021 大規模襲撃その8


「なぁ、処女宮ヴァルゴ。なぜ俺たちなんだ?」

「え、え? わ、わかりません」

 ユーリの前でないせいか、処女宮の言葉は会議のときのように硬い。

 だがその不自然さを処女宮に話しかけた大柄な男、金牛宮タウロスは気づかなかった。

「そりゃそうか。女神の言うことだからな……」

 ふむ、と金牛宮と処女宮の二人の枢機卿は、脳に響く女神の『待機していろ』と言う指示に従ってとある場所に立っていた(処女宮は使徒に任命したユーリに直接言われてだが)。

 そこは廃ビルの屋上だった。

 周囲には少数の兵がいて、殺人ドローンの襲撃を警戒している。

 亡霊戦車リビングタンクが引き連れている殺人ドローンと清掃機械ヒューマンクリーナーは戦車を陽動する過程で、人馬宮サジタリウス磨羯宮カプリコーンの遠距離攻撃部隊によってだいぶ数を減らしているが、全てを殲滅できたわけではない。

「処女宮よ。どうしてか今回はなんとかなりそうだな」

「そ、そうですね。め、女神アマチカの指示は完璧ですから」

 不安そうに顔をうつむけて、青い顔をしている処女宮に対し、恰幅の良い大男である金牛宮はにかっと笑って自信ありげに処女宮に笑いかける。

「なんだなんだ? 緊張してるのか? 俺たちはこの通り内政畑だが、この場には俺が育てた500の兵がいるし、見ろこれを」

 金牛宮が背後を示す。そこには改造されて地上を、とある・・・地点・・を狙うように調整された巨大弓バリスタが設置されていた。

 それはかつて帝国から輸入し、しかし戦車には効かずに敗れ去った、本来は攻城用に使われる兵器だ。

 それがビルの屋上に二台ある。設置するようにユーリが命じたのだ。

「このでかぶつと俺が率いてきた兵で亡霊戦車を足止めするんだろう。ふはは、今回は獅子宮レオ巨蟹宮キャンサーにばかり苦労させているからな。腕がなるというものだ」

 自信満々に言う大男、金牛宮はバンバンと力強く処女宮の肩を叩いた。

「だがなぜお前まで? こういった国家の危機でなら、この通り女神の声は頭に直接聞こえるし、お前がいたところで俺の役には立たんぞ?」

 不思議そうな金牛宮に対し、処女宮は顔を青くさせながらうつむくだけだ。

「う、うぉ、す、すまんな。女神アマチカの深遠なる考えを俺のごとき一信徒が察することなど烏滸おこがましかったな。ただ、お前のようなか弱い女子がこうして前線に立っていることはとても不安だろう。ここは俺に任せて――おお、あれは人馬宮か! こちらに走ってくるぞ。後ろには戦車が三両いる!! ははッ、こちらに手を振っているなあの馬鹿め。さぁ、兵らに対応を――む?」

