016 大規模襲撃その3


 ――自分が異常だと思ったことはある。


 当然だ。魂が二つあるなど異常すぎる。私が主人格のように振る舞っているが、この身体はユーリ少年のもので、この人生はユーリ少年のもので、だから私は彼が誇れるような人生を歩むべく努力してきた。

 もちろん私たちが凡才であることは否定しない。

 私たちは賢くない。賢くないし、運動能力も高くない。

 こうして貸し与えられたインターフェースには当然私の情報も載っていて、そこに載っているユニット詳細というもので自分を見ても明らかに私は平均の能力値だった。


 ――私は、凡才だ。


 学舎の学習で一位をとっているから他より優れているようにも見えるが六歳だぞ。

 そんなもの将来を考えれば誤差レベルの結果にすぎない。

 学舎には私より賢い生徒が、子供がたくさんいる。

こんなものインターフェースを通して世界を見るから、君は六歳児に頼ってしまうんだよ)

 リノリウムの通路を、私の手を引いて前を歩く処女宮の少女を見る。

「ゆ、ユーリくん。こ、この先だよ。周囲に気をつけようね。どこから殺人機械が来るかわからないし」

 へっぴり腰で学舎の隣、そういえばいつのまにか建てられてたな、という感じで現れていた巨大な建物を指差す処女宮ヴァルゴ様。

 そういえば処女宮様の声、どこかで聞いたような声だが、どこで聞いたんだ?

 などとくだらない疑問に首を傾げているわけにもいかない。

(そうだ。いくつかの疑問が溶けたのだ)

 インターフェースから技術ツリーの存在を知って、この世界の技術に関する歪みにようやく気づけた。


 ――技術ツリー・・・・・


 それはインターフェースに表示されていた、資源やレシピによって進めることのできる樹形図ツリーだ。

(このツリーに沿って、この神国アマチカは技術開発をしていたらしいな)

 この国の人々はこの技術ツリーに表示されているとおりに、段階的に基幹技術を開発し、結果として様々な施設やアイテムを建築・作成しているのである。

 内政ツリーを開発すれば税制や徴兵などの内政に関する技術が、建築ツリーを開発すれば建材や施設に関する技術が、といった具合だ。

 しかもただ単純にそのツリーだけを開発すればいいというものではない。

 建築ツリーのいくつかには内政、機械、農業技術などを開発することで開発条件を満たせるものもあるからだ。


 ――これを見て、私はようやく私が本当にいびつだと気づけた。


 私の錬金術は、いや、私はツリーを無視・・している。今まで私がやっていたことはそれだ。

 セルロースを生み出したときのこと、セルロースからセロハンテープを作り出したときのこと。他にもゴミから様々なアイテムを作り出したことを思い出す。この国の人々はレシピに従っているが、私は無視している。

 それができるという確信のもとに好きなようにスキルを使っている。

 そして、それをいまから私は高度に、大規模にやろうとしている。

 そうでなくては、機動鎧なんて作れるわけがないからだ。

 この国の機械ツリーはネジのいくつか先で止まっている。金属系素材もそんなに開発されていない。

 提出した機動鎧のレシピを思い出す。今見たツリーと照合する。

 そうだ。こんな技術レベルで機動鎧が作れるわけがない。作れないのであれば確認のしようがない。

 口角が皮肉げに曲がった。報酬のアマチカが振り込まれなかったのも当然だった。

 それに、機械ツリーの枝に、私が提出したレシピがいくつか存在している。どれも数段階ほど技術を飛ばしている。

 作れるわけがなかったのだ。

 それに、ツリーに気になる部分もあった。

 提出したレシピのどの枝も発展性なく途中で止まっていた。

(たぶん+1クオリティで手に入るレシピは技術として余分・・なんだろうな……)

 文明に必須の技術ではないから、+1報酬という形で製作者に知らされるのか。

 求められている機動鎧は、機械ツリーの中でも、おそらくエンジン系の派生技術という感じの位置に存在している、と思われた。

 それと植物ツリーに私が作れた『セロハンテープ』の技術ツリーが解放されてない。

 その国の国民が作成しても報告しないと登録されない仕組みなのか。

(っていうか『セルロース』作ってないのかこの国の連中)

 なるほど。やっぱり対応技術を開発済みでもレシピを発見しなければ――いや、レシピだけ存在しているけどツリーが進んでない技術もある? ああ、そうか必要な技術を開発をすることで基幹技術だけはレシピを得られる? なるほ――無理やり手を引かれた。

