020 大規模襲撃その7
『鷹の目』『弓術』『射手』などの遠距離攻撃スキル持ちと『偵察』『騎乗』『俊足』などの移動系スキルで構成されているのが、
「ついてきているなッ!!」
武器一つ身に帯びず、短パンとランニングシャツだけを着た浅黒く日焼けした男、女神から人馬宮の権能を与えられた枢機卿が背後を見ながら叫ぶ。
人馬宮が走る道路はひび割れ、ガラスやコンクリートの破片が散乱している荒れ果てきったアスファルトの道路だ。
だが人馬宮はそんなもの関係なしとばかりに軽快に駆け抜けていく。
人馬宮を追いかけるように銃弾の跳ねる音や高速で回転する無限軌道の音が続いていた。
真横に立つ廃ビルのコンクリートが大きくえぐれるも、人馬宮は「はっはっは、そんな豆鉄砲が当たるものか!!」と余裕の表情を崩さない、ように見えた。
――人馬宮を追い掛けているのは三両の
亡霊戦車が対人用の機銃をとにかく当たれとばかりに放つが、軽装に加えて回避に集中している人馬宮にはそうそう当たらない。
戦車に搭載されている電子機器や、乗っていた搭乗員が生きていたならば、人間一人がどれだけ早く走ろうとも弾丸はわけもなく命中しただろう。
だが亡霊戦車は、電子機器を死霊モンスターに乗っ取られた
崩壊当時の日本がどれだけ高性能な電子機器を戦車に乗せていようとも、操る死霊が無能であるなら戦車といっても、逃げるだけならばそう難しくはない。
ただし、人馬宮の逃走も完璧とはいかない。
人馬宮の鍛えられた肉体のそこかしこは銃弾で抉られている。傷口から血が流れる。だが、彼は常に笑顔を浮かべ、荒れた道を走り続ける。
――それは彼に希望を見ている信徒たちを不安にさせるわけにはいかないからだ。
荒れた道路を戦車を引き連れて走る人馬宮の体力も無限ではない。
そろそろか、と人馬宮が少しだけ速度を上げる。戦車を引き離さないように注意しながら、少しだけ先行する。
「あそこかッ!」
先に旗が見えていた。そこへ向けて一直線に人馬宮は走る。
「人馬宮様! ここです!!」
進路の先で待っていたのは、人馬宮が率いる部隊だ。
「お前ら! 任せた!!」
大規模襲撃に備えて練度を高めていた彼の愛する部下たちだ。
今回連れてきている部下たちも移動系のスキル持ちで固められている。
人馬宮の権能に加えて、SRスキル『
その人馬宮が鍛えた部隊である。彼らも本気で走れば時速80キロぐらいは出せる神国の精鋭部隊だった。
とはいえ、ゆっくりと会話している暇はない。
人馬宮は一度たりとも立ち止まらず、とぅッ、と部下たちが開いていた
それは『東京都地下下水ダンジョン』の入り口だ。地面に設置されたマンホールの中だ。
「では! ご無事で!!」
「お前らもな」
マンホールと呼ばれるダンジョンの入り口を塞いでいた鉄の円盤が閉められた。
「本当に無事でいろよな」
次に戦車に追われながら走るのは彼らだ。
戦車が通りにくい道を選ぶように言ってあるが、何人生き残れるだろうか……。
「人馬宮様!」
心配する人馬宮に、ダンジョン内に待機していた兵たちが駆け寄ってくる。
そうだ、兵たちの献身を無駄にするわけにはいかない。
人馬宮は感情を切り替えると速度を落としながらも移動を開始する。
「
「問題なく!!」
『東京都地下下水ダンジョン』はこの東京エリアの各地に出入り口があるダンジョンだ。
東京に存在する他のダンジョンに比べ、一層の難易度はそう高くなく、神国アマチカの建国当時、強すぎる地上の敵を避けてなんとかこのダンジョンを攻略しようとした時期があった。
――結果として探索は失敗することになったが。
ただ、二層以下は危険なモンスターが出現するものの、一層に出現するモンスターは
だからこうしてろくな装備を与えられていない人馬宮の部隊でもダンジョンの通路を利用するだけなら可能であった。
部下から差し出されたHPやスタミナ回復用の食料アイテムを受け取った人馬宮は、汚れた水が轟々と流れる水路の上に架けられた金属製の通路を走っていく。
「次を右に! その次の三叉路をまっすぐです!!」
地図を片手に地上への入り口へと先導する部下を追い掛けながら人馬宮は女神に心中で問いかけた。
(なぁ、女神様よぅ、アンタにオイラこうやって時間を稼げと言われたが、オイラはあとどれだけ稼げばいいんだい?)