 処女宮は顔をうつむけ、静かにバリスタに向かっていく。

 バリスタを用意していた兵たちは不思議そうに近づいてくる枢機卿を見た。

 危ないからと下がらせようとした金牛宮も、突如脳に響いた無機質な女神の勅命に顔を青くさせた。

「処女宮、ま、まさか、お前……知って」

「金牛宮、知っていたら素直にここに来ましたか?」

「み、見くびるな! だ、だが、本当に効く・・のか? 失敗すれば天座が三人欠けるのだぞ」

「知りません。私は女神アマチカに従うまでです。それに死ぬのは私と金牛宮の二人です。人馬宮ならば失敗しても逃げられると女神アマチカは仰っしゃりました」

「む、むぅ。確かに……。だが、だが……」

 唸る金牛宮もまたバリスタに向かって歩いていく。

 危険です、と兵士が近づいてくる枢機卿二人を押し留めようとするも、二人の枢機卿は兵たちにとあることを命じた。

 それを聞き、正気ですか、と思わず問いただしてしまう兵たち。

 使徒ユーリの考えた亡霊戦車撃退作戦が始まろうとしていた。


                ◇◆◇◆◇


 私を含めた53人の人間が戦車が迫ってくる道路の脇に隠れていた。

 それぞれコンクリートの瓦礫に身を隠していたり、落ちていたビニールシートなどを全身に被っている。

 私たちは待っていた。

 亡霊戦車の到着をだ。

 私は人馬宮様に指示を出し、この場に誘導してくれるようお願いした。

 生徒や私のための護衛にと、金牛宮様の兵を首都から伴ってきた。

 金牛宮様はこの作戦でも使う・・

 別に戦闘や補助に役に立たない権能持ちということなら、司法の天秤宮リブラ様か教育の双児宮ジェミニ様でもよかったが、金牛宮様の部隊は獅子宮様と巨蟹宮様の補充ですでに二部隊消費しているし、彼は俊敏AGIなどのステータスも三人の中でもっとも高かった。

 だから彼にした。


 ――心臓がどくどくと高鳴っている。冬だというのに緊張の汗がだらだらと手のひらを伝う。


 息を潜める私たち。別に指示をしたわけではないが、自然と顔見知り同士が集まっている。

 私の近くにはキリル少女を含めた錬金教室の仲間がいた。

「緊張するわね。ユーリ」

「ああ……ああ、そうだな。キリル」

 肝である私たちが失敗してはいけない、と何度かここに来る前に、似た地形で今から私たちがすることの練習をした。

 きちんとできた。だから大丈夫・・・なはずだった。

 少なくとも、無理に戦力を首都から引き抜いて倒せるかもわからないキルゾーンを作ったり、残り少ない素材を消費して作れるかもわからない対戦車ミサイルの研究をするよりは確実に。

「キリル。大丈夫。大丈夫だ。成功するよ」

「なに? 緊張してるの? 学年一位ユーリ

 手の震えを気づかれたのか。キリル少女が私の手に手を添えてくる。

 私たちを見て、傍にいる錬金教室の顔見知りたちが笑った。

 みんなよりちょっとだけSPが高いホーチリ村のテレサ少女、キリルの幼馴染のアガット村のシドウ少年、錬金術をあんまり好きではないのか授業は熱心だがいつもつまらなそうにネジを作っているウード村のソンショ少女。

