024 大規模襲撃その11


 私は生徒たちに指示を出しつつ、廃ビルと廃ビルの間に対亡霊戦車リビングタンク用の落とし穴を用意する。

 穴ができたら、その上に首都から送らせた巨大な布を偽装のために敷いた。

 これで清掃機械や人間が通った程度では落ちず、戦車ほどの重量が通れば落とせる仕組みができあがる。

 この継ぎ目のない巨大な布は裁縫スキル持ちに作らせたものだ。

 一応、アスファルトと同系色に染色するように指示を出したので、目視ではわかりにくくなっている。

 気温は低く、白い吐息が口から漏れた。

 準備はまだまだ時間がかかる。


 ――まだ第三波は来ていない。


(冬だからか……日が落ちるのが早いな)

 崩れた廃墟の町並みは薄っすらと暗くなっている。

 不夜の街だった東京ではけしてあり得ない光景だったが、廃ビルのコンクリートの色や、街並みから受ける懐かしい気配には郷愁を誘われる。

 全体を把握するためにビルの屋上から街並みを眺めていれば、処女宮ヴァルゴ様が、あの、と話しかけてくる。

「ゆ、ユーリくん。落とし穴でいいの? 前回みたいに隠れたりとか……」

「あれは三両を一度に倒さなければならなかったからです」

 前回私たちがあそこまで至近距離に接近しなければならなかったのは亡霊戦車リビングタンクを一体一体倒す時間がなかったからだ。

 増援に追加の亡霊戦車が含まれている恐れがあった以上、あのときは全ての戦車を一度で罠に掛けなければならなかった。

 それにだ。ターンアンデッドが効かない恐れもあったのだ。

 効かなかった場合、私たちは錬金術のスキルで、速やかに錬金術で戦車を地の底に埋めなければならなかった。

 初戦は落とし穴ではく、ああいうやり方をしなければならなかったのはそのためだ。

 だけれどターンアンデッドが効くなら落とし穴を作ってそこにハメた後に各個撃破すればいい。

 攻略法さえわかれば亡霊戦車はそこまで手強い相手ではないのだ。

(ここまで簡単なのは、相手が人間に殺意を持ってる亡霊だからだな……)

 戦車の中身が思考能力のある人間だったなら引っかからない手段だろう。

 一度目はいけるかもしれないが、二度目からは随伴歩兵やドローンによる綿密な偵察が行われる。

 その場合、落とし穴などという古典的な策はそう何度も通用しない。

 情報共有もされるし、というかたぶん先に空爆されるだろうな……。

 どうも殺人機械どもはそういう手段をとってこないようだが。

(ただ、次の大規模襲撃が不安だな……)

 敵が強化されるなら、次回の大規模襲撃は戦車をモブとして投入してくる恐れがあった。

 次の敵の主力はなんだろう、と考えていれば「あ、あの、ユーリくん」と処女宮様が話しかけてくる。

「なんですか? 言っておきますけどまたバリスタで飛ばしますから、覚悟しておいてくださいね」

「そ、それは嫌だけど。あ、そ、その、飛ぶけど、その嫌だけど、飛ぶけど……」

 ごにょごにょと俯きながら私を見下ろしてくる処女宮様は、ありがとう、と頭を下げてくる。

 慌てて周囲を見れば兵はいない。さきほどまでいた兵もだ。

 考え事をすると周囲のことを見落としがちになるのは私の悪いくせだ。

「だ、誰も来ないように言ってあるし、下がるように言ったから」

「び、びっくりしました。そ、それ絶対他の人の目があるとこでやらないでくださいよ」

 だが私は処女宮様に頭を下げられて心臓が止まるかと思った。

 なんだこの人、私を社会的に抹殺できる立場なんだぞ。軽率に頭を下げないでほしい。

 私はあくまでも臨時に徴兵されて、それで使徒についた六歳児だ。

 このシステムが正規の状態に復帰したなら十中八九元の学舎に戻される立場だ。

 というか私が戻りたい。いろいろと調べたときにわかったが、学舎は効率的に能力値を上げる施設だ。

 私もきちんと卒業まで居座って凡人なりに限界までがんばりたい。

 だが、無事に戻れたとして、これが終わったあとに学舎の六歳児が十二天座である処女宮様に頭を下げさせたなんて噂が広まってみろ。

 普通に過激派に私刑リンチされてしまう。

 処女宮様にはここが宗教国家だということをきちんと自覚してほしい。

「だ、だから、わ、わかってるから、わかってるから皆がいないところで頭を下げてるのに」

「いいですよ。私、これでも六歳児ですから、そんなまじめに頭を下げなくても」

「下げるよ。わ、私を助けてくれたんだもん」

 私は肩をすくめて処女宮様の感謝を流した。

 雑に扱われるのには慣れている。ブラック企業にいたときには日常だった。

 果たしてあの会社はどうなったんだろうかと潰れた街並みに視線をやる。まぁ、この有様だ。この日本が私がいた日本の延長線上にあるならあの会社も潰れてくれただろう。

「別に、処女宮様のためじゃありませんよ。私のためです。女神様に感謝を捧げる敬虔な信徒ですよ、私は。そりゃ死ぬ気で女神様のために頑張るに決まっているでしょう」

 別に女神様を信仰しているわけではないが、そういう国なのでそう言っておく。

 そもそもこの大規模襲撃に対処しなければ私も死ぬのだ。

 まともな人間が指揮をしていたならともかく、誰も指揮をしていないなら私がやるしかないだろう。

 下手なりにがんばれたと思っている。

 ただ、もう少し時間があれば被害をもう少し抑えられただろうな。


 ――処女宮様このひとが、もう少しマシな上司なら……。


「ゆ、ユーリくん!」

「うわッ――!? え、な」

 私は突然抱きついてきた年上の美人に目を向けた。え? なに?

