010 六歳 その7


「おい、こっちも掃除しておけよ」

「はい! ただいま!!」

 私は神殿の小僧に命令されて掃除用具片手に走り回る。

 祈りの時間を作って三ヶ月が経っていた。


                ◇◆◇◆◇


 知能学習を終えれば祈りの時間になる。といっても私が自分で決めた時間だ。自分で祈り、自分で周囲を掃除する。

 それは自分だけで完結させたただの作業だ。

 祈りで得られるのは信仰心などではない。

 体内のエネルギーの性質把握だ。そしてそれはスキルを使う上で重要な項目だ。祈るふりをしながら体内エネルギーの鍛錬を私は三ヶ月ぐらい暇をつぶすかのように行っていた。

 おかげで私は安定して『+2』のクオリティアイテムを生成できるようになった。

 だが目的はそんなことではないのだ。

 スキルの向上はあくまで副次的な要素でしかない。

 こうして祈っていたのは理由があって、三ヶ月かけて祈りを続けることで、私はようやくそれを達成できていた。

 最初のきっかけは些細なことだ。

 神