺人機械という恐ろしい奴らばかりだ。まず無事にこの東京から出ることの難易度が高すぎた。

 だが神国を強化し、それなりの地位についたならばそのこの東京を探ることができる、ようになるかもしれない。

 東京は日本の首都だ。廃墟で見つかる情報にも重要なものが多く含まれている、はずだ。


 ――それに、国会議事堂や政治家の家などを探れるかもしれない。


 この世界の真実の断片がおそらくその辺りにあるはずだった。

 自衛隊の基地でもいいが、亡霊戦車がうろうろしてそうなそこに踏み込むのは神国の戦力では難しいだろうしな……。

 まずは永田町を探りたい。日本という国の最期がそこに記録されているはずなのだ。

 廃都東京を拠点とする神国という場所はそういう意味では私に都合がよかった。

 ただ、それはそれとして他の可能性を考える。

 ここで踏ん張るにしても全ての選択肢を考えてからでいい。

(流浪が難しいなら亡命はどうだ?)

 私が他国に行き、そこで成り上がり、神国を降伏させるか侵略するかで東京を探索できるようにする方法。

(難しいな。まず他国の技術ツリーを鍛え上げてその上で亡霊戦車に真正面から勝てるようにしなくてはならない……)

 この国が亡霊戦車に勝てたのは神聖魔法があったからだ。

 それ抜きで戦うならばどうしても近代化は必須で、そこまでの技術強化を他国の人間である私がやっても許される国。

(まぁ、夢物語だな……)

 ここでなら私には処女宮ヴァルゴ様と宝瓶宮アクエリウス様というコネがある。

 私が観念して受け入れれば使徒でも枢機卿でも思いのまま。


 ――思い上がっているな……。


 実際に女神アマチカが私を枢機卿にするとは限らないのだ。

 実際、私が受け入れたとしても宝瓶宮様から宝瓶宮の権能を譲られる可能性は低いだろう。

(やはりこの神国という国は私にとって都合がいい……)

 亡命を考えるにしてももう少し状況が悪くなってからだろうな……。

 まずはこの場所で少し意地を張ってやっていかなければ、どこでも追い込まれれば逃げ出す思考になってしまうだろう。

 ユーリ少年わたしに逃げ癖をつけるわけにはいかないのだ。

(それに、国家を管理しているインターフェースが他国と神国で同じ規格なら、七歳児の私が亡命したとしても人間と見なされることはないだろう……)

 十二歳から成人である、というのは他国でも一緒なのかもしれないし、そもそも他国の正確な位置を私は知らない。

 年齢、武力、地図、足りないものばかりだ。逃げるにしてもこの国で頑張る必要はあるのだ。

(とはいえ……どう頑張るべきか……)

 私は思考を止めると本に視線を落とす。

 双児宮様から配布された今日の本。哲学書だ。七歳児に読めるとは思えない人間の善性や道徳について書かれた本。

 読み終わったがトロッコ問題などの論理問題が載っていたりと懐かしさに駆られる内容だった。

(日本語の本を差し入れてくる辺り嫌がらせなんだろう)

 双児宮様はそもそも私がこれらの本を読めているとは思っていないらしい。ただ分厚いから差し入れられただけ。

 そもそもあの人も読めていないらしい。差し入れられる本のジャンルはバラバラだからだ。

 道徳書の前は麦の本だったし、その前は中国の古典の本だった。

 私も一日で読み切るのが難しい本が多かったがここにいると他にやることもないし、そもそも一日で取り上げられてしまうのできちんと読み切っている。

 双児宮様としては罰のつもりらしい。

 つまりここに入れられた子供に、何もない部屋で読めない本を与えて反省を促す類の。

(知能学習の代わりになるから助かるが……)

 しかし、あるんだな。やはり、日本語の本が。

(どこかに収集しているのか? それも探りたい)

 悩んでいれば食事の時間になっていた。双児宮様の使徒らしき女が牢の前に立っている。

「食事です」

「ありがとうございます。使徒様」

 牢の入り口に置かれた食事を手に取る。

 生徒の食事ではなく、わざわざ私のために作っている食事のようで、実のところ生徒の食事より質がいい。

 よくわからないクズ肉ではなく結構大きめの肉の塊が入っているからだ。

 なんの肉かはよくわからないが。

「……食べ終わったらいつものようにトレイを出しておきなさい」

「はい。ありがとうございます」

 去っていく使徒様。私が使徒だったからわかるが、使徒というのは主人の権能を分け与えられている存在だ。信頼を与えられている存在だ。

 つまりここから私を出せるかもしれない存在だ。


 ――なんとか縋り付いて使徒様に出してもらうのは無理だろうか?


 ダメか。優先順位は私より双児宮様に対しての方が強いだろう。無体を働かれているならともかく今の私は結構・・いい生活・・・・をしてしまっている。

 説得もダメだ。私は口が回る方ではない。

 スープに浮いている肉をスプーンでつつきながら考える。

(今から双児宮様の使徒にして貰うことでここから出る……というのもな……)

 初志貫徹は私の今の人生の目標だ。そこを螺旋ねじ曲げたとしても、幸福にはなれない。

「うん、おいしい」

 今日のスープも味が良い。作った人間の腕が良いのだろう。

 パンをちぎり、さて、どうするかな、と考える。

 背を預けた壁を見て……ああ、と思った。

 牢と言えば、そうだな。そういう方法もあったか。

 幸い私は様々なレシピを把握している。

「やってみるか……」

 ここの生活も楽しいが、無駄に過ごしている感が強い。

 やるべきことをやらなければならない。


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