「わ、私のために頑張ってくれたんだよね!! う、うれしいよぅ!!」

 どうしてか抱きついてくる処女宮様が頬を私の頬に擦りつけてくる。女神様のためって言ってるだろうがあんぽんたんめ。

 うぅ、子供だからといって気軽に触らないでほしいのだが、この人はこれでも私より偉いので仕方なくされるがままで我慢する。

 ああ、そうだ。これを言っておかなければ……。

「処女宮様」

「しゅきぃ、ユーリくんしゅきぃ」

 感極まったのか私の柔らかい六歳児ほっぺたに唇を押し付けてくる勘違い女をぐいっと押しのけつつ、私は一応言っておくことにした。

「次回から、支配領域をぐるっと壁で囲んだ方がいいですよ。そうすればもう少し楽に対処できました」

 あと、首都の地下をきちんと掃除してください、と言っておく。

「あ、あの、下水道ダンジョンはその、あと、わ、私もあんまり権限がなくてそういうのは……」

「全然指示できましたけど? 処女宮様の権能ってそういうのではないんですか?」

「い、一応、命令できる数にも限度があって、そ、そろそろ人馬宮は無理かも。あ、で、でもユーリくんのおかげで信仰ゲージ上がってるから、思ったより減ってないよゲージ」

 ゲージ? 私のインターフェースを見てもそういうものはない。

 というか、よく考えたら処女宮ってなんなんだ? どうにも使徒に与えている権能、というより処女宮が持っている権能の種類が多すぎるように思える。

 私の疑惑の視線に、なに? と満面の笑みを向けてくる処女宮様。

 背筋がざわざわとする。

 こ、これは、とんでもなく無能な上司が社運を賭けた重要なプロジェクトの責任者だったときに感じた悪寒だ。


 ――この話題、踏み込むのはやめとこう。


 踏み込めば、またぞろ嫌な役目を押し付けられそうだった。

(将来上流工程に立ちたいから私は日頃から頑張ってきたわけだが)

 だからといって私は組織のトップに立ちたいわけではないのだ。

 私は組織の頭脳になりたいわけではない。

 私が目指すのは気軽に捨てられない重要な歯車の一つであって、国家を双肩で支える立場ではない。

 凡人だぞ、私は。

 凡人が国の重要なポストについたところで毎日胃痛で苦しむだけに決まっている。

(そうだな。今回の件でこの国のだいたいの構造はわかったからな)

 再び頬を擦り寄せてくる処女宮様を押しのけるも力で負けてされるがままになる私。

(やはり筋肉もほしい。身長もだ)

 そして私の将来像。

 処女宮様の使徒は嫌だな。絶対にいやだ。

 今回のでかなり便利な権能を持っていることがわかったが二度目は絶対にやらないぞ私は。

 できる・・・のとやりたい・・・・は別だ。

 そうだな。将来は外交担当である双魚宮ピスケス様の部下がいいな。

 こうも責任の重い使徒には絶対になりたくないがどこかの国の交渉担当になれれば外の世界を見て回れる。


 ――他の国を知りたいな……。


 この国の状況は割と詰んでいる。

 この国の一員である以上、やれるところまでやるつもりではいるが、だからといって私も一緒に沈むつもりはなかった。

 ただ、亡命できるのか? この国。権能で与えられたインターフェースにそういう項目はないが……。

「あ! ユーリくん! ユーリくん!! 来たよ! 敵が来たよ!!」

 作戦が上手くいっているのが嬉しいのか。

 きゃっきゃと私に対してインターフェースの画面を見せてくる処女宮様を押しのけながら私は第三波の敵の数を確認する。

 戦車が五台、清掃機械と殺人ドローンの塊がたくさん。偵察鼠もたくさんだ。

 第二波と同じだ。府中方面から……いや、神奈川方面から来てるのかこれ? 横浜に自衛隊の駐屯地あるからそこか?

 ただ、マップも遠くまで探索しているわけではない。正確にそこから来ているかはわからなかった。

 そもそも東京にも駐屯地はあるのにそちらから来ていないのはなんでだ?

 とはいえゆっくりと考えている暇はなかった。全軍に指示を出す。

「人馬宮様を先行させて戦車を一台釣り出します。大丈夫です。そこまで・・・・損害はでません」

 はしゃいでいるように見えても、心の底では不安に思っているだろう処女宮様を安心させるように言う。

 私がどれだけ上手くやろうが死人が出ないということはないだろう。

 相手の規模が規模だ。どうやっても人は死ぬ。

 それでも他に任せられる人間がいない以上、やれるだけやらなければならなかった。

 空を見上げる。私が処女宮様と話している間に日も落ちていた。夜になっていた。

(問題ない。設置した松明や照明魔法で最低限の視界は確保できている)

 はじめましょう、と私は言った。

 廃墟の東京で、大規模襲撃最後の戦いが始まった。

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