023 大規模襲撃その10


 山場は越えた。

 ターンアンデッドによって悪霊を即死させるのはいけないのか、亡霊戦車リビングタンクのドロップアイテムは回収できなかったが、清掃機械ヒューマンクリーナーや殺人ドローンのドロップは回収できたので、私たちは次の作戦位置に移動しながらそれを使って都市の各所に防壁を作っていく。

 ターンアンデッドが効いたことは単純に考えれば良いことだ。

 だが、それは私にとあること・・・・・を確信させた。

 私が双魚宮ピスケス様に出した指示が無駄だったり、あとで問題になるかも、と思ったがその心配はなさそうだな。

 もちろん無駄になってくれるのが一番ではあったが……。

(さて、この大規模襲撃、相当な阿呆か欲張りでない限り、基本的に凌げるようになっているようだな……)

 ネックだった亡霊戦車とて、その素材を回収するために、ターンアンデッド以外で戦車を仕留めようとすれば被害は甚大になっただろうが、素材を諦めてしまえば一撃で殺すことができる。


 ――ターンアンデッドの使い手が多い神国アマチカのボスに死霊系モンスターである亡霊戦車。


 ただ相性がよかっただけか、それとも、これが意図的なものであるなら、亡霊戦車はわざと配置されたのか。

(なんというかこの世界はゲーム的、というかゲームというか……不気味だな……)


 ――もちろん、これは現実・・だ。


 私はそれを心に刻みつけているし、けしてゲームだからと、取り返しがつくのだとか、責任はないとか、そういうくだらないことは考えてはならない。

 私は血の臭いを覚えている。私には死の手触りが残っている。

 私の仲間は、私の指示で死んだ。

 そうするしかなかった、なんてことは言い訳だ。私がターンアンデッドで戦車を倒せることにもっと早く気付いていれば、もっと上手く倒せたはずだった。

 対戦車ロケットを作るために無駄にした素材を使えばもっと上手くできたかもしれなかったのだから。

(とはいえ、後悔ばかりしていても仕方ないからな……のことを考えなければ)

 とにかく今回・・の襲撃に関しては凌げることがわかった。

 今回・・は戦車の素材を諦めて全てターンアンデッドで倒す。今からそういう場所を作る。誘導して一撃で倒せるようにする。

 時間は掛けない。戦車と一緒に現れるだろう殺人ドローンや清掃機械は防壁で対処する。

 それに、獅子宮様たちに渡した機動鎧がある。

 あれはアイテムのステータスこそ高いものの、ただの防具だ。

 戦車を倒せる武器ではない。だから戦車と対峙すれば動く高価な棺桶にしかならない。

 だが、他の雑魚どもに対しては圧倒的な防御力と速度で有利に立てる。そういうものだ。

 それと、今回の大規模襲撃で新手のモンスターが出てくることはあまり考えていない。

 亡霊戦車と殺人ドローン、清掃機械に偵察鼠ストーカーマウス。これだけだろう。

(一回目の襲撃より戦車の数が増えていたらしいからな……私が何もしなければこの国は滅んでいた)

 二回目の大規模襲撃、その難易度・・・としては、順当だろう。

 というか、だいぶぬるめ・・・に設定してあるような気がする。

 後手後手の対処でも第一波を凌げたことからもそれは確かで、次の敵が出てくるまでにもいくらか余裕があった。

 というか、この大規模襲撃に意図があったとして、タワーディフェンス系のゲームにおける第二ステージがそんな鬼畜ではそこにプレイヤーを配置する意味が……いかんいかん。ゲームっぽく考えすぎている。

 とはいえ、たぶんこのあとは戦車が多めに出てきて終わりのはずだ。

 後手に回っているが、私がいまからすべきことはキルゾーンを設定してそこで損害なく戦車を殺せるようにすることだ。

 ……欲を言えば、戦車の素材が欲しいが、それを行うならもう少しまともな武器がなければ話にならない。

「ユーリくん」

 砕けたアスファルトの道路。廃ビルが立ち並ぶ通りを我々は無言で走っている。

 とはいえこのクソ忙しい大規模襲撃中なのだ。六歳児に走らせるなんてことはない。私は金牛宮タウロス様の兵に抱えられている。

 そんな私の隣を、無言で走っていた処女宮ヴァルゴ様が話しかけてくる。

「わかってます。獅子宮レオ様と巨蟹宮キャンサー様を向かわせてます。今度は少し余裕を持てますよ」

 地図を見れば第二波が来ていた。内訳は殺人ドローンと清掃機械の群れだ。やたらと数が多い。第一波の二倍は数がある。

(ぬるいな。戦車はないのか……)

 でも出てくるよな? 第三波に混じってるよな?

