025 大規模襲撃その12


「ターンアンデッド!!」

 よし、次だ! と色黒スポーツマン的なイケメンである人馬宮サジタリウス様は、亡霊戦車に宿る悪霊を浄化して鉄屑スクラップにすると、素早く落とし穴から跳躍して次の亡霊戦車を誘導すべく走り出した。

 夜の闇に覆われた廃都東京だが、あたりは松明や篝火、照明魔法によって照らされていて視界は問題ない。

(なんとかなりそうだな……)

 殺人機械の襲撃は第一波、ニ波を質、量ともに上回るものだった。


 ――それでも、今回は準備・・をした。


 掛けられた時間は少ないものの、それでも凌げるだろう。

 爆音や機銃、スマホ魔法の発射音で辺りはパチンコ屋の店内よりうるさかった。

 それもそのはず。

 あちこちの廃ビルに潜んだ磨羯宮カプリコーン様と人馬宮様の兵たちがコンクリートの壁を利用して弾丸を防ぐと次々とスマホ魔法や矢が殺人ドローンを墜落させているのだ。

 地面を埋め尽くす清掃機械たちは獅子宮レオ様と巨蟹宮キャンサー様が優先して相手をし、それでも漏れてしまうものは宝瓶宮アクエリウス様の作った防衛施設を利用し、金牛宮タウロス様の兵が相手をした。

 キルゾーンさえを作れたなら、どこまでいっても単純な行動しかできない殺人機械たちはそう手強いものではない。

 もっとも倒せるだけの打撃力がない場合は、キルゾーンを作っても敵が飽和して周囲に溢れ出すのがこういった仕組みの弱点だが……今回は問題なく機能している。

 安心が私の緊張を緩めようとしてくるが、私の心はそれでも険しいままだ。

 怪我人や死人がどうやっても出てしまう。

 磨羯宮様が治療専門の部隊を持っているので彼らに治療を任せても即死までは助けられない。

(胃が痛いな……緊張して口の中も苦くなっている)

 それに、心配もある。

 最後だからとここに戦力を集めたが、この大規模襲撃が私の予想を越えた難易度だった場合、他の方向から敵が来れば無防備になる。

 そのために諜報部隊である天蝎宮スコルピオ様の部隊を私は神国アマチカの勢力範囲内に散りばめるように配置している。

 仮に敵が来たなら、宝瓶宮様の部隊を使って予め各地に作っておいた防衛施設を利用して、主力の到着まで持たせることになるだろう。

 首都の地下も心配だ。念の為に、首都にはずっと兵を残しているが彼らとてそこまで強くない。

 地下の敵は今日が終わったら引いてくれるのだろうか?

 そうでない場合は地下を制圧するための装備を用意しなければならないが……。


 ――なぜ私がここまで気を回らせなければならないのだろう。


「ユーリくん、す、すごいね。こんなに簡単に」

 周囲が煩いので私の耳にかなり口を近づけてくる処女宮ヴァルゴ様。

 人馬宮様がよく働くのでバリスタで飛ばす必要がなくなったから、暇になったと私の傍にいるのだ。この方は。

 それに簡単? 簡単だと?

 どうにも六歳児わたしのストレスの原因はこの方のような気がしてならなかった。

(八つ当たりか……敵が襲ってくるのはこの人のせいじゃない)

 ユーリくん? と不安そうに聞いてくる処女宮様に私はなるべく笑顔に見えるように作った顔を向けた。

「はい。いいえ、被害が出ていますから。簡単というわけではありません」

 ビルの屋上から、台の上に立って、マップと平行して私は地上の様子を確認している。

 私のすぐ隣には処女宮様がいる。少し離れた場所には連れてきた生徒たちもいる。


 ――もっとも処女宮様が簡単というのもわからないでもないが……。


 襲撃は終わりに近づいている。

 亡霊戦車は四両を潰し、残る一両も落とし穴にはまっているのですぐに人馬宮様が仕留めるだろう。

 清掃機械も多いが順調に潰せているし、殺人ドローンもほぼ落とした。

(戦車、最後に一両ぐらい……いや、諦めた方がいいか)

