012 六歳 その9 副題 君の行動を見ている少女がいる。君はそんなこと知らないだろうけれど。
スマホスキルというものがある。
購買で購入できるスキルをスマホにインストールすることで、スマホのバッテリーを消費してスキルを発動させることができる、というものだ。
(何度聞いても意味がわからないんだよな……)
なんとか納得できるのは私のこの身体に『錬金術』というスキルが宿っているからに他ならない。
そもそもなんだこのスマホは? 女神からの賜り物ってなんだ? 前世ならともかくこの崩壊した世界ではオーパーツそのものだ。
電波や電気はどうしてるんだ? 殺人機械が存在するこの世界で拠点を保守できているのか?
そもそもこの学舎には電気が通っていない。
夜は星明かりや蝋燭が明かりだ。それで
待てよ。
――これは電気で動いているのか?
手の中の板切れがすぐに疑わしいものになっていく。
それに、学習の監督を行っている浮遊している教師ロボットもだ。何を燃料にしてるんだ? 誰が作ったんだ?
(……考えても仕方がないことが多すぎる)
東京に出没している殺人ドローンたちに関しても疑問が多い。
機械は経年劣化で壊れるのだ。
定期的に整備しなければすぐに壊れてしまう。
だいたい日本という島国はいろいろと産出する資源の種類は多いがやはり量は少ない国だ。
殺人ドローンたちが整備を自前で用意しているとして、油はどうしている? 鉄は? レアメタルは? 輸入しているのか? 殺人機械たちが?
スキルというものを前提に考えればそれらもなんとか説明はつけられるのかもしれないが、それにしたって――「決まりましタカ?」
思考が中断された。
――私は今、学舎内に設置された購買にいた。
私は「はい。決まりました」と購買の店主である浮遊する機械店主に向かって頭を下げた。
「この『学習時成長上昇Ⅰ』をください」
それはⅡ、Ⅲといった具合に複数あるスキルで、説明には学習時の獲得経験値を10%増加します、と書かれている。
意味がわからないが、凡才の私にとってこれはきっと必要なものなんだろう。たぶん。おそらく。
九ヶ月に渡って溜め込んできたアマチカを浮遊機械に支払った。
店主にスマホを渡せばスキルがインストールされて返ってくる。
(これで何もなかったら……悲しいな)
錬金術というスキルがあるから信じたが、このスキル、元の世界であったらサプリメントや水素水並に信用度の低い代物だろう。
こんなものに全財産つぎ込んでよかったのか悩む所だが……とそこまで考えて私は、しまった、と思った。
(このスキル、まるっきりサプリや水素水と同じだぞ)
私は私の何が成長したのか判断する基準を持っていない。
何もなくともそれだけ成長したのか、このスキルがあったからそれだけ成長したのか私にはわからないのだ。
……いや、だが……ううむ……。
もう買ってしまった。いや、錬金術というスキルがあるし、このスマホだってオーパーツだ。だからこのスマホスキルとやらにも効果があるのだと信じたいが、いざ買ってみたらそれが健康サプリ並の信用度では……。
まだⅡとⅢがあるし、数年掛けて揃えるつもりだったのに。
稼ぐことに必死で、だけれど買ってから気づくとは、やはり私は前世から変わっていない。
愚かな凡人のままなのだ。
――それでもきっと私は、ⅡとⅢも揃えるのだろう。
「まだ何か買いまスカ?」
「はい。いいえ、ありがとうございました」
悩みながらも私は購買の店主であるところの機械店主に向かって頭を下げ、購買を後にするのだった。
◇◆◇◆◇
「はい。ユーリ、あーん」
「自分で食べられるよ。アガット村のキリル」
「い、いいじゃない。この前のお礼よ」
「まったく、君はそう言って昨日も一昨日もそういうことをしてきただろう」
神殿での用事も終わり、中庭の噴水傍のベンチで食事を取れば、キリル少女が私の食事の邪魔をしてきてしょうがない。
まるで恋人にするようにキリル少女が私の世話を焼こうとしてくる。
可愛らしい少女にそういうことをされるのは嬉しくもあるが、私はこのキリルという少女に恋愛的な感情を持っていなかった。
(マセガキめ……まったく)
それにこうも付きまとわれると動きにくい。
神殿での
わざわざ私と同じ速度でテストを終わらせて。
小僧どもは可愛らしいキリル少女がちょこちょこと動く姿を微笑ましく思っているが、私にとっては神殿の内情を探ったりゴミから錬金を行う際に今まで以上に注意しなくてはならなくなって困っている。
迷惑だと突き放してもいいが……いや、恨まれるとめんどくさいな。
(仕方ない。飽きるまでは付き合ってやるか)
