015 大規模襲撃その2


 打ちっぱなしのコンクリートでできた教室には私と処女宮ヴァルゴ様だけがいる。

 まだ外は明るい、窓から見える空は綺麗な青空で、外で悲鳴と銃声さえ聞こえなければキリル少女と中庭で食べたいぐらいの快晴だった。

(誰か私を助けてくれ……)

 だが他人はこの場にはいないし、そもそも最高権力者の一人を相手にして、私を助けられる人間が学舎にいるだろうか。

 私は諦めながらも目の前に浮かんでいるウィンドウに表示されている地図を注視するしかなかった。


 ――時間がなかった。


 首都に迫ってくる敵の内訳は亡霊戦車リビングタンクが3。殺人ドローンや清掃機械ヒューマンクリーナーの混成が10。偵察鼠ストーカーマウスが無数だ。

 対するこちらは十二天座と呼ばれる枢機卿が率いる兵士部隊が十一部隊だ(処女宮の部隊は存在していない)。

 『使徒』と呼ばれる各枢機卿の配下がそれぞれ二人ずつ(処女宮の使徒は私だけなのでこちらにも処女宮の部隊は存在しない)二部隊。

 合計33部隊が存在している。

 だが彼らの大半は出撃もせず都市に籠もっていた。

 前線で戦っているのは獅子宮レオ巨蟹宮キャンサーの六部隊だ。

 遠方から迫ってくる清掃機械と正面からぶつかった六つの部隊は現在進行系で順調に数を減らしていた。

「……まず……これ! この人たち下げられないんですか!!」

 私の叫びにぼんやりと、だが喜びながら私を見ていた処女宮様が慌てた表情をする。

「え? 下げ? え?」

「いいから! 鉄の鎧で銃を防げるわけがないだろう!! 下げ……いや! 権限をくれ!! ください!!」

 動かしたい部隊がいくつもある。前線から練度の高い戦闘部隊を下げたいし、この都市に籠もってる他の枢機卿を動かしたい。

 首都に侵入してきている自衛隊ゾンビと呼ばれるモンスターが好き勝手暴れているのに警備ドローンと呼ばれるドラム缶しか出てきていないんだぞ。

 っていうかこっちもドローンを作れるのか? 人間よりよっぽど働いている。

 慌てて調べるも首都の初期施設・・・・で月に少数だけ自動生産されているものらしい。

「え、ええ、いや、でもみんなそこそこ考えてくれてるし。っていうか私は君に機動鎧を作ってほしくて」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい!! 時間がないんだ! 貴女が私にやれと言っているんだから作る時間を稼がせろ!!」

 ひぅッ、と涙目になった処女宮様が私に向かって、じゃあ、と権限を委譲してくる。遅い! さっさとしろ!!

「なんでこんな! ああ、もう!! 偵察鼠ってあれだろ、ソーズくんたちが多いって言ってた奴だろ。地下から都市に侵入されてるじゃないか!!」

 すぐに宝瓶宮アクエリウスの生産部隊の一つを動かして各地下施設に向かわせる。とりあえず鉄板を生成させて施設の出入り口を封じよう。幸いにもまだ侵入部隊の数は少ない。護衛には磨羯宮カプリコーンの魔法部隊をつける。

 権限が得られたので、獅子宮と巨蟹宮の部隊もすぐに前線から下げさせる。

 それぞれの部隊が3割以上数を減らしているので金牛宮タウロスの所持兵士を向かわせ合流するように命令を出す。金牛宮の兵士は獅子宮や巨蟹宮の部隊と比べて兵の練度が低いが、戦闘は数だ。数が足りない方がもっとまずい。