 ターンアンデッド以外で倒せばエンジンや主砲の素材がとれるかと思ったが、完勝とは言えなくともようやく終わるのだ。ここで欲を出して下手を打った場合が怖い。


 ――それに、このも控えている。


 私は施設を作り終えて暇そうにしている宝瓶宮様の部隊を動かして清掃機械や殺人ドローンがドロップしたアイテムを回収にいかせた。獅子宮様たちが周囲に散らばるドロップアイテムを邪魔そうに蹴り飛ばしていたからだ。

 ドロップアイテムを見る限り、素材の他にいくつかレシピが混じっているように思えたので、この国の技術ツリーも少しは進歩するだろうか。

 私は小さく溜息を吐いた。

 その瞬間、処女宮様がいるからだろうが、遠慮してこちらに近づいてこないキリル少女が遠目にも不機嫌そうに眉を上げたような気がする。


 ――無理をしていることがバレている。


 キリルはさとい少女だ。

「ゆ、ユーリくん? 溜息なんかついてどうしたの?」

 こちらは鈍い人だ。私はなんでもないです、と言いながらウィンドウに表示されている時間を見て、マップを見た。

 マップの端、我が神国アマチカの国境付近、殺人機械が来たのとは違う、残りの三方向を。


 ――ああ、やはりだ。最後が来た。最後のが。


 敵を連れて、国の外を確認に行かせた双魚宮ピスケス様の部隊が帰ってきたのだ。

 それは敵だったが、ある意味私の保険でもあった。

 亡霊戦車をどうやっても倒せなかった場合、敵の数が想定以上だった場合、味方部隊が想像以上に弱かった場合。

 加えて、私が何もできなかった場合に備えて。

 だから私は、このタイミングで帰ってくるように双魚宮様に指示を出していた。

「……んんん? ね、ねぇユーリくん。なにこれ?」

 マップを見ていた処女宮様が目を丸くして私を見てくる。

 私は処女宮様に微笑んでみせた。

 なるべく、皮肉げに、この鈍い人にもわかるように。

「他国の軍ですよ。よかったですね。処女宮様、援軍・・ですよ」

 もちろん援軍なわけはないのだけれど。


                ◇◆◇◆◇


 大規模襲撃を乗り越えることができた。

 獅子宮様と巨蟹宮様の兵を除き、兵を首都へと帰す。

 手に入れた素材を持ち帰るためだったり、負傷兵を休ませるためであったが、もちろん単純に何かがあった場合、首都に籠もって防戦して貰う必要があるからだ。

 兵と一緒に帰っていくキリル少女が心配そうに私を見ていたが、私は何も言わず小さく手を振って見送った。

 そして私たちは移動しながらゆっくりと他国の軍へ向かって歩いていた。

 三方向から来た他国の軍は双魚宮様に頼んで一つの場所にまとめてもらっている。なるべく安全だと思われる位置に誘導してもらったのだ。

 ただそこに行く私たちとて安全な道を行くわけではない。

 大規模襲撃が終わろうとも、この廃都東京には襲撃に参加しなかった清掃機械や殺人ドローンが単独で行動している場合があるからだ。

 天蝎宮様の部隊に安全なルートを確保してもらっているが、それでも安全かはわからないようで集まっている十二天座様方はピリピリと苛ついていた。


 ――そのいらつきを他国の軍にぶつけてはほしくないが……。


「おい、宝瓶宮。なぜ他国の軍が応援に来る? 襲撃前に要請をしたときは断られただろう?」

「私に聞かれても困るぞ金牛宮。そ、それで処女宮、そ、そこの、か、彼が」

「宝瓶宮てめぇ気持ち悪い動きしてんじゃねぇよ。処女宮の使徒のガキなんざどうでもいいだろうが! それより! もう終わったんだろ。なんで兵を半分でも帰してやらねぇんだ。つーか首都の地下の敵はどうなってんだ! 俺らが行かなくていいのかよ!!」