(っと、いま何時だ?)

 いろいろと忙しくしていたせいで時計を見ていなかった。

 権能で見られるようになっているウィンドウに視線を向ければ(抱えられているせいで上下に揺れるので見にくいが)だいたい午後の三時ごろになっている。

 一日中働いていたような気もしたが、まだまだ先は長いようだった。

 ああ……だけどこれは。

「処女宮様」

「な、なぁに?」

 私は確認のために隣の処女宮様に聞くことにした。

「次の増援って前回、夜だったんですか?」

「え、あ、う、うん。最後の増援はたぶん夜だったと思う。うん」

 夜か、明かりを用意しておかないとやられるな……。

 錬金か鍛冶で設置できる照明を用意するか、それとも神聖魔法やスマホ魔法の照明魔法を使わせるか……。

 ああ、処女宮様にもう一つ聞いておかないと。

「そうだ。前回、どういう内訳だったんです?」

 内訳って? という処女宮の問いに「前回の襲撃ですよ。最初は何が来て、次の増援に何が来て、最後に何がきたんですか?」

 ええっと、と処女宮が記憶を漁るようにして悩み、自信なさそうに、説明を始める。

「ぜ、前回は襲撃の日がわからなくて、最初に襲ってきた清掃機械に気づいたときには都市の外壁に取りつかれてて、あわてて兵士の人たちを集めて、清掃機械を撃退してる最中に今度は殺人ドローンが飛んできて、それを撃退してるうちに敵がどんどん増えてきて、最後に戦車がやってきた感じかな……」

 自信ないんだけど、という処女宮の言葉に、防備はスカスカなくせにマップの探索だけは行っていた理由がわかる。

 前回の襲撃では都市外のほとんど探索をしていなかった。だから敵の接近を許した。

 それを教訓として今度はマップの探索だけは行った。襲撃日に合わせて兵を用意した。

 一応、何も考えていなかったわけではないらしい。

 聞きたいことも聞けた。敵の内訳は思ったとおり単純だった。前世でちょっと遊んだタワーディフェンスと呼ばれるリアルタイムで進行する防衛ゲームの最初のステージと同じだ。

 雑魚二種にボス一種。こちらには必殺魔法がある。負ける要素がどこに、とそこまで考えて、思考がゲーム寄りになっていることに気づく。

 いかんいかんと思いながらも、やはり、どうにもこれは、と気持ち悪い思いをしてしまう。

(なんだか、この世界を大きな視点で見ると、ゲームっぽく考えるように誘導されてしまうな……)

