022 大規模襲撃その9
「お、おお、本当に倒せたぞ。おい!」
「あ、ああ驚きだ。除霊で倒せるならオイラにもっと早く……いや、なるほどな。こうしなきゃダメだったのか」
「どういうことだ?
「ターンアンデッドは接触魔法だからな。オイラにまかせてくれりゃ戦車に取り付いて一体一体倒せたかもしれねぇが、たぶん発動時の無防備なところをドローンや他の戦車に狙われて殺されてただろうってことだよ」
「ほう、だから他の殺人機械から引き離した戦車をまとめて罠にはめる必要があったわけか」
さすがは女神だ、と
――ただ、バリスタで射出されたことは怒っていいかもしれないけれど。
「猊下方! 今梯子を降ろします!!」
「おう、任せたぞ!!」
上でも自分たちが戦車を倒したことは伝わっているようで、兵たちが用意していた梯子を持ってこようとする音が聞こえる。
「ああ、オイラはいいや。それより部下の様子が心配だよ。行ってくる!!」
言うが早いか跳躍し3メートルほどの高さの壁を飛び越える人馬宮。
「ふッ、忙しない奴だな」
遠くから聞こえる人馬宮の走る音に、楽しげに目を細めた金牛宮はさてと、と千花を振り返る。
「処女宮、次の指示は女神アマチカから出ているか? 戦車を撃破した俺たちはどこに行けばいい?」
「ええ、と。まだ、来てませんね」
おかしいな、と千花は思った。ユーリくんならもっと的確に指示を出してくれるはずだ。
まさか死んでないよね、と思うもマップ上にマーキングしたユーリのステータスは正常だ。
HPは減っていない。連れてきた生徒ユニットはそれなりに死んでいるようだが、前回の大規模襲撃で死んだ数と比べれば微々たるものだ。
これだけの
「ふむ、獅子宮たちの様子も気になるな。殺人ドローンや
「ええと、そうですね。ああ、獅子宮や巨蟹宮によって清掃機械や殺人ドローンが撃破されています」
「撃破? お? そんな強かったか奴ら? さっきは敵の攻撃で大分やられたと聞いたが」
俺の配下をそのための補充に使ったはずだ、との金牛宮の言葉に処女宮は「新しい装備のおかげのようですね」と言葉を返す。
「帝国から輸入した鋼鉄装備か。ほう、報告を聞いたときはふんだくられたと思ったがなかなかやるじゃないか」
そうじゃない、と。それを持っていてやられたのがさっきだよ、と処女宮は金牛宮の言葉を否定しようとして、ここで強く主張するのは処女宮らしくないか、と口を閉じた。
戦況を変えているのは機動鎧だ。あれを着た獅子宮たちは清掃機械たちが放つ銃弾を弾きながら高速で戦闘している。
それで損害が少ないのだ。強い彼らが戦えるようになったおかげで損害が少なくなっている。
ユーリは機動鎧で戦車に勝てないと言っていたが、それより弱い敵には
援軍はまだ来ていない。これで少しはユーリも休めるだろうか。
的確に撃破すればこんなに暇なのかと千花は思いながら「お、梯子がきたぞ。処女宮、先に行くといい。落ちても下で受け止めてやるからな」と金牛宮に言われ、千花は兵が穴の底に下ろした梯子に手をかけるのだった。
◇◆◇◆◇
名前:機動鎧
属性:機械 レア度:C
説明:エンジンで動く鋼鉄の全身鎧。
効果:DEF+80 AGI+20 STR+20 移動力+2
◇◆◇◆◇
地上は血に塗れていた。
あちこちに肉や死体が転がっている。
だが千花は動揺もせず、土で汚れた法衣を手で叩きながらユーリの姿を探すために歩いていく。
血に塗れた少年少女が倒れている。神聖魔法で治療しようかとも思ったが……。
千花は死体をすぐに無意味なもの、と意識から外した。
未成年のユニットはHPが低すぎる、どれだけ良い装備を着ていても機銃から放たれる弾丸を一発でも受ければ即死だ。