人馬宮は『走者』のスキルによって、スタミナを強化するアビリティを取得しているが、それとて無限の体力を保証するものではない。
彼がほんの少し休息をとる間にも大事な部下たちが何人も死んでいく。
それでも、と人馬宮は思った。
――今回は五年前よりはマシか。
あのときは本当にひどかった。
進撃してくる戦車に対して正面から無策に突っ込まされた。クソ重い鎧のせいで機銃を避けることもできなかった。持たされた鉄の剣は戦車の装甲の前にはなんの役にも立たなかった。
そうして何もできずに部下ともども
大事に育てた使徒は死に、不死を与えられた自分だけが大聖堂で復活した。
人馬宮には今度こそ、という思いがある。
あの殺人機械どもに目にものを見せてやる。
信仰以上に、その考えで彼は女神に従っている。
「ここです!」
走っていた部下が立ち止まる。彼が指差す先がこのダンジョンにある出口の一つだ。
向かった先では出口にモンスターが近づかぬように周囲を警戒する部下たちの姿。
壁に取り付けられた梯子を上った先のマンホールは開いている。
「ご苦労!」
人馬宮は走りながら『跳躍』のアビリティで地上へと跳躍した。
――これで戦車どもを先回りできた。
人馬宮はなるべく余裕そうに見えるよう、口角を釣り上げた。
女神が何を用意しているのかはわからないが、時間稼ぎをしてほしいなら何度だってやってみせるさ。
それでクソったれな殺人機械どもに目にものをみせてやれるなら何度だって、いくらだって。
(それがオイラの役目というのなら……――!!)
決意を固める彼に女神より指示が届いたのは、そんなときだった。
◇◆◇◆◇
『錬金術』を使える生徒を引き連れた私は首都の外へと来ていた。
崩壊した東京の姿をきちんと見るのはこれで二度目だ。
一度は、農場からこの首都へと来る途中。二度目が今。
(なんでこんなことになってるんだろうな……)
崩壊した東京の街。
そこにはかつて一千万の人口を誇った都市の姿はどこにもない。
道路は砕け、高架は崩落している。爆撃でも受けたのか、あちこちにある巨大な穴には雨水だろう汚い水が貯まっていた。
商業ビルやマンションは半壊するも、日本のビルは地震対策で頑丈に作っているためか、それでも大半は錆びた鉄骨に支えられて、しぶとく立ち並んでいる。
地面を見れば汚れた看板や砕けたネオン、鉄棒がむき出しになったコンクリートが転がっていた。
――変化はそれだけではない。
地図を見れば何か巨大なものが上陸したのか、東京湾から区内を蹂躙しつつ、埼玉方面に向けて一直線に巨大な道ができていた。
(本当に、この世界はどうなってしまったんだ……)
知りたい。知りたいが……――そんな暇はない。
私は身体を震わせた。
(寒いな)
身体が震えるのはこれからやることに対する恐怖もあるが、単純に気温の低さもある。
雪は降っていないが、レアリティの高いローブを着ていても12月の寒さは身体に堪える。
少年らしく冬でも平気だぜ、と短パンをはく元気は私にはなかった。
現在私が隠れている廃ビルの外は、太陽は出ているが気温は高くない。
周りを見れば他の生徒も寒いのかしきりに身体をさすっていた。
それと、だ。
私の隣には不安そうな処女宮様がいる。
「ユーリくん、その、このあとは……」
「人馬宮様に戦車を
「う、うん……あ、寒い? こっち来る?」
「はい。いいえ、遠慮させてください」
「はい? はいって言ったよね? 今」
べたべたとスキンシップをとってこようとする処女宮様を押しのけ、私は地図を確認した。
現在、人馬宮様にここに来るよう指示を出している。
(……不安だな。もしかしたら、私も死ぬかもしれない……)
それでも私はここにいる。二人分の人生、ユーリ少年の人生を、私が終わらせるかもしれない。
――それでも、三両の亡霊戦車はいますぐに撃破しなければならなかった。
地図を見る。
(まだ街も農場も、人馬宮様に戦車を引きつけさせてから陥落していないな……)
そう、指示が遅れはしたが、人馬宮様が進撃してくる戦車を引き離し、都市から遠い場所に誘導した。
そしてぐるぐると意味のない場所を回るように隔離することで、街や農場の陥落は防げるようになった。
街や農場へ至る進路に妨害用の施設はなかったが、それでも襲撃を警戒してか地道に防壁の強化を行っていたらしい。
だから、殺人ドローンや清掃機械、自衛隊ゾンビではコンクリートの防壁で囲まれた街は落とせない。
それでも時間が経てば増援が来る。
その中に戦車が混じっていれば都市であろうとも必ず陥落し、そこに暮らす人々は皆殺しにあうことになる。
増援の戦車を誘導するにも人馬宮様とて身体は一つ。
これ以上戦車が増えれば対処は難しい。
だから、今このタイミングで戦車を撃破する必要があった。
息を吐いた。私の口から白い吐息が漏れる。
私が、私を含めた錬金術を使える信徒総勢53名を引き連れて戦場に出てきたのはそのためなのだ。
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