 というかこれって実際にどういう命令出てるんだ? 顔も見えない人間から指示をもらって不安じゃないのかこの人たち。


 ――それでも、指示を出せばすぐに動いてくれる。


 私は権限を得ても襲撃は続いている。なんの解決もしていないから当たり前だ。

 ステータスを見れば、都市防壁の上で弓だのなんだのを撃ってドローンを迎撃していた人馬宮たちの足が速かったので、三部隊のうちの二部隊を速度に特化した兵士だけ抽出して再編成し、戦車部隊に向かわせる。指示欄にコメントを書ける部分があったのでたぶんここで細かい命令ができるんだろう。戦わずに都市に向かわせないように逃げながら引きつけ続けろ、という指示を出した。

 第二次世界大戦の映像のせいか、平原をとろとろ走っている初期型の戦車映像ばっかり見せられたせいか、どうも私の心情的に戦車は鈍足なイメージがあるがそんなことはない。あれは速い。エンジンと車輪のついた箱だぞ。そりゃ速いに決まっている。

 人馬宮だけだと足止めにもならない。すぐにでも殺される・・・・


 ――それでもやってもらわなければならない。


 今、私が何を・・やっているか・・・・・・について深く考えることはやめる。

 考えれば動けなくなる。そういうことをさせられている、ということだけは忘れないが考えない。

 残った人馬宮の弓部隊と(陽動部隊から引き抜いた弓部隊で数は多い)、磨羯宮の魔法部隊を都市防壁から一部隊出させて人馬宮の逃走ルート上に設置し、戦車部隊ではなく戦車部隊にくっついていた殺人ドローンたちを攻撃するように指示する。

 もちろん真正面から打ち合いはさせない。小部隊に編成しなおして、廃ビルを利用してゲリラ的に戦闘するように指示を出す。

 ついでに奴らの進行ルート上の要害らしきいくつかの箇所に宝瓶宮の二部隊を向かわせる。

 コンクリートや鉄で防壁を作るのだ。だが、支配領域内であっても地図のいくつかは探索を行っていないのか細かく黒い未探索部分がある。天蠍宮スコルピオが暗殺・諜報部隊と詳細があるので三部隊全部を外に出してルートの安全性などを調べさせる。

 そして指示を出せばすぐ地図上の彼らは動き出す。宗教国家だから疑問を抱かないのか。よくわからない。


 ――これは、本当に現実なのか?


 それはまるで夢のようで――。

 外で銃声が聞こえる。悲鳴が聞こえる。嫌な音だ。嫌な音だ。嫌な現実だ。

「へー。すごい。都市防衛ってこうやるんだ」

(~~~~~~ッッ!! ッッ!!)

 ああ、目が覚めた。怒りで頭が熱くなった。

 それでも怒りを抑え、都市内の部隊を動かす。

 こんなものすごくもなんともない。ド素人でもわかることだ。役割を持った人間に、適した仕事を与えていく。それだけのことだ。


 ――ただそれだけのことができていなかったのだ。


 手遅れすぎる。泣きそうだ。今から動いても被害がどんどん出ている。他の都市被害が拡大していく。いまから部隊を向かわせても間に合わない。陥落・・する。このインターフェースを通すとゲームのように見えるがこれはゲームじゃない。

 私は生きている。

 そうだ。ここは私が生きている現実で、私が生きている世界だ。

 同室の少年たちの姿が浮かぶ。キリル少女のはにかんだ笑み。友達だ。友達なんだ。

 小僧たちや神官様、あれこれと私に上から言ってくる生意気な偉い奴ら。彼らに対してはむかつくものの、死んで欲しいとまで思ったことはない。

 この首都にも被害は出ている。

 それは各施設に入り込んだ自衛隊ゾンビや殺人ドローンたちによる被害だ。入り込んだ清掃機械によって、この学舎内でももう死人が出ている。

(先に指示をしなければならない外の対処は終わった)

 私はすぐに、残る枢機卿の部隊を戦闘力の高い順に襲撃されている首都の各所に向かわせた。そして鎮圧が終わった部分に磨羯宮の医療部隊を送り込み、負傷者の治療に当たらせる。