「ゆ、ユーリくん! は、走って!!」

 ん、と周囲を見ればいつのまにか私たちは外にいた。

 導かれるままに歩いていたせいで気づけなかった。

 焦った表情の処女宮様の視線の先を見れば私たちを見下ろすようにして殺人ドローンが空中に浮かんでいる。

 機銃の先が、私たちに向いていた。


 ――死ぬぞこれ・・・・・


 いやに世界がゆっくりと見えた。ドローンがぶら下げている機銃部分が回転し、弾丸が射出され――処女宮様が私の前に立った。

 血の華が咲く。肉が弾ける。処女宮様の身体が弾丸が当たった衝撃で激しく揺れる。

「こ、のぉ!!」

 処女宮様が、スマホ・・・を振りかぶった。

「ファイアーボール!!」

 スマホの先に浮かぶのは炎の玉だ。魔法・・のように浮かんだ炎の玉が空中に浮かぶドローンに向かって飛んでいき、着弾。爆炎と共に殺人ドローンが墜落する。

「処女宮、様……あ、その、すみません」

 全身から血を流した処女宮様が私を振り向く。怒られるかと思ったら処女宮様は私を見下ろしながら「怪我はない?」と聞いてくる。

「はい、その処女宮様が庇ってくださったので」

「よ、よかったぁ。ユーリくんのHPって一桁だからね。当たってたら本当に死んでたよ。使徒には『不死』の効果ないし」

「い、痛くないんですか?」

「痛いよ?」

 何を聞いてるの? みたいな顔で処女宮様が私を見下ろしてくる。だけど、と処女宮様は笑った。

「君が無事で、本当によかった」

 それに、と処女宮様は心配する私の頭を撫でながら「私、首都が陥落しない限りは不死・・だからね」と言う処女宮様。

「あ、あと神聖魔法使えるし、私、枢機卿カーディナルでもあるから」

 傷口に向かって「ヒール」と呟く処女宮様。私を不安にさせないためか、彼女は無理やりにでも笑顔を浮かべていた。


 ――いや、笑えないだろう。


 そうだ、と私は慌てて常に身体から離さず持ち歩いている鞄から『クッキー+1』を取り出し、処女宮様に差し出した。

 さっき食料系アイテムの効果を探してわかったが、クッキーにはポーションには劣るものの、HP回復効果がある。

「え、あ、あれ? 私にくれるの?」

「庇ってくださってありがとうございます。死なないように体力を回復してください」

 私からクッキーを受け取って「死なないけどね。ありがとう」と全身から血を流しながらクッキーを食べる処女宮様が「って、ほら! 倉庫! 倉庫!!」と私の手を引いて走り出す。

 走りながらも処女宮様の傷口はすでに肉が盛り上がり、銃弾を体外に排出していた――ばけも――馬鹿、これでも恩人だぞ。

 出入り口を離れるわけにもいかなかったのか、倉庫の前で警備をしていた兵士たちが私たちに気づいて警告の声を上げた。

「近づくな!!」

 兵たちに槍を向けられるも、すかさず偉そうな雰囲気を発した処女宮様が叫び返す。

「十二天座の処女宮です! 女神アマチカからの勅命です! 倉庫へ通しなさい!!」

 処女宮様が懐から取り出したのは血がついているものの、偉そうな紋章だった。

 たぶん十二天座を証明するものなんだろう。

 効果は覿面てきめんだった。ははー、と兵たちが槍を下げて私たちを倉庫に通す。

「ほら、ユーリくん。早く早く」

 急かされるようにして私たちは中へと入っていく。

 う、と私は口元に手を当てた。

 倉庫をぐるっと囲むようにしてフェンスがあったため気づかなかったが、倉庫の内側には怪我をした兵士が何人も転がっていた。

 たぶん死んでいる人もいる。

 これはまずい。ここで作業するにも、ここを守る人間が必要だ。

「処女宮様……あの、生徒を徴兵できるんでしたっけ?」

「え、う、うん。できるけど?」

 さっきの移動中の操作は本当に油断でもなんでもなくただアホなだけだったが、ここは兵士がいるから周囲を警戒しなくとも大丈夫だろうとインターフェースを再び呼び出して私は学舎から治療ができそうなスキル持ちを徴兵していく。

 というか錬金術のスキル持ち、私だけじゃダメだろ……キリル少女や他の生徒を……いや、そうじゃない。

 私は決断した。とにかく全力でやらなければならない。そのためには、手足となる存在が必要だった。

 だから学舎の生徒全員を、それこそ教師役の神官様すら徴兵し、処女宮様の部隊を編成する。

「え……あの、ユーリくん?」

 私の手を引いて歩いていた処女宮様が顔を引きつらせて私を見た。

「手が足りないんで、よろしくお願いします」

「……あの、私、全身撃たれて、身体痛いし」

 神聖魔法使えるって言ったじゃないですか。だけれど私は、処女宮様を甘やかすことにする。

「素材があるみたいなんで鎮痛薬とポーション作ります。我慢してください」

 えぇぇ、と言う表情の処女宮様を今度は私が引っ張るようにして先へと進んでいく。

 倉庫には背の高い棚が並び、大量の麻袋が積み重ねられていた。

 たぶん『ものひろい』のスキル持ちが集めたアイテムもきっとこの中にあるんだろう。

 ……ああ、と私は胃腸薬も作ろうと決意する。


 ――私は今、同じ学舎に通う生徒らにとてもひどいこと・・・・・をした。


 胃が痛い。とてもひどいことをした。

 学舎に籠もっていた方が助かった生徒もいたかもしれない。

 それを戦場に引きずり出した。

 地図を見る。状況は変わっていない。

 敵の数はさっき見たままで、味方もまだ移動を始めたばかりの部隊なども多い。

 私は指示を出したが実際に動くとなるとそれなりに時間がかかるのだ。

 そして、こうして渦中にいる以上、命令してしまった以上、私もまた別の覚悟を決めねばならなかった。

(そろそろ、聞かなければ……聞きたくなかったが……)

 嫌そうな顔で自分の部隊編成画面を眺める処女宮様に聞く。

「敵の増援・・は、いつ頃来ると思いますか?」

「え、う、うーん。わからない。前回・・はお昼ごろだったと思うけど」

 なんでそんなことを聞くの、という顔をする処女宮様に「参考になりました。ありがとうございます」とだけ私は言う。

 ああ、やっぱりだ。やっぱり敵の増援は来るのだ。

 私は逃げ出したくならないように、強く歯を噛み締めた。


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