「獅子宮、宝瓶宮が絡みやすいからってそう責めないように。ひとまず落ち着いている首都よりも他国の方が先です。処女宮、女神アマチカはなんと?」

「え、えっと……ユーリく――使徒ユーリ、女神アマチカの言葉を」

 枢機卿猊下一同が無言で処女宮様を見た。

 人馬宮様が呆れたように処女宮様に言った。

「疲れてるのはわかるがよ、おめぇが言えよ処女宮。そこの坊主だってオイラたちみたいなのに囲まれてちゃ落ち着けねぇだろうが」

 ええと、と困った表情をする処女宮様が、置いていかれないように早足で皆様方を追いかける私を見る。

 六歳児だぞ私は……。確かにこの援軍の意図は説明していなかったが。自分で考えて適当に答えるぐらいは……。

 嗚呼、と助けを求めるように私を見る処女宮様を見て、無理か、と内心で嘆息した。

「…………キミ」

「えと? う、うぉぁ――」

 探索用だろうか、真っ黒な僧衣に身を包んだ、性別も顔も不明な天蝎宮様が私を見下ろしてきたと思えば、ぐっと私の身体を腕でぐっと抱えた。

「落ち着いて。暴れないで」

 ぼそっと女性の声で囁かれる。じょ、女性?

 私の下半身が地上から離れ、ぶらぶらと両足が揺れている。

「歩くの、大変そうだったから……」

 私は天蠍宮様によって運ばれているようだった。

 力強い女性だ。と思っていれば、天蠍宮様は私が痛くならないようにか、私の尻と背を抱えるように腕を回したうえで、天蝎宮様の首を掴むような形になるように私の手を誘導してくれた。

「あ、ありがとうございます。天蠍宮様」

「気にしないで。子供は国の宝」

 そんなやり取りをしていれば枢機卿の方々が私を見ていることに気づく。

「おいガキ、処女宮が青い顔してっから、てめぇが答えてくれや」

 処女宮様から事情を聞くことを諦めたらしい獅子宮様が率先して言ってくれる。

 青い顔、と処女宮様を見れば何やらふらついていて、ちょうど肩を金牛宮様が支えているところだった。

 わからないことを問いかけられて緊張してしまったんだろう。

 それじゃあ仕方ないなと、私は歩みを止めない枢機卿猊下たちに向けて口を開く。

「はい、獅子宮様。彼らは神国アマチカの勢力圏の、ほんの少し外に最初から待機・・していたんです」

「ま、待て待て、それはまさか」

 金牛宮様が慌てたように私に向かって問いかけてくる。

 他の枢機卿猊下の多くは首を傾げる中、巨蟹宮様が「ああ、道理で」と呟いた。

「どういう意味だ? 巨蟹宮」

「いや単純な話だよ、獅子宮。最初からこの国の傍で待機してないと無理なんだよ。大規模襲撃を受けている、そのときに我が国の傍に現れるなんてのは」

 なにしろそれなりに他国は遠いからね、と巨蟹宮様が言う。

 そう、地図を見る限り、他国の位置は遠い。

 道路も整備されておらず、車もほとんどがスクラップなこの日本では数日かけて移動しないとたどり着けないのだ。

 だが遠いくせに七龍帝国、くじら王国、エチゼン魔法王国のそれなりの数の兵が神国アマチカの勢力圏ギリギリに待機していた。

 もちろん地図に表示されれば軍系枢機卿である獅子宮様や巨蟹宮様は戦闘中だろうと気づく。

 その彼らが今の今まで気づかなかった、ということは、つまり他国の軍隊はこちらの勢力圏の外で虎視眈々と待っていたことになる。


 ――神国アマチカが大規模襲撃で滅ぶのを。


 獅子宮様が事情をようやく飲み込んだのか、睨むように私に言う。

「ってぇと、そいつらはなんだ? 俺らに喧嘩をふっかけてきたのかよ」

「はい。いいえ、獅子宮様。彼らは戦争をするつもりではなく、我が国が滅んだあとに農業技術や、生き残った人材を確保するつもりだった、と女神アマチカは仰っています」

 私の考えをそのまま伝えたところで聞いてくれないだろうから、女神アマチカの言葉、という形で枢機卿猊下方には伝える。

 馬鹿にしやがって、と獅子宮様が叫んだ。

「しかしさすが女神だ。このことを予見して双魚宮を向かわせていたとは……」

 別に女神の知恵ではない。

 他国の存在を認識した瞬間に、滅んだあとに他国が兵を進めてくる可能性を考えただけである。

 というか私なら絶対にやる。損害なく他国の資源や人材を回収できるなら絶対にする。

 それでなくとも空いた領域に兵を置き、他国を牽制しておくのは当然のことだ。

「それで、女神アマチカは他国とどうしろと? このまま戦うのか?」

 金牛宮が心配そうに聞いてくる。不安そうだ。

 確かにこのまま防衛戦に移行すれば負けはしないが勝てもしないだろう。

「はい。いいえ、金牛宮様。女神アマチカは獅子宮様と巨蟹宮様の兵を整然と移動させ、我が国が健在であることを見せつけたうえで、援軍ご苦労と言ってから彼らを国元に帰すように、と仰っています」