「あのキリルがユーリにべったりじゃねぇか」

「そりゃあ、一位様だもの」

「ユーリくん、そんなのより私に乗り換えない?」

 小声で、だけれど威勢よく言う彼らの顔も緊張と恐怖で引きつっている。

 それでも女神への信仰ゆえか、この場にきちんといてくれている。

 あまり話したことはない。だけれど彼らもまた、私の無茶な指示に、私が出しているとはわからなくとも従ってくれている。

 私の手を握って安心させようとしてくるキリル少女の手を私は握り返した。


 ――死なせたくない。キリルも、他の三人も。


 いや、あちらこちらに身を隠す、私が徴兵した錬金術スキルを持った神官様や生徒たち。彼ら全員を死なせたくない。

 私を含め、彼らには残った素材でなんとか作れた回避力の上がるローブを渡した。

 だがこんなものお守り程度の意味しかない。機銃の掃射はこんなものでは防げない。

 そういう意味では私もまた死地に身をおいている。死なせたくないと言ったが私もまた死ぬかもしれないのだ。

 他の人間には見えない使徒の権能によって見ることができるマップウィンドウに視線を移す。

 地図ではそろそろ人馬宮様が見えるはずだ。

 私は瓦礫からそっと道路に向かって顔を覗かせた。

 道路に引いてある赤線。作戦ではあのラインを人馬宮様が越えたら、私たちは飛び出すことになっている。

 息を吐く。白い息が漏れる。空を見る。青空だ。灰色のコンクリート。赤錆びた鉄。遠くから聞こえる機銃の音。

 隣にキリル少女の息遣い。緊張で心臓は早鐘のように鳴っている。

 冬の寒さは気にならなかった。

 やるぞ、と内心のみで決意の声をあげる。

 これからする作戦はそう難しいものではない。

 ぽん、と音が鳴った。人馬宮様を確認した金牛宮様の兵が、空に向けて発煙弾を発射したのだ。

 そろそろだぞ、という合図だった。全員の喉がごくりと鳴った。

 発煙弾を発射した兵のいるビルに向けて機銃が放たれる音がする。地図を見る。損害はない。きちんと逃げたようだ。

「ユーリ! ぼうっとしてないで!!」

 小声のキリル少女の叫び。私は彼女の汗で湿った手を握り返し――人馬宮様が目の前を駆けて――手を離した。後ろからキリル少女の声が聞こえた。構わず瓦礫から飛び出す。

 作戦位置である地面しか、私は見ていなかった。

 音だけが聞こえてくる。

 地面のガラクタが履帯に潰されている音。機銃の音。人馬宮様を追って、遅れて戦車が三両、恐ろしい速度で迫ってくる音。

 近くのビルに控えていた金牛様の兵が砕けた窓枠から身を乗り出し、スマホ魔法で炎の玉を戦車にぶつける音。大量の獲物を見つけてほんの少しだけ戦車の速度が下がる。

 それでもこの道路を戦車は走って人馬宮様を追いかける。

 だから私は走る。走る。走る。叫びながら――「おおおおおおぉおおおおおおおおおおおおお!!」――走る。

 機銃の音。地面に、アスファルトが剥げ、むき出しになった『土』の地面に。私は――私の隣で同じようにする手が見え――私たちは、両手を、地面に手をあて――機銃の音。血飛沫が私の頬にかかる。私に誰かがぶつかってくる。それでも――。

 早く! 早く!! エネルギーを集中する! スキルを行使する! 対象は地面!! 『土』『アスファルト』『鉄』『下水管』『光ファイバー』だのなんだのといった煩雑な素材!!

 廃ビルから魔法が戦車へと降り注ぐ。機銃の応射。当然地面にうずくまっている私たちにも弾丸が飛んでくる。

 誰かの悲鳴。私に当たっていないのは単純に運が良かったからにすぎない。

 ここでいいのか? 一秒にも満たない間、ほんの少しだけ、顔を上げ、眼の前に、ほんの一メートルも離れていない距離に、鋼鉄の塊。血と肉片に塗れた亡霊戦車が目の前にいた。

 ちょうど・・・・通り過ぎる瞬間だった。

「ああああああああああああああああ!!」

 叫んだ。スキルだ。スキルを使う。錬金術・・・を、地面に向かって。


 ――わざと・・・失敗・・させる・・・


 私を含めた多くの錬金スキル持ちによって、目の前の地面が、大規模に消失した。

 スキルを失敗すれば素材は虚空に消える。

 それがなんであれ、レシピに乗っていなくても錬金術のスキルを行使することはできるのだ。

 だから私たちが地面に向かって、いや、そこにある『土』や『金属』や『がらくた』に向かって錬金術を行使すれば、当然そこにある物質はスキルに応じて反応を開始し、レシピがあっていれば何かのアイテムに変化する。してしまう。

 だがスキルを無理やり失敗させれば、何に変化することもなく、亡霊戦車がいる地面は消失・・する。

 目の前で、三両の戦車が地面に作られた巨大な穴に落下していく。

「まだだ!」

 まだ終わっていない!! ここからでも主砲なりなんなりで地面を崩して登ってくるかもしれない! 清掃機械やドローンを積み上げて足場にしてくるかもしれない!


 ――確実に倒さなくてはならない!!


