034 七歳 その4
さて、周囲を育てると私は考えたがそのためにはまず信頼できる仲間を見つけることから始めなければならない。
――なんてことはない。
信頼? 仲間? そんなものはどうでもいい。
そういう贅沢は今はいらない。他人への信頼など後から考えればいい。今はとにかく周囲の人間を強く、賢く鍛え上げることに専念しなければならない。
そもそも国家一つを動かすのだ。一人一人、それこそ人間性まで見て判断するなど愚の骨頂だ。
自分色に国を染め上げるつもりか? 馬鹿なことだ。凡人な私が人を判断したところで弱い凡人の国しかできないだろう。
そもそも私よ、君もわかっていると思うが私という人間に人を見る目を求めないで欲しい。
ブラック企業で
社長だとか、役員だとか、私より偉くて賢いはずの人たちを信じて頑張った結果がどうなったか忘れたのか私よ。
――どうせ私には他人の人格など判断できない。
だから上流工程だよ
そもそも一人一人面談して信頼がどうこう、なんてことで国を変えられる人材を探せるのか?
私が一年で仲良くなれた同年代の人間は同部屋の友人たち五人とキリル少女だけだというのに。
「というわけで
「はい?」
学習終了後の自由時間だ。早めに午前の知能学習を終えた私は図書館に来ていた。
とある人物に会いにきたのだ。
その少女は、読んでいた本を閉じると、目の前に立った私を見てこてんと可愛らしく首を傾げてみせた。
「アマチカ貸しとは物騒ですね」
「はい。いいえ、物騒でしょうか?」
欲しい人間に貸すだけのことだ。何も物騒なことはない。返せなかったらきちんと取り立てはするが。
ただ、その保証を双児宮様にしてほしいのだ。私は。
ぱたん、と本を閉じた白い少女。可愛らしい少女だ。だがキリル少女とこの少女は圧倒的に存在感が違う。年月を経た知性の欠片が仕草から垣間見える。
――十二天座は加齢で外見が変化しない。
神国が続く限りは不老不死だからだ。だから実際の年齢などしれたものではなかった。
そう、私が図書館でたびたび見かけていたこの少女が十二天座の一人だった。
数多く学舎があるなかで私がいる学舎に十二天座がいるなんて偶然かとも思ったがそこはそういう権能をこの方は持っているので偶然でもなんでもない。
騙りでもない。
大規模襲撃の際、インターフェースで十二天座全員の顔写真を見たのだ。
そのときはまさかとも思ったし、そのあと処女宮様からの報酬を、学舎でこの娘が持ってきたことで私の中でこの少女が十二天座であることは揺るぎないものになっていた。
双児宮の権能を女神アマチカから与えられている少女はふむ、と考える素振りを見せてから「神国では十二歳以下の商売は禁じられていますよ。そもそもアマチカ貸しというのはどういうことなんです?」と問いかけてくる。
おや? 聞いてもらえている? どういうことだ?
十二天座様としての彼女に直接持ち込んだのだ。この行為が礼を失しているのは当然で、つまりは提案を聞いてすらもらえず、ばっさりと断られると思っていたのだ私は。
予想外の反応に私もちょっとドキドキしてくる。
まずジャブとして提案だけして、そのあとに三顧の礼とか処女宮様のコネなどから攻める方向だったのだ。
「はい。双児宮様。私は望む生徒にアマチカを貸したいのです」
「ローレル村のユーリくん、そもそもそのアマチカは貴方のものですが、貴方のものではない、ということは理解していますか?」
所有権の問題だ。私は同年代の少女のように見える双児宮様に「はい。このスマホは女神アマチカのものです。そのスマホにアマチカがチャージされる。だからこのスマホに入っているアマチカも女神アマチカのもの。スマホもアマチカも私のものではなく女神アマチカのものなのです」と答えた。
双児宮様はまるで出来の良い子供を見るように私を見て、にっこりと微笑んだ。
「はい。よくできました。そうです。そこに収められているスキルもそうです。ローレル村のユーリくんが頑張った結果として手に入れたアマチカを寄付して、スキルをスマホにインストールしたとしても、そのスキルもまた女神アマチカのものなのです。なのでたとえ貴方のスマホの中に入っているアマチカといえども、女神アマチカのものである以上、貴方が自由に貸し借りして良いものではありません」
スマホは女神からの貸与品だ。
十二歳以下はあらゆる物品の所有権を許可されていない。その問題を解決する方便として、この解釈は使われている。
「ユーリくん。食料品や嗜好品の所有権が許されるのは、それが貴方たちの精神的な健康、ひいては健全な成長に寄与すると判断されたからなされていることです。そういった意味でアマチカの貸し借りというのは、我が子らである生徒たちによくない影響を及ぼすので物騒だと私は思いました」
以上です、と双児宮様は笑みを浮かべた。
まるでのっぺりと、貼り付けたような笑みのように見える。
子供なのに一見、慈母のような笑みに見えた。
だが、やはり――
――
もっと周囲を固めてからの方がよかったか。せめて神官様の一人か二人を計画に取り込めていれば……だが時間がない。信用もない。そもそも神官様や生徒をいくら集めたところで、この人物が本気で反対すれば徒党を組んだところでなんら意味はない。
「はい。わかりました。双児宮様」
「わかってくれましたか。よかったです」
恐怖はある。緊張もある。だがそのうえで、私は一歩踏み込んでみた。
相手の人間性を判断するには一歩踏み込むしかない。良い返事で何度もごまかされてきたブラック時代、あと一歩踏み込んでおけば相手の人間性を知れて無駄な時間を過ごさずに済んだことはたくさんあった。
(傷を負う恐怖があるが……踏み込む!)
