014 大規模襲撃その1
【Information】
『XX10/12/25 七龍帝国にて
『XX10/12/25 北方諸国連合での寒さ対策には乾布摩擦が良いとの専門家の意見が――』
『XX10/12/25 やりました! エチゼン魔法王国で猫の赤ちゃんが生まれました!』
『XX10/12/25 【警告】各地域で【大規模襲撃】が発生しました。各君主は早急に防衛ユニットを配置し、対応を――』
◇◆◇◆◇
その日は朝から奇妙だった。
何か静かというか、神官様たちはピリピリしているような感じだった。
小僧たちに聞いても事情は知らないのか何も知らないの一点張りだ。それでも彼らは不安なのか、落ち着かない表情をしていた。
ただ、生徒たちは全員楽しそうだった。
なにしろ
なぜ私だけが、と不満に思うものの、同室の生徒たちに見送られ、私は弁当と荷物を片手にリノリウムの廊下を歩いて教室に向かった。
そして今、コンクリートでできたいつもの教室で『コイル+1』を作らされていた。
知能学習はなかった。午前も午後も授業はスキル学習だった。
ちなみに『磁石』と『銅』を使って作る『コイル』はここ数日で作れと言われるようになった新しいアイテムで、たぶん機動鎧の材料として使うんだと思うんだが……。
(これ、明らかに無理してるよな)
素材に錬金術で干渉して情報を得るのも慣れてきた私が磁石を調べてみれば、この磁石、殺人ドローンと呼ばれる飛行機械からのドロップ品らしい。
ドロップ品という単語が自然に出てくるあたりこの世界の奇妙さには辟易するが、この磁石は日にせいぜい十数個しか素材として出てこないので本当に無理をして手に入れているのだろう。
とはいえ、十数個の磁石からコイルを作ればそれで終わり、余った銅で『銅板』を作れと言われているので『銅板+1』を作って提出。
「神官様、終わりました」
今日の教師は珍しく神官様だった。
というかスキル学習では初めてかもしれない。
教室にはふよふよと浮いている教師ロボットもいたが、彼は私が提出したコイルと銅板を持ってどこかに行ってしまった。
ここにいるのは私と神官様のみだった。
(神官様か)
女の人だった。若い神官様だ。美人で、この神国アマチカでは珍しい本当の
私たちはなんというか、髪色とかもそうだがちょっと色が違うのだ。鼻は低いし肌も黄色人種的だが、ほんの少し日本人とは違うようにも見える。
その神官様は黙って教卓の前に立ち、スマホを見ている。
――しかし本当に珍しいな。
若い神官様は学舎ではあまり見ない。
しかもこの方は女性だ。
女性の神官様は学舎ではほとんど見ない。ほとんどは男性で、それも老年の方ばかりだ。
それに私はなんだかんだと神殿周りの用事を申し付けられるようになったのでこの学舎の神官様事情についてそこそこ詳しいが、この神官様はその私が初めて見る方であった。
声をかけたが神官様からの返事はない。
錬金術を使っている間は気にならなかったが、こう二人きりだと緊張して変な汗が出てくる。
(むぅ、人事異動でもあったのか? そういう話は聞いてないが)
人事異動やイベントごとがあれば小僧たちがあれこれと騒いで私に教えてくれる。
どうせわからないと思って言っているのだろうが、そのレベルのうっかりをやらかす程度の信頼を小僧たちから私は、というか私についてきているキリル少女は得ていた。
その私が知らない神官様が、私以外が全員学習休みの日に、私につきっきりで学習を行っている?
(なんだ? 今日何かあるのか?)
もしかして……こっそり集めてるレシピがバレたか? いや、書類の撮影か? それともスキルの無断使用?
心当たりが多すぎて背筋が凍る。処刑される? 最後に役に立たせるためにこうしてスキル使用の機会を設けた?
だが神官様は、内心で顔を青くする私を無視してじっと唇を噛み締めている。
その視線はすでにスマホから離れ、今度は虚空に浮かべた『
ぱちくりと私は目を瞬かせた。
(なんだあれ?)
まるで
細かい部分はよく見えないが、警告色のように真っ赤に光っているウィンドウに対して「なんで最初ッから戦車が出てくるの!!」と神官様は怒鳴り声を上げていた。
――正直怖いのでもうちょっと落ち着いて怒ってほしい。
私が同じぐらいの身長で二倍ぐらい筋肉があれば怒ろうがひっぱたかれようがなんの恐怖もないが、今の私は六歳の可愛らしい少年で、筋肉はなく、そして身分的な格差が開きすぎている。
彼女の癇癪一つで破滅すると思えば身体もそうだが心が震えてしょうがない。
さりとて、どうしました? と気軽に聞くわけにもいかなかった。
某身体は子供、頭脳は大人な少年探偵がごとくに「あれれ~どうしたのかな~」なんて言った暁には即日処刑の憂き目にあうことは必定だ。
これが顔見知りの神官様であれば珍獣の奇行で許してくれるかもしれないが、今回の神官様は初めて顔を見たお方だ。話しかけた途端に無礼討ちされるかも、という恐怖がある。
(想像力だけで考えすぎか? とはいえ神官様は減点を自由に与えられるからな)
下手に声をかければ錬金術学習初日のキリル少女の二の舞だ。
いきなりマイナス100点なんて言われてしまえば即座に農場行き。これまでの苦労の甲斐はなく私は終生土と共に暮らすことになる。
黙っていれば、ずずん、と教室が揺れた。ぱらぱらと埃が降ってくる。
「きゃあっ! も、もう!! 早すぎだよ!!」
神官様が悲鳴を上げた。
ええと地震……ではないよな?