「ああ? 素直に帰るのかよ、そいつらは」

 人馬宮様が馬鹿にしたように聞いてくる。確かに、と巨蟹宮様も頷いていた。

 軍を動かした以上、なんらかの利益を持ち帰りたくなるのが軍人だからな。当然の考えだ。

 だから私は、あくまでも女神の意見を伝えるような口調で静かに二人に言う。

「はい。人馬宮様、巨蟹宮様。女神アマチカは、彼らに援軍・・という建前を成立させるためにいくつかの技術レシピを渡すよう、双魚宮様にレシピを託しました」

 私が処女宮様を経由して渡したものである。

 といっても+1アイテムの作成報酬レシピをいくつかだ。技術ツリー的には重要な幹の技術ではないからそこまで痛くない。

 食いつくかな、と思えば全ての国が食いついてくれた。

 素直すぎるが、何も回収できないよりマシだと考えてくれたからだろう。

 火事場泥棒というのは相手が弱っているときにやるから有効なのだ。

 そこに健在な双魚宮様の軍を向かわせられたら、失敗したと考えるのは当然だろう。

(ただな、三ヶ国も潜在的な敵がいることがわかってしまった……)

 胃が痛いぞ。なんなんだこの国。本当に詰んでいる。

 だいたい私は一国ぐらいだと思っていたんだ火事場泥棒は。三つの国が狙っているなんて考えてなかった。

 そうだ。彼らはそれぞれ別のルートから侵入してこようとしていた。

 ちなみに、どうやって見つけたのかといえば、私もいるかどうかわからないが、たぶんいるだろう、と外交用の道の先に双魚宮の軍を向かせたら待機していたのだ。

 迅速に火事場泥棒をするためとはいえ、馬鹿正直に道の先にいるのは驚きだった。

 素直に軍を動かしてくれるのでさらに驚いたが……。

 と、いうわけで同じ場所に三ヶ国の軍を集めたので仮に争うなら四つ巴になる。

(もっともその可能性は考えてないが……)

 火事場泥棒ができないなら、他の国と争うようなことを彼らもするわけがない。

 殺人機械がうろついている廃都東京だ。勝ったとしても生きて帰れるか怪しいからだ。

(ただ、私が想定する以上に頭が悪かった場合は……)


 ――最悪、人馬宮様を使って新宿あたりをうろついている亡霊戦車を誘導し、戦車に他国を殲滅してもらうことになるが……。


 しかし、と私はうんうんと唸る枢機卿猊下たちを見ながら思った。

 この国、もう少し道を整備した方がいいな。

 せめて支配領域ぐらいは素早く移動できるようにしたほうがいい。

 日本の道路は優秀だが、経年劣化や何かの争いでボロボロになっており、歩きにくくて仕方がなかった。

 襲撃中はとにかく兵を駆け回らせたが、道が整備されていれば守れた街も……いや、避難させることができたかもしれなかった。

 低出力だがエンジンを作れたのだ。

 いずれ車を生産するにしたって道がきちんと整備されていなければ上手く使えないだろう。

 なにしろ現状、作った装備の受け渡し一つだって、荷車を使って獅子宮様の部隊のところに行かせるよりも、獅子宮様の部隊に都市傍まで移動してもらった方が早いぐらいだったのだ。

 聖道という、モンスターが出現しにくくなる交易用の技術もあるにはあるが、あれを支配領域全てに張り巡らせるより、まず普通の道路を作って――あくびが出た。

 もう夜なのだ。満天の星空が見える。

(この東京は星空があんなにくっきりと見える……)

 六歳児なのでうつらうつらと眠気が抑えきれなくなってきた私に、天蠍宮様が「寝ててもいいよ? ついたら起こしてあげる」と囁いてくるのだった。


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