013 獅子宮の憂鬱
「下がれ下がれ下がれ!!
連発した銃声。響くのは血と悲鳴。
――神国アマチカの廃都東京の探索は進んでいない。
ほんの少し国から外に出るとこれだ、と獅子宮は唇を噛み締めた。
殺人機械があまり出てこない交易用の『聖道』と違い、こうして殺人機械どもの領域にちょっとでも足を伸ばせばすぐに兵たちに重傷者が出てしまう。
「下がれ! 俺がやる!!」
高品質ワインと交換でようやく手に入れられた、鋼鉄でできた帝国製の特大メイスを片手に獅子宮の青年は前に出る。
付き従うのは獅子宮の権能で召喚することのできる巨大な獅子の『使い魔』が二体だ。
神国アマチカにおいて、殺人機械と出会ったときに正面からまともに戦えるのは女神から不死を与えられた十二天座だけである。
「おらぁッ!!」
地面を這うように迫ってくる円盤状の小さな自動機械に向けて獅子宮はメイスを振り下ろした。
ガツン、という音と共に清掃機械は行動不能になるも、お返しとばかりに獅子宮の身体には鋼鉄の鎧を貫通して何発もの銃弾が突き刺さっている。
『ガガッ、現在、■■区を自動清掃中デス。都民の皆様にはご理解とご協力を……――』
円盤の中央からせり上がってきた銃身より発射される銃弾。悲鳴を上げて獅子宮の使い魔が一体消滅した。戦闘のたびに召喚できる使い魔だが、召喚するためのコストもタダではない。
ただでさえ近接戦闘に特化した獅子宮は
「おらぁッ! 壊れろや!!」
舌打ちと共に獅子宮がメイスを再び振るい、殺人機械を破壊する。
「獅子宮様! 我らも!!」
「下がってろ! 雑魚は来るんじゃねぇ!!」
鋼鉄の鎧は置いてくればよかった、と獅子宮は口角から血を溢れさせ、唸った。
直径60センチほどのこの薄っぺらい円盤のような殺人機械ども相手に鎧は意味がない。
ようやく手に入れられた帝国の最新技術で作られた鋼鉄の鎧ですらもだ。
ただ重いだけの鉄の鎧よりも、布の服の方が身体が軽くて銃弾を避けることもできただろう。
(まじぃな……)
銃撃による肉体への損傷。獅子宮の身体から血が流れていく。体力が失われていく。
ぎゃん、と獅子の使い魔がもう一体、銃撃を受けて消滅した。
歯を食いしばり、獅子宮はメイスを構える。
――いかに銃弾が肉体を抉ろうとも獅子宮は死なない。
それは宗教国家の特別称号である『十二天座』が持つ権能『不死』の効果だ。
十二天座に指定されたユニットはHPが0になろうとも死なない(だから防衛戦に生産特化の宝瓶宮が駆り出されたりする)。
だからといって無敵というわけではなく、制限もある。
それはたとえば復活に一日かかる、とか。
神国が――正確には首都の建築設備『大聖堂』が――陥落すれば不死は失われる、とか。
「死ねよおらァッ!!」
メイスによる打撃で殺人機械が粉砕される。残るは一体。
『路上喫煙、空き缶のポイ捨て、歩きスマホは条例によって禁止されておりマス』
「うだうだうだうだ意味がわかんねぇんだよ!!」
平たい円盤から銃身がせり上がる。銃声。獅子宮が纏う鎧を殺人機械の放った銃弾が貫通する。
獅子宮の身体から血が溢れ、身体がゆっくりと傾くも、強い意思によって獅子宮は倒れない。
「ぐッ……」
「獅子宮様!!」
遠くに下がらせた部下たちが駆け寄ろうとするも獅子宮はぐっと歯を食いしばって殺人機械へと突っ込んでいく。
「てめぇで終わりだ!!」
獅子宮の青年は十二天座『獅子宮』であると同時にSRスキル『武僧』の持ち主だ。
スキルの熟練度は上がっており『食いしばり』『武器戦闘』などのアビリティ取得にも成功している。
ゆえに、オーバーダメージをHPを1残して耐える『食いしばり』の効果で死亡を回避した獅子宮は、『武器戦闘』の効果で攻撃力の上がったメイスを殺人機械へと勢いよく振り下ろした。
◇◆◇◆◇
「ポーション!」
「は、はい。ただいま!!」
獅子宮の怒鳴り声に反応して医療班の兵士が走ってくる。
多くの兵が獅子の紋章をつける中、その兵だけは山羊の紋章をつけていた。