「ユーリくん? あの、何か気に障ったかな?」

「いえ、ありがとうございます。処女宮様、参考になりました」

 処女宮様に礼を言えば私を抱えていた兵が立ち止まる。

「到着しました、処女宮様、使徒様」

 ありがとう、と礼を言い。私は実際の地形を目で見て、よし、頷いた。

 そして廃ビルのいくつかに目星をつけると、戦車を倒すためのキルゾーン作りの指示を、私と同じく生き残れた生徒たちに出していくのだった。


                ◇◆◇◆◇


 廃都東京、そこには巨大な破壊のあとが残るも、大量に廃ビルが立ち並んでいる。

 それは終わりの風景だ。どこまでも続く人のいない光景。

 だが、そこに人間がいた。

 終わった世界の東京を根城に活動する神国アマチカの兵だ。

 彼らはこの東京に大量に出現した殺人機械に対抗すべく転生者たるユーリによって配置された勇敢な兵たちだった。

 この戦いの始まりも、彼らが最初に戦った。

 都市を目指す清掃機械の群れに彼らが最初に立ち向かった。

 だがそのとき、彼らはあまり考えずに立ち向かっていた。

 それは装備の問題であるとか、他の枢機卿と連携がとれなかったとかそういう理由ではあったものの、やはり彼らも追い詰められていてろくに考えていなかったからだ。


 ――自分ひとりで解決しようとすると、視野が狭くなる。


 たとえば廃都東京の地形のいくつかには、瓦礫が溢れていて通れなかったり、道が意図的に崩されていたりして、どうしてもこの場所を通らないと都市にいけない、なんて道が数多くある。

 神国アマチカの人間が作ったわけではない。最初・・から存在したものだ。

 現在の彼らがいる場所もそういう場所で、彼らは最初はこういう場所を利用することすらしていなかった。

 ここには、殺人機械たちの進行を制限するように作られた宝瓶宮アクエリウスの防御施設がある。

 それを利用して殺人機械たちを撃破すべく、獅子宮と巨蟹宮の兵は配置されていた。

「おらおらおらおらぁッ!!」

 すでに戦闘は始まっていた。

 機動鎧と呼ばれる鋼鉄の全身鎧を纏った獅子宮が清掃機械の群れの中に一人で突っ込んでいく。

 3000を超える数の殺人機械の集団だが、人間・・を探知していない清掃機械は本当に単純な動きしかできない。

 獅子宮の両手には巨大なメイスが握られ、当たるを幸いに清掃機械たちをなぎ倒していく。

「へへッ! これなら戦車に突っ込んでも大丈夫なんじゃ――うぉ」

 立ち止まった獅子宮の全身に清掃機械から次々と弾丸が放たれ、命中する。がきんがきんごきんと金属と金属がぶつかる音が響く。

 だが、頭のてっぺんから足のつま先まで鋼鉄に覆われた獅子宮に隙はない。

 素材に『鋼鉄板』を要求する機動鎧の装甲は実のところ『鋼鉄』ではない。


 ――『錬金術』というスキルは、アイテムが持つ概念・・を抽出し、融合させる奇跡を起こせる。


 『鋼鉄板+2』の持つ『硬さ』の概念、『低出力エンジン+2』が持つ『馬力』の概念、『コイル+2』の『衝撃吸収』の概念、それらを『セロハンテープ+2』の持つ『接着』の概念で融合させ、『ネジ+2』が持つ『機械』の概念で染めることでこの『機動鎧+2』という防具は創られている。

 だから、この鎧は機械・・の概念で満ちている。故にこの鎧を身に着けた者は種族特性が『機械』に変化する。

 種族人間であれば、殺人機械たちが持つ『対生物特攻』『対人類特攻』によって銃弾の威力は数倍になって獅子宮の身体を引き裂いただろうが、この鎧を着ている限り、人間を殺すために放たれた銃弾はただの・・・銃弾に成り下がる。