「成功したぞおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 空に向けて私は叫ぶ。

 ビルの上、あらかじめ設置していたバリスタに向けて、私は届けとばかりに叫びを上げた。

 視界の端からさきほど走り抜けた人馬宮様も戻ってきている。

「よくやった! 坊主ども!!」

 私たちに向けて叫んだ短パンランニングシャツの彼はそのまま戦車が落ちた穴に向かって飛び込んだ。

 同時に、遠くから悲鳴・・が聞こえてくる。「あああああああああああああ」その悲鳴・・はどんどんと近づいてくる。

 悲鳴を発しているのは巨大な矢だ。バリスタの矢がこの穴に向けて飛んできているのだ。

 矢にはそれぞれ人間がくくりつけられている。

 処女宮様と金牛宮様、二人の枢機卿猊下。

 あらかじめこの穴に向けて照準を定めていたバリスタの矢が二本、穴に向かって叩き込まれる。


 ――全ては亡霊戦車を倒すためだった。


 枢機卿カーディナル、十二天座。

 彼らは『不死』を始めとして、数多の権能を女神によって与えられた特別な存在だ。

 そしてその中には当然あるべきものも入っている。

 銃で撃たれた処女宮様が自分に向けて使っていたもの。


 ――神聖魔法・・・・


 穴の中では人馬宮様を含め、あらかじめ着弾したら解けるように拘束されていた二人の枢機卿猊下が体勢をなんとか戻そうとしている戦車に取り付いていた。

 機銃で撃たれながらも、彼らは血に塗れながら戦車に触れた。触った・・・

 そして彼らは叫ぶ。彼らに与えられた神聖魔法の中の一つ。

 今まで、接近することすらできずに殺されていたためにやろうとすら思わなかった魔法。

 接触して発動することで不死・死霊系モンスターを一撃で再殺・・せしめる不死者殺しの奇跡。


「ターンアンデッド!!!!」


 重なる枢機卿猊下たちの声。

 まばゆくも暖かい神聖な光が穴の底から溢れる。

「どう、なった?」

 穴の底を覗く。

 果たして亡霊戦車たちは――ああ、と俺の口から安心したように息が漏れる。

 強敵は、滅んでいた。

 私たちを絶対殺すとばかりにせわしなく動いていた機銃、とにかく撃たせろとばかりにぐりぐりと動いていた砲塔、ぐるぐるとなにがなんでも押しつぶすとばかりに動いていた無限軌道。

 三両ともが沈黙していた。ただしターンアンデッドで倒したためか、その機体は朽ち果てている。素材には使えないだろう。

(こんなときにまで効率を……ブラックが染み付いているな)

 それでも、安心したように私の身体から力が抜ける。

 私は、枢機卿たちのターンアンデッドが効かなかったときを考えて、戦車をそのまま生き埋めにするために穴の縁に控えていたのだ。

 ああ、と息を吐きながら地面にへたり込んだ。

「疲れた……ああ、みんな……――ああ、そう、だよな……」

 周囲を見た。血が撒き散らされていた。死体が転がっていた。

 無事な人間は何人だろうか。落とし穴が作れたなら、そこまで死んでいないと思うが……。

 そんな私によりかかってくる何かがあった。暖かい。人間だろうか。

 誰だろう? 自分で立てばいいのに。

 私は重いだろう、と文句を言おうとして。


 ――少しだけ思考が空白になった。


「お、終わったの……?」

 離れた場所から憔悴したキリルの声がする。そちらに顔は向けられなかった。

 私は、私にもたれかかっている、その死体・・と目を合わせていた。

 見たことのある顔だった。知り合いだった。ほんの一分前に会話もした。

 彼の腹の部分が銃弾で吹き飛んでいた。

 私が撃たれなかったのは、生き残れたのは、ただ、私が運がよかっただけのこと。

 運が悪かった者もいる。

 それは、私の知り合いで。

 アガット村のシドウ。同じ錬金術クラスの仲間で。


 ――まだ六歳の、小さな子どもだった。


 彼は、私の考えた作戦で、死んだのだ。


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