念の為に確認したユニットごとのステータス表示も死亡を意味するDEADに変わっている。
酷い光景だが、それでも戦車を倒せたのだ。
これだけ
ユーリは死体を抱えていた。呆然としているようにも見える。それはまるで泣いているようにも見えて。
「あ、ゆ、ユーリく――「なんだあの子供は。ここは学舎じゃないんだぞ。いつ殺人機械どもがやってくるかわからんというのに」
千花の背後からついてきていた金牛宮がユーリに向かって歩いていく。
「おい! 貴様も女神アマチカの敬虔なる信徒ならばだな!!」
待って、と言おうとして千花は地面に転がっていた瓦礫に躓いて転んだ。「あ、わ」地面にべしゃりと顔を打つ。
その間に、金牛宮は座り込んでいるユーリの腕を掴むと引きずりあげて周囲に聞こえるように叫んだ。
「皆のもの! よく聞け!!」
ユーリの抱えている死体が地面へと落ちる。
「全員聞けぃ!! 我々は前回まではやられるだけだった亡霊戦車に勝利した!! だが未だ大規模襲撃は終わっていない!! 隊列を組め! 生存者の確認を行え! 負傷者がいるなら俺の所にこい! 神聖魔法で治療を行う!!
それこそ金牛宮の部隊にも戦場が初めてのものは多い。
獅子宮や巨蟹宮の部隊と違って、実戦に出ず、首都で訓練だけを積み重ねてきた彼らの練度はあまり高くないのだ。
憎き戦車を倒せたとはいえ、あまりの被害に精神的なショックが抜けきらない兵も多かったが、金牛宮の言葉で慌てたように走り出していく。
同じく呆然としていた生徒たちも、のろのろと動き出した。
命令を貰うためだろう、金牛宮の兵たちがこの場に集まってくる。
「小僧、名をなんという?」
ユーリの腕から手を離し、ユーリの肩に手を置いた金牛宮がユーリへと問う。
「ろ、ローレル村のユーリです」
「ローレル村のユーリよ。気に病むことはない。そこで死んだ者は天にて我らを見守る女神アマチカへの元へ赴いたのだ」
「はい。ですが、か、彼は
「ふッ、若いな。お前が気に病む必要はない。悲しむ必要もない。全ては女神アマチカの勅命によるものだ。この者も本望だろう。俺とて女神アマチカが死ねと仰られれば喜んで死ぬ。それと同じだ。身分など関係ない。仮にこの身が不死でなくともそうする。俺たちの信仰とはそういうものだ」
金牛宮なりの慰めだったかもしれない。だがそれは、と千花は思った。
――責めているだけだ。
女神の勅命は今回全てユーリの指示だ。あ、と千花は気づく。気づいてしまう。
この惨状は、ユーリが命令した結果なのだ。
首都の中にまで戦車が踏み込んできて、その結果として
なんでもいいから声を掛けなければならない、と思った。
だがユーリは強かった。千花が声をかけなくとも、しっかりと両足で立ってしまっていた。
「金牛宮様、ありがとうございます。まだまだがんばれます」
礼まで言っている。自分で心を立て直していた。強すぎる子どもだった。
満足した金牛宮は周囲を見て、子供の死体に不快気に目を細めた。
おい、といつのまにか傍に来ていた金牛宮の兵に言う。
「おい! この場に倒れている者らを首都へと運んでやれ。幼いながらも国のために戦った勇者たちだ」
「は、ですが金牛宮様。死体を都市に運ぶなら一度外で焼くなりせねば」
「ゾンビになるか。それなら聖域を作れば問題なかろう。誰ぞ残っている十二天座にやらせておけ。それよりこのまま寝かせては不憫だ……ふむ、これが終われば国を守った英霊として石碑でも立ててやらねばな。ほれ、兵よ駆け足だ。俺はこのまま負傷者の治療に入る」
「はッ! 急ぎます!!」
ユーリも心を立て直したのだろう。すぐに女神からの指示という形で、他の部隊の移動指示を出し始めている。
