011 六歳 その8 副題 図書館で待っている少女がいる。彼女は君と話したことはないが君のことを気にかけている


「ねぇ」

 スキル学習を一位で終え、さて図書館へ向かおうと廊下を歩いていれば声を掛けられた。

 振り返る。私の視線の先には錬金術クラスの同輩、アガット村のキリル少女がいた。

 彼女は優秀だ。

 最初の学習で多少の減点をされたようだが、それ以降は学習したらしく、自分で考えながらぐんぐんと錬金術スキルを伸ばしている。

 ネジ製作なんかも頑張っているようで、こうして最速で錬金を終え、図書館に向かう私に追いつける程度には伸ばしているらしい。

(そもそも私は性能の高いものを作れるから一位なだけで製作速度自体はあまり変わらないからな……)

 大量の素材からネジを一気に作ることもできるが、SPの消費は変わらないので結局、出来上がる時間は変わらないんだよな。

 さて、私はキリル少女を正面から見て問いかける。

「何か?」

「ええっと」

 気まずそうに私を見て口をごにょごにょと曲げているキリル少女。なんだ? 何か用があるんだろう?

「早くしてくれ。私も暇ではないのだが」

 予定があるのだ。スキル学習で早抜けしたあとは図書館に行って勉強しなければならない。

 時間が有限である以上、二年次や三年次を考えれば先を考えて勉強しておく必要があった。

 アマチカを払って図書館に入る必要があるのでこうしてここで悠長に話せばそれだけ私の損になる。

 私が急かすからか、キリル少女がぐっと顔に力を入れて、ずんずんと私に近づいて口を開く。

「ゆ、ユーリ、アンタ、私にスキルのコツとか教えてくれない?」

(……は?)

 正気で言っているのかこいつは。

 私とキリル少女は同じ教室内でアマチカの取得を争う間柄だぞ。

 私には敵に塩を送る余裕がない。

 あと少しで目的のスキルを購入するためのアマチカが貯まるのだ。

 キリル少女の勤勉さを思えばコツを教えるなど言語道断に決まっていた。

 私が嫌そうな顔をしているのがわかったのだろう。キリル少女は「わ、わかったわよ」と言った。

「ほ、ほっぺにキスしてあげるから」

「話は済んだな。私はもう行くよ」

「待って待って待って!!」

 去ろうとすれば服を掴まれる。伸びるのが嫌だから立ち止まれば、キリル少女が「わ、わかったわよ」ともう一度言った。

「デートしてあげるから」

「話は済んだな。私はもう行くよ」

「待って待って待って!!」

 服を掴まれて私は立ち止まった。

 キスだのデートなんて言葉、どこで知ったんだこいつ。

 マセガキだなぁ。

 確かにキリル少女の顔は整っているし、知能学習で男子や女子に囲まれているところは知っている。

 神殿の小僧どもはともかく、同年代の友人が同じ部屋の人間しかいない私と違って、生粋の陽キャという感じの少女だ。

 とはいえ、私が上に行くためにこの少女と交流する必要を感じなかった。

「じゃ、じゃあどうすればいいのよ!!」

「どうもこうもコツなんて知らないよ私は。スキルは女神アマチカが与えてくれたものだ。私たち信徒があれこれと思い悩んだりするものじゃない。なぁ、アガット村のキリル、コツだのなんだのと言っている暇があるなら君は神殿に向かって祈った方がいい」

「え、ええ、だ、だって、じゃあなんでアンタと私の成績がこんなに違うのよ」

 それは私に三十歳のおじさ、じゃなくてお兄さんの魂が入っているからだよ、なんて正直には答えられない。

 私はそうだな、と考えてから。

「私は努力している。一位になって女神アマチカの役にたちたい。その心を女神アマチカが汲んでくれたんだろう」

「わ、私だって! 女神様のために頑張ってるわよ!!」

「そうだな。君は頑張っている」

 知能学習もスキル学習も頑張っている。そのうえで周囲ともきちんと交流している。六歳とは思えないぐらいに優秀な少女だ。きっと十二歳になったあとは上級の学舎に進めるだろう。

 凡人の私などきっとそのときには追い抜いているかもしれない。

 この少女は優秀だ。


 ――だから・・・教えられ・・・・ないのだ・・・・


「ね? だから、その私にも」

「すまない。私にはわからない」

「だから……わ、私も……」

 とうとうグスグスと泣き出してしまうキリル少女。

 まいったな、と私は頭を抱えたくなった。

 子供を泣かせてまで欲しい一位だが、だからといってこうして泣かれると私も泣きたくなる。

(どうしようか……)

 安易に慰めるのは危険だった。

 子供はさかしい。

 特に周囲に影響力を持つ少女ともなれば……。

 泣き止ませたかった。機嫌を直してほしかった。こんなところ他人に見られたら私がどうなるか……。

 だが幸いと言っていいのか私はクッキーを持っている。それを与えればどうなるだろう。

 キリル少女は機嫌を直すか? いいや、そんなことはない。

(内緒にしろ、と言っても告げ口されるだろう。彼女が一位になるには私を排除するのが一番手っ取り早い)

 クッキーの件を掘り進められると所有物のあたりの裁定が怪しくなる。これ単体では弱みとも言えないがあれこれと言いがかりをつけられれば最終的に失点にされるかもしれない。

 ならばアマチカで適当に甘味でも買ってあげようか?