子供の恋愛感情などそう長くは続くまい。それにスキルを手に入れるところまで来たのだ。少しは生徒間の交流に力を入れてもいいだろう。
そういう意味では顔が良く成績も良く友達も多いキリル少女と交流を深めるのは理にかなっている。
(合宿みたいなのがあったときにボッチだと辛いからな……友人は作っておくべきだな)
「はい、ユーリ。あーん」
「はいはい。わかったよアガット村のキリル」
「そのアガット村ってつけるのやめない?」
「はいはい。わかったよアガット村のキリル」
む~、とふくれっ面をするキリルの頬を指でつんつんとつついて空気を抜き「ほら、キリル。早く食べさせてくれ。あんまり時間が経つと次の学習の時間になってしまう」と急かしてみる。
ぱぁっと顔を明るくしたキリルが私の口にパンをねじ込んでくるので慌てて咀嚼し、私はまぁいいかと思うことにした。
九ヶ月だ。
全力でここまで来た。毎日毎日全力だった。
勉強も奉仕活動も運動も何もかも全力でやってきた。
そしてようやくスキルを手に入れられた、効果の程は不明だが、達成したというモチベーションは私の精神を高揚させ、他の生徒との差を広げるだろう。
だから、習慣として学習は続けるが少しぐらいは休んでいいのかもしれない。
(二人分の人生だからな。私のできる全力でやってきた……だからほんの少し、そう、ほんの少し……――)
――と考えるのが私たち
口にねじ込み続けるキリル少女の腕をぐっと掴んで押し込むのをやめさせながら私はパンを咀嚼し、水を飲む。
「はぁ……はぁ……はぁ」
「いたいいたい。ちょっと離してよもう!!」
「加減し、加減しろッ。窒息するところだっただろう」
「窒息? なにそれ?」
ゆっくり頼むよ、と言いながら私はキリル少女の口にパンをねじ込んでやる。むがむがと私の手を叩いてくるキリル少女。
私は笑った。キリル少女の反応ではなく、自らの考えに笑った。
はは、ほんの少し休むだと? 私がか? まだ何も成していないのに? 休む? 馬鹿を言え。
やっと一位をとれた。やっとスキルを買えた。
奉仕活動で国の構造を知り、様々なレシピを手に入れ、キリル少女というそれなりの人脈を手に入れた。
――まだだ。まだ
二人分の人生だぞ。
ここで休めば魂が腐る。ここで休めば身体が腐る。ここで休めば精神が腐る。
休むわけにはいかない。他の生徒と差をつけたのだ。もっとだ。もっと差をつけて、引き離して、それでも追いつかれるかもしれないから走り続けなければならない。
上にいかなければならない。この世界の構造を知らなければならない。
――私はまだ、何も成し遂げていない。
私にパンをねじ込まれていたキリル少女がぐぅっと私の腕を押し返してきたので、硬いパンが歯に引っかからないようにゆっくりと引き抜いてやる。
「む、む、むがー!! 何するのよぅ!!」
「これを続けると窒息するので食べさせるときはゆっくりやろうな?」
「え、えぇ……むずかしいわね。あーんって」
そうだよ、なんでも最初は難しい。
だから硬いパンを口にねじ込むんじゃなくてな、と私は常に持っている鞄からパンを切るためのナイフを取り出した。
これもアマチカで買ったものだ。
興味深そうに私を見てくるキリル少女の前でパンを食べやすい大きさに切っていく。
そうして食堂でパンと一緒にもらったバターを薄く、広げて塗る。
「ほら、これなら食べやすいだろう?」
はい、あーん、とキリル少女に食べさせてやる。
もぐもぐと口を動かすキリル少女にこのままだと喉が乾くだろう、と水の入ったコップを渡してやる。
そう、キリル少女はマセているが小さな子どもでしかないのだ。
大人の私が優しくしてやるほかないだろう。
ただ、このキリル少女は私が行っている奉仕活動についてくるために知能学習をきっちりやり遂げている。
「君はすごいな。キリル」
「え? え? なに?」
「偉いな。頑張っている」
「う、うん? あ、ありがとう」
よしよしと頭を撫でてやる。
前世の私は結婚をしなかったが、娘がいたらきっとこんな感じだったのだろうか。
この世界で私は結婚ができるんだろうか?
キリル少女にパンを食べさせ、頭を撫でながら考える。
私に子供ができたとして、その子たちがスキル次第で農奴に落ちるとなったなら――。
(嫌だな。絶対に。絶対に嫌だな……)
やはり、全力で生き続けなければならない。
立ち止まるにしても、それはもっと後の話だ。
「って、わ、私が食べさせるの! ほら、そのナイフ貸してよ!!」
騒がしいキリル少女にナイフを手渡し、刃物の使い方を教えながら私は考える。
幸福な未来を得る方法を。
考え続けるのだ。
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