千花は、ただ立っていた。
――な、なんで、わ、私……。
千花は自分がとてもつもない失敗をしたことをここで痛感した。
とてつもない重荷を六歳児に背負わせてしまったことも痛感した。
――宗教国家にしてしまったんだろう。
今回に限り、金牛宮の言葉は女神の指示は、ユーリの指示だった。
枢機卿たちが不可解な
千花が『ナビゲーター』に教えられた宗教国家のボーナスは、付与できるスキル種別の増加と
それは本人の意思に反する命令を与えると下がってしまうゲージだが、このような大規模戦闘においては、合議でしか物事を進められない神国アマチカにおいて、自由に彼らを操る手段にもなる。
そして、だ。
宗教国家の国民は信仰心を高く維持しているかぎり、国家を
恐怖などの状態異常に強く、特殊な内政技術『聖戦』を開発することで侵略戦争における大義名分を得ることもできる。
他にも死霊系モンスターに強いだとか低レベル神聖魔法を開発せずに得られるだとかの特典もあった。
スキルをガチャで選べる、なんて単語で千花は自分が宗教国家を選んだと思っていた。目を逸らしていた。
そうではないのだ。
千花がこの宗教国家を選んだのは。
千花は全ての責任をユーリに押し付け、ようやく自分がなぜこの宗教国家を選んだのか気づいた。
自分がそれから逃げていたことに気づいてしまったのだ。
千花が宗教国家を選んだのは、スキルに加え、この一文があったからだ。
――
それは千花を裏切らない、ということ。
千花はこの世界でどうやって生きていけばいいかわからなかった。
帝国や王国がとっている制度では反乱や下剋上の危険があった。
だから千花は、国民を満足させていれば信仰心の下がらない宗教国家を選んだのだ。
千花が国を殺人機械という脅威に囲まれていながらも、軍事技術ではなく農業を優先したのは国民を飢えさせて信仰心を下げないためだった。
目先の利益だけで千花は物事を選択していた。
――私は、最低だ……。
責任から逃げていた。だけど、だけどどうすればよかったのだろう。
このわけのわからない、地球に似ていながら決定的に違う世界で。
そこで生きていくのに、自分ひとりで生きていけるわけがない。
だから絶対に命令を聞く国民たちが必要だった。彼らは最悪の状況でも裏切らない肉の壁になる、千花を守ってくれる人形たちだ。
こうして土壇場で責任を丸投げにしたとしても、全てこなしてくれる千花の国民たちだ。
「わ、わたし、悪くなんて」
「処女宮様?」
ショックを受けている千花に、ユーリが近づいてきていた。
「ゆ、ユーリくん、わた、わたし」
「少し腰を曲げてくれますか? 六歳ですからね。身長が低くて」
言われるままに腰を曲げる。この子には酷いことをした。謝ろうと思った。謝ろうと思ったのだ。
ユーリは懐からハンカチを取り出し、それがユーリのものではない血で濡れているのを見て苦笑した。
失礼します、と指で頬を拭われた。
「泥がついていました。ほら、これで綺麗だ。さて、いいですか? 処女宮様にも負傷者の治療に――処女宮様?」
この子は、こんなときにでも優しい。
思わず抱きしめてしまう。
ユーリくん、とつぶやけば、はい、と言葉が返ってくる。
ごめんね、と言いたかった。だけれど、どうしてもその言葉は出てこなくて。
ごにょごにょとわけのわからないことを言っていれば、ぐっとユーリに引き離される。
「ほら、働いてください。敵の増援が来るんでしょう。のんびりしてる暇はないですよ。次の戦いの準備を始めます」
その言葉に、はい、と千花は頷いた。
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