 買ったあとを想像して私は内心で苦い顔を浮かべた。

(泣けば与えてもらえると勘違いするだろうな。そして私の所持アマチカが0になるまで強請ねだるだろう)

 ではご期待通りに何か教えるか?

(それもまた危険だ。私からとれるだけとっていくだろう)

 そうなれば才能の差で私は彼女の上に立てなくなる。将来を悲観している私にとってそれは絶対に許せないことだ。

 じゃあこのまま泣いているキリル少女を放っておくか?

(それはそれで明日からの評判が問題だ。キリル少女が私にいじめられたと言えばきっと罰点の対象にされるだろう。それに、他の生徒たちの間で悪い噂を流されると動きにくくなる)

 私の筋肉は十分に育っていない。今いじめのような状況になれば戦わずに勝利することなどできないだろう。


 ――さぁ、どうすればいい?


 これは私の失敗だろう。

 こんな状況にならないように立ち回るべきだった。もっと他人と交流をしておくべきだった。信頼を勝ち取るべきだった。

 だがもう事は起こってしまったのだ。

「…………」

「うぅ……な、なによぅ」

 仕方なく私は黙ってキリル少女を見ていることにした。

 そしてわかっているぞ、という顔をした。

 私が悪く考えすぎているのかも知れないが、彼女にそのつもり・・・・・がなくともそうするしかなかった。

「な、なんでそんな顔をするのよぅ」

 そして正直に言うのだ。

「アガット村のキリル、君に与えられるものを私は何も持っていないよ」

 見てくれ、と私は両手を広げてみせた。

「私は何も持っていない。ただ運に恵まれただけだ。君がきちんと努力を続けるなら、いずれ君が私を追い抜くときが来る」

 だから、と私は言葉を続ける。

「あまり私をいじめないでくれ。君に泣かれると弱いんだ私は」

 さぁ、と私はキリル少女の頬を流れる涙をアマチカで買ってあったハンカチで拭った。

 いい子だね、と兄が妹にするように頭を撫でてやる。筋トレの成果か私の方が身長はなんとか高い。

 なんだ、まるで子供だな。この娘は、いや、六歳だ。子供なのか……。


 ――優しくしてやるべきなんだろうな、本当は。


「ほら、涙は止まったか?」

「……あ、あぅ……」

 キリル少女め、顔が赤いな。よく泣いたからか。

 だが、そうだな。このまま放置すると恨まれるぞ。子供といえど女だ。あまく見てはいけない。

 私は優しく彼女の手を取った。

(仕方がないな。今日は図書館は諦めよう)

 キリル少女を放置したことで面倒になるほうが後々時間を取られてしまう。

「人があまり来ない場所を知っているんだ。さぁ、キリル。そこで少し休もう」

 彼女の手を取って移動しようとすれば少しの抵抗を感じた。抵抗するようにキリル少女は立ち止まっている。

 顔は赤い。浮かんでいる感情は困惑? いや、怒りか? それとも照れか? 不躾に過ぎたか?

 内心で舌打ちする。仕方なし、と私は鞄よりアマチカで買った角砂糖の入った瓶を取り出し、キリル少女に見せた。

 一個取り出して「さ、口を開けて。砂糖だよ」と彼女の口にそっと押しつければ、おずおずとキリル少女は口を開き、真っ白な角砂糖は小さな唇に押し込まれていく。

「あまいわ……」

「よかった。君だけに特別だよ」

「う、うん……」

「さ、こっちにきて。そこで話そう。私は君のことをよく知らないんだ。よければ君のことを教えてほしいな」

「うん……」

 私が手を握ってこっちだよ、と言えばゆっくりと、だが素直に足を動かしてくれるキリル少女。

(さて、なんとか慰めて敵対しないようにしなければな)

 六歳児の話だ。キリル少女の話はどうせ毒にも薬にもならないつまらないものになるだろう。

 だが、私から情報を吐き出すわけにはいかないし、どうせなら私も楽しく過ごしたい。

(ふむ、なるべく役に立つ情報を引き出してみようか)

 そうだな。つまらない話にしないように、私が努力するべきだろう。

 こっちだよ、とキリル少女をあやすように、私は彼女と連れ立って歩いていくのだった。


                ◇◆◇◆◇


 名前:角砂糖

 属性:植物 レア度:E

 説明:糖を立方体に固めたもの。甘い

 効果:使用することで味方ユニットのHPを1回復する


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