 獅子宮や巨蟹宮の負傷兵も戻ってきたらすぐに治療だ。

(薬が足りない……い、いや、回復アイテムなら確かそうだ。砂糖で回復できただろ)

 慌ててアイテム欄を調べる。

 思ったとおりだ。このインターフェース上ならアイテムの効果詳細が私が錬金で調べるよりももっとわかりやすく説明が書いてある。

 一番回復効率が良いのは『ジャムパン』か。

 白羊宮が牧畜担当だが料理も作れるようなので都市の生産アイテムから食料品の合成指示を出した。

 本当は宝瓶宮の部隊にポーションを作らせたいが彼らの部隊はすでに防衛設備の作成に使ってしまっている。

(なんで……なんでこんな……)

 多少落ち着けば不満が湧いてくる。なんでこれだけ揃っていて何もしていないんだ。

 頭が働いてくる。私以外、今日は・・・休みだった・・・・・

 私以外の生徒は自室待機だった。都市に部隊が集まっていた。

 そして目の前に少女が、十二天座の処女宮が私の前にいる。

 彼女が私を呼び出したのだ。

 彼女が私に丸投げしたのだ。

 ああ、そうだ。


 ――襲撃タイミングは予測できていたのだ。


 そしてわかっていて、何もしていなかった。

 普通は進行ルートに防壁を作っていたはずだ。偵察鼠の増加がわかっていたのだから、都市施設を封鎖して地下施設からの襲撃は防げたはずだ。

 すごいすごいと私が他の枢機卿を動かして襲撃に対応しているのを喜んでいる処女宮の胸ぐらを掴みたくなる。

 だが、だが……。

 ぐっと浮かびそうになる涙を堪え、私は――「ああ、次も・・ユーリくんに任せたら大丈夫だねぇ」――机から身を乗り出して、処女宮の胸ぐらを掴んでいた。

「――えっと、な、なにかな?」

 怯えた目で私を見る少女。その眦には涙が浮かんでいて、心底ほっとした顔で私を見てくる少女に私は……何も言えない。


 ――子供なんだ・・・・・この娘は・・・・


 私は、握り込んだ拳をほどいて、処女宮の背中をぽんぽんと叩く。なるべく優しくなるように、叩いた。

「え、えっとユーリくん?」

「よく頑張りました」

「えっと、その……」

「今までよく頑張りました」

「う、うん……あ、ありがとう」

 そうだ。こんな六歳児に頼ってしまうほど、彼女は悩んでいたのだ。

 その行いが愚かであろうと、私まで追い詰めては可哀相・・・だ。

「あとは私に任せてください」

 言葉が短くなってしまう。当然、怒りは収まっていない。それでも、言葉というものは与えないとわかってもらえない。

 処女宮様は、果たして――

「ゆ、ユーリくん! わ、私、今までつらくて、こんな世界につれてこられてほんとつらくて、苦しくて、誰も助けてくれなくて、全部手探りでいっぱいいっぱいで――」

 六歳児に抱きついてくる年上の少女。吐き出すように私に向かって言葉を重ねてくる。

 ノイズのような愚痴を脳でカットする。うん、わかった、つらかったね、君は悪くないとだけ声をかけてやる。

 この娘は子供だ。私から見れば女子高生ぐらいの年齢の子供にしか見えない。

 この娘は間違えていた。だが、結局はこんな少女に権力インターフェースをもたせた奴が間違っている。だから、強く責めることなどできない。

 怒りと同情で処女宮様への嫌悪は麻痺している。それに、と冷静な部分が私に囁いてくる。


 ――そう、今へそを曲げられて権限を取り上げられると困る。


 今の襲撃、これだけならこの襲撃は乗り切れる。

 殺人ドローンと清掃機械を排除したら、魔法部隊を移動させ、攻撃がキル集中する地点ゾーンを作ってそこで戦車部隊を始末すればいい。被害はでるが、倒すことはできるだろう。

 だがそうではないだろう。

 それで終わる問題ならここまでこの少女は焦らない。


 ――六歳児に・・・・全権限・・・を渡さない・・・・・


 私は……。

 私は本当はインターフェースの情報欄が気になるのだ。

 そこにはきっと、私が欲している情報がいくらかは入っているはずだ。

 この世界の秘密。この世界の情報。この世界の真実。

 だが今見るわけにはいかない。そんな暇はない。やらなければならないことがある。

「それで、機動鎧を作ればいいんですね?」

「――らくて、苦しくてね、みんな助けて、え? あ、う、うん。そう、機動鎧。せ、戦車が倒せなくて、でも君が提出してくれた機動鎧のレシピが、だから、君ならって」

 それが根拠か。ここにいる理由か。

 馬鹿だろう、という言葉をなんとか吐き出さずに私は処女宮の背中を小さな手でぽんぽんと叩いてやる。


 ――無理・・だろうな・・・・


 考えるに機動鎧は防具だ。必要素材の関係からそれなりに優秀な防具なんだろうが、それで近代戦車の攻撃が防げるかは怪しい。

 そう、戦車を確実に撃退させるのに必要なのは攻撃力だ。キルゾーンを作って対処できるかもしれない。だがそれでは反撃でこちらも兵を失う。兵は温存・・する必要がある。

 そして軍事技術に私は詳しくないが、戦車を倒すなら対戦車ミサイルとかいう奴がきっと必要なんだろう。

(作れるか? レシピもなしに)

 レシピ傾向から必要素材を推測して……いや、そもそも素材はあるのか? ガラクタで作れるようなもんじゃないだろう。

「素材は――」

「ある! 先週のうちから学舎に運び込んでおいたの!! 隣に倉庫も作ってあるから!! ゆ、ユーリくんがね。絶対に使うだろうからって!!」

 媚びるように私に頬ずりしてくる年上の少女。絶句した。先週から? 先週から私にやらせるつもりで? だったらもっと早く。

 私が剣呑な雰囲気を出したことがわかったのだろう、言い訳するように処女宮が怒らないでと言う。

「ろ、六歳の君を徴兵するためには国家の全ユニットを利用可能な総力戦状態じゃないとできなかったんだよ! そ、総力戦状態は、ま、前に見たから、その、大規模襲撃中の衛星都市陥落状況が必要で」

わざとか・・・・? まさか、わざと都市を陥落させたのか?」

 殺意が籠もっていなかったかはわからなかった。だが、私を抱きしめる処女宮の身体が震える。

「ち、ちが、だ、だってわ、私、私わからなくて。だ、だからなんとかできそうな君に」

 おこらないで、と処女宮は謝ってくる。おこらないで、と私にすがってくる。

 ……そうだ。彼女は、権限の委譲を最初にやらなかった。機動鎧の作成のみを私に依頼しにきたのだ。

 冷静になれ。ユーリよ。ブラック企業で学んだだろう。怒鳴るな。怒るな。一つ一つ冷静に物事を処理していけ。

「怒ってないですよ。よく思いつきましたね」

 よしよし、と頭を撫でれば、きょとんとしたあと、えへへと涙を浮かべながら処女宮は笑みを浮かべた。

「あ、案内してあげる。こ、こっちだよ?」

 こわかった、と呟く処女宮が歩いていく。

 私はそのあとについていく。

 外を見れば私が指示した結果だろう、都市を攻める自衛隊ゾンビに鉄の剣を装備した兵士が突っ込んでいき、簡単に射殺されていた。

 それでも複数人でかかれば倒すことはできるらしく、相応の人数を犠牲にして都市から敵は排除されていく。

 首都の危機はとりあえずこれで防げるだろう。


 ――だけれど、きっと……。


(私はもう、安眠できそうにないな)

 たとえ無事に乗り切れても、今日のことはずっと忘れないだろう。

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