私は机の上に用意していた書類を置いた。
アマチカの貸し借りについてメリットやデメリット、必要な人員や時間などそういったものを考えて書き出した計画書だ。
「物騒というのはわかります。そのあたりのこともきちんと考えてきました。読んでください」
――だがやるしかないのだ。
この貸し借りに関しては所有権の穴をつく形になる。
処女宮様がシステムの穴を通して私に報奨金と勲章を渡してきたように、やりようによってはできるのだ。
規則で禁止されているだけで結局、この問題に関してはあれこれと言い訳をつけていても、所有スマホが女神アマチカのものならば別に貸し借りをしようが結局アマチカは女神のスマホの中で循環するだけなのでなんの問題もない、という言い訳ができる。
ただ、記述はその辺を真面目な神官様たちの信仰を傷つけないように形式を整える必要はあるが……。
「ふぅん……借金に奨学金という名前をつけるんですか……」
私の書いた書類を手にとった双児宮様は種類を読み込み、なるほどと頷いた。
『奨学金』。たぶん内政の学舎系ツリーにありそうな技術だった。だが私は内政ツリーをろくに進められなかったので実際にあるかどうかは確認していない制度でもある。
――
結局、多くの生徒にスキルを取らせるならこの形にするしかない。今のような一位をとった子供がアマチカを溜めてスキルを買う形ではなく、優秀な生徒全員がスキルを得られるようにしなくてはならない。
残念ながらこの神国に生徒全員にスキルを買い与える資産はないようだったが、それでも学習効率を最大で二倍にできるならなにがなんでも優秀な生徒たちにはスキルを与えなければならなかった。
私個人は成長効率を高くするスキルを不気味に思うが、実際に必要なのだから、
「これ、面白いですね。それで最初はユーリくんの個人的な資産で行うと?」
「はい。まず小さくともこの学舎内でテストケースとして結果を出します。そして結果が出たらもっと上のそれこそ十二天座の会議で正式にそういう機関を作ってこの国の全学舎で行ってほしいのです」
「ふむ、面白いです。面白いですが、予算が足りませんね。我が国はつい先程未曾有の大災害に直面したばかり、ここで子供たちに余計なアマチカを与える余裕はありません」
残念ですが、と双児宮様は締めくくる。
「そう、ですか……」
……ダメか。奨学金のテストは私の個人的な資産で行うと言ったが、それをはぐらかされた。
楯突いて悪印象を残すわけにはいかない。やはり
引き下がろうとする私を見て、双児宮様が悩むような顔をした。
――ん? あの様子は突っ込めるか? もう少し話が……――?
「ユーリくんは、どうしてこういった考えに至ったんですか? 貴方は今、とても広い視野で物事を考えていましたね。神国の全ての学舎、全ての生徒などというのはとても七歳の子供が考えるようなことではありません。ユーリくん、これはやはり処女宮の使徒になったことで得られた視点ですか?」
それは、と私は口ごもった。
このクソみたいなブラック国家を任せる人材を探したい、などとは言えない。
ただ、この人物は私と同じ年齢の子供に見えても、その実態は年齢不詳の不死の怪物だ。
処女宮様のように適当なごまかしが通じるとも思えない。
なにより……――。
――誰かを説得するのに、偽りを口にしてはダメだと思った。
血の感触。死の感触を思い出す。私の作戦で死んだ子供たちを思い出す。
そして私の、ユーリ少年のことを考える。
そうだ。私の人生は二人分だ。私には二人分の人生を、よりよくする責任がある。
「はい。双児宮様。誰にも死んでほしくないと思ったからです。この前の大規模襲撃で私は、多くの子供たちの死を目の当たりにしました。私も死にそうになりました。この先、この先の神国の未来において、私たちのように子供が戦場に駆り出されるなんて嫌だと思ったんです」
機銃の音は今でも思い出せる。それを子供たちに味あわせてしまったのは、私の責任でもあった。30歳の大人の私が、それしかないという理由で子どもたちを戦場に連れ出してしまったのだ。
「これから先、大人になる私たちが優秀であればあるほど、先の大規模襲撃のような悲劇をなくしたいと思って――あ」
私は抱きしめられていた。
白い少女が、双児宮様が私を抱きしめていた。
彼女もまた涙を流していた。
きっと私とは違う意味の涙だ。
「素晴らしい! 素晴らしいです。さすが知能学習とスキル学習の一位。優秀な、私の
「……はい」
「そんな貴方を、私の宝である貴方を、処女宮は勝手に使徒にして戦場に連れ出しました。宝瓶宮は貴方のカリキュラムを私に国のためだと無理やり変更させました」
「はい……――はい?」
ユーリくん、と鼻先がくっつくような距離で私を見つめてきた双児宮が微笑んだ。
「貴方の計画書を実現してもいいですよ」
「ほ、本当ですか?」
子供のような枢機卿は「はい」と慈母の笑みで私の歓喜を迎え入れる。そして言うのだ。
「代わりに私の使徒になりなさい。多少、国庫に無理をさせることになります。そのための知恵を、私の傍で使徒となった貴方が絞り出すのです」
それは……――――素直に嫌だと思った。
もちろん口には出さないだけの分別が、私にはあった。
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