 低威力の単発銃をいくら放ったところで機動鎧の装甲を貫くことはできない。

 加えて、人間を認識していない殺人機械たちは動きが単調になるという特性がある。

「がきんがきんとうるせぇんだよ!!」

 獅子宮がメイス両手に清掃機械たちへと突っ込んでいき、清掃機械たちは倒されていく。

 もちろんこの場にいるのは獅子宮一人ではない。

「まったく、猪にも程がある。猪見たことないんですけどね! 私は!!」

 SRスキル『軍師』の持ち主である巨蟹宮は突っ込んでいく獅子宮を見送りながら自身も鋼鉄の槍を片手に獅子宮が討ち漏らした清掃機械を破壊していく。

 『武僧』のスキルを持つ獅子宮と違い、『軍師』である巨蟹宮はそこまで筋力があるわけではない。

 だが搭載されたエンジンによってドルドルと煙を吐く機動鎧は筋力STRをサポートしてくれる。

 獅子宮ほど素早くはないが、的確に鋼鉄の槍を突き出すことで巨蟹宮は清掃機械を問題なく破壊していく。

 それに加えて彼らの配下である使徒たちもそれぞれ鋼鉄製の武具で地上を這う清掃機械を破壊していた。

「ここは大丈夫なようですが……」

 上空を見れば、殺人ドローンの群れが獅子宮たちを無視して都市へ向かう姿が見えた。

「この機動鎧、便利ですけど敵を引きつけることには向いていませんね」

 人間・・であれば、なにをしようとも殺人機械たちは勝手に群がってくれるが、機動鎧を来ている彼らに積極的に近づこうとする殺人機械はいない。

 そんな彼らがこうして清掃機械を破壊できているのは、この機械たちがこの道を通らなくては首都へたどり着けないからだ。

 この道の出口は宝瓶宮が設置した鉄板によって狭くなっている。出にくくなっているのだ。

 この区画を上空から見れば道に清掃機械が詰まって大渋滞を起こしている光景が見えるぐらいに、彼らの周囲は清掃機械だらけだった。

 もちろん六人で対処できる数ではないので、獅子宮たちの背後には清掃機械の感知圏内を離れて少数の兵がサポートのためにいる。

 獅子宮たちをすり抜けて道を抜けた清掃機械は彼らがスマホ魔法で処理するのだ。

 とはいえ、それでは殺人ドローンに対処はできないが。

「では『埋伏の計』を解除します。ですよ!!」

 だから・・・巨蟹宮は槍を掲げ、軍師スキルを成長させることで得られたアビリティ『埋伏の計』を付与した兵たちに指示を送った。

 『埋伏の計』その効果は単純だ。自軍を隠蔽・・する。

 つまり敵が強力な索敵スキルを使わないかぎり、使用した軍団全員に、透明になる迷彩を施す完全隠蔽のアビリティである。

 対軍アビリティであるため消費SPが莫大なものの、その効果は絶大だ。

 巨蟹宮がこの区画の廃ビル内に隠していた2000を超える兵士は、彼らの上空を通りすぎる殺人ドローンたちに対してスマホからそれぞれ攻撃魔法を奇襲的に放った。

 無防備に攻撃を喰らい、次々と墜落していく殺人ドローンたち。反撃のために機銃を向けるも、先手をとられたためにそのほとんどが反撃もできずに墜落していった。


 ――快勝であった。


 ちなみにユーリがこのアビリティのことを知っていれば対戦車作戦に巨蟹宮を連れてきただろうが、ユーリにも限界はあった。

 単純に時間がなかったのだ。

 技術ツリーや敵の襲撃に頭を使いすぎ、枢機卿各人が使える権能はともかく、彼らが本来持っているスキルに関してまで全て目を通すことができていなかった。

 そもそも、こんな強力な技能を持っているのに、なぜ巨蟹宮はやられっぱなしだったのか。

 彼らの戦績が良ければユーリももう少し彼ら個人の技能に注視していただろう。

「ああ、ようやくできましたね……空を飛ぶ敵を見てから、ずっとこれを考えていたんですよ」

 巨蟹宮が槍を振るいながら感慨深げに呟く。

 彼らがやられっぱなしになっていた理由。

 それは機動鎧がなかったからだ。鋼鉄の武器がなかったからだ。

 以前は清掃機械を押し止められなかった。

 埋伏の計でせっかく隠れても、清掃機械を押し止められず、隠れている兵に清掃機械や偵察鼠が先に達し、殺人ドローンが上空を通る前にアビリティを解除されてしまっていた。

 こうして設置されている防衛施設もなかった。

 なかったのだ。巨蟹宮にも隠れる場所があれば、敵の進行を押し止める壁を設置できれば、という思いはあった。

 だが宝瓶宮との仲の悪さ。それが獅子宮や巨蟹宮に防衛施設を路上に設置するなんていう提案をさせなかったし、そもそも枢機卿各々が少なくない権力を持つ合議制の弊害か、そういった自分の役職の領分を超えた部分で協力するという発想が彼らにはなかった。

 だが、と巨蟹宮は残る清掃機械を倒し続けながら呟いた。

「次からは、もう少しお互い歩み寄った方がよさそうですね」

 そうして敵の第二波はユーリが予想する以上の被害の少なさで倒されていく。


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