所属が違うのだ。
医療は
「獅子宮様、む、無茶がすぎるのでは?」
鎧を剥ぎ取られ、傷口にポーションをぶっかけられる獅子宮はうめきながら「俺が前に立たねぇと兵が死ぬだろうが」と言った。
「し、獅子宮様……なんと慈悲深い」
「そうじゃねぇよ」
「謙虚さもある。素晴らしいお方だ」
そうじゃねぇ、と獅子宮はもう一度呟いた。
獅子宮には自分一人で戦おうとも、一人たりとも兵を殺されるわけにはいかない事情があるのだ。
――神国の軍は質が低い。
装備もそうだが、農業に手を取られていて、兵を鍛える兵学校の数が多くないのだ。
だから兵の補充は年に一度か、無理をして二度だけしか行えない。
本当に数が足りないなら強制的に徴兵することもできるが、そういった兵の質は総じて悪く、獅子宮としてはやりたくない。
だからこそ偵察鼠どもが首都の地下を這い回っている中、廃都探索で練度の高い兵を無駄に失うわけにはいかなかった。
――本当は廃都探索もしたくなかったのだ。
殺人機械の中では雑兵に相当する掃除機械を相手にしてこのざまだ。機銃や火炎放射器を搭載した飛行ドローンや、
そうなれば残りの兵どもは蹂躙されるしかなくなる。獅子宮自体は女神から授かった権能がある。神国首都の大聖堂で復活できる。だが兵たちはそうではない。
(こいつらは大規模襲撃で使う……平地じゃ蹂躙されるだけだが、都市を覆うコンクリート壁の盾がありゃなんとか戦えるからな)
次は無様をさらさねぇ、と獅子宮は鋼鉄製のメイスを撫でた。
いろいろと会議では文句をつけたが、
(ようやくだ。鋼鉄製のメイスでようやく勝てた)
壁にぶつかると停止して方向転換をしたり、瓦礫に引っかかって立ち往生している掃除機械は遠目に見れば間抜けな部類の殺人機械だ。
だが、奴らは人間を感知するとどこに目があるのかというぐらいの速度と正確さで接近して(瓦礫も避けてくる)内蔵された単発の銃を撃ってくる。
しかも装甲も硬く、内部の耐久性も高い。今までの廃墟探索ではこの掃除機械が難敵だった。
鉄の武器ではへこませることが精一杯でその間に集中砲火を食らって獅子宮は殺される。そして残った兵士が掃除機械を袋叩きにするも、その間に数十人の兵を殺される。
それを負傷者は出たものの、犠牲なしで倒せたことは快挙だった。
(それでも……亡霊戦車は難しいだろうな)
前回は接近すらできなかった。一撃当てる前に備え付けられた対人用の機銃で蜂の巣にされた。戦闘から除外された獅子宮がコンクリートでできた首都の聖堂で目覚めたとき、大規模襲撃は終わっていた。
獅子宮が女神から与えられた兵は全滅していた。一人残らず殺されていた。
獅子宮を含め、十二天座のほとんどが死亡していた。生き残っていたのは
彼女から聞くに最後は民間人まで投入して首都崩壊を防いだらしい。
獅子宮は歯を噛みしめる。次は、次は絶対にそうはさせない。女神にこうして力を与えられたのはそのためだと獅子宮は認識している。
(だから兵の犠牲を覚悟して、こうして廃墟探索に来た)
亡霊戦車に対抗するためにも『鋼鉄板』『セロハンテープ』『コイル』『低出力エンジン』、この四種のアイテムレシピを獅子宮は手に入れなければならなかった。
「獅子宮様! 周辺探索終わりました!!」
「ああ、何か見つかったか?」
「『がらくた』『石材』『ゴミクズ』『壊れた銃』が見つかりました!!」
500人連れてきているから多くの石だのゴミだのを回収できたが、本命の報告はない。
獅子宮は落胆の色を表情ににじませて兵に指示を出す。
「もう少し奥まで探るぞ。だが深入りはするなよ。徘徊してる戦車に気づかれりゃミンチだからな」
「はッ!!」
獅子宮はメイス片手に立ち上がる。
願わくば『機動鎧』のレシピを見つけたとかいう学舎のガキが、さっさと大人になってくれますように、と。
(なぁ、坊主。さっさと無能宝瓶宮を代替わりさせてくれよな)
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