だけれど悲鳴を上げた神官様が「できた! できたよ!! これを待っていた!!」とか叫んで、ええと、私を見た?
っていうかこの声、どこかで聞いたような……。
つかつかと椅子に座ったままの私に向かって歩いてくる神官様。
爆音が聞こえる。悲鳴も。また揺れた。パラパラと埃が天井から落ちてくる。
鉄と火の気配が迫ってくる。まるで映画で見たような戦場の音が迫ってくる。
逃げなくてはならないのに、だけれど神官様は周囲も見ずに私に向かってくる。
「ユーリくん」
「は、はい」
「貴方をこの私、神託の
「はい?」
「オーケーしてくれたね! ああ、
突然すぎる宣告だった。ヴァルゴ? ええと、いや、待て。待て待て。よかった? 解決? 何の話だ?
だけれど神官様は「じゃあ今すぐ『機動鎧』作って」と私に向かって、気楽そうな表情で言った。
……あー、あー、あーあーあーあーあー。
――これは、この感覚は。
ぞわぞわと背筋が震えてくる。
口の中に広がる苦い味。前世の記憶が刺激され、胃が痛くなる。怒りで頭がおかしくなる。思い出したくもないことを思い出される。
無茶を言う上司の上司。期限ギリギリのプロジェクト。君に任せたと新人だった私にスルーパスされた重要案件。
逃げ出した同僚。関わろうとしない先輩。取引先で強要された土下座。
ああ、畜生。畜生。思い出したくなかった。
――これはブラック企業の空気だ。
腹を押さえる。胃が痛くなってきた。
逃げ出したい。喚き散らしたい。涙を流して哀れさを装い、目の前の少女に同情させ、そして――
自分に向かって私は心の中で声を上げた。
前世の経験が役に立った。ブラック企業での地獄の日々が役に立った。
そうだ。とにかく喚こうが泣こうがこの状況はどうにもならない。
――私が! 私がやらなければ!!
今、私は目の前のこの少女に問題を
この状況の解決を。このわけのわからない状況の解決を!! 泣いている暇はない。嘆いている暇はない。すねている暇はないし、同情してもらうなど言語道断。とにかく、とにかく状況を進めなければならない。
外では悲鳴や銃声がひっきりなしに聞こえてくる。
とにかく一分一秒を争う状況だった。
だから私は頭を働かせた。
そして机に腰掛け、真っ赤なウィンドウを
「枢機卿猊下、状況を説明してください」
「猊下? 君はもう私の使徒なんだからそこは気軽にヴァルちゃんとかでいいよ? で、ええと状況って?」
爆音。パタタタタ、という軽い音は自動小銃か何かだろうか。
悲鳴が連続している。頭を抱えたくなる。何が起こってる? なんでこんな――畜生、畜生。
だけれど目の前の、10代の、高校生ぐらいの姿かたちの枢機卿はまるで全てが解決したかのように私を見ていた。
その自分の仕事は果たしたかのようなその顔、無性にひっぱたきたかった。
「猊下。私は何も聞いてません。何も知りません。私に何をさせたいのですか」
「だから機動鎧作ってって言ってるでしょ。っていうかNPCは使徒になれば状況わかるじゃん。もう簡易権限あげたよ? ステータスを
――意味がわからない。
だがブラックだ。資料ありませんかって聞いたら自分で調べろって言われたときのことを思い出して胃が痛くなってくる。
怒りで目の前が赤く染まる。歯を食いしばる。五秒だ。五秒で感情を捨て去れ。
おちつけ。とにかく目の前の処女宮は役に立たない。権限がこっちにあるなら自力で調べた方が早い。
「す、ステータスコール」
疑心すら今の状況ではいらない。
即座に宣言し、目の前に現れたのは、真っ赤に染まった神国アマチカの地図らしきものだ。
画面には非常事態宣言発令、総力戦へ突入しています、という日本語らしき文字が出ている。
首都傍の村だの街が陥落していた。機械モンスターの襲撃? な、なんだこれは……。
(落ち着け。落ち着け。私が騒いだり焦ったりしたところで何もならない)
とにかく状況の把握だ。それに、それにだ。
私は目の前の処女宮を見た。
偽装のためか、枢機卿らしき衣装ではなく、ただの神官服に身を包んだ少女は私を見下ろしてにこにこと笑っていた。
――まるで肩の荷が降りたかのように。
この偉い人が、私になぜか丸投げしてきたのだ。つまり私には何かができるのだ。
頭がおかしくなって丸投げした恐れもあるが、それが信用できるかどうかは別にして。そう思わなくてはやっていられない。
たぶんこの状況を、私ならなんとかできる――できるのか本当に?
不安をねじ伏せ、とにかく情報を確認していく。
これでも現代人だった30歳の私がいるのだ。いくつか触ればこのウィンドウの
それで近隣の都市がもう陥落!? わ、私の出身である廃ビルを改装して作った農場まで? あれだって砦みたいな堅牢さだぞ。
途中の都市に引っかかりながらも機械の大群は四方八方から首都に迫ってくる。
「ユーリくん。戦車はコンクリートの防壁を破壊できるんだよ」
私の驚きに反応したのか、独り言のように処女宮様が呟く。私は戦車、と呟いた。
戦車? 戦車って、馬だの犀だのが引く
(そんな状況でなんで私に丸投げするんだ……)
六歳の可憐な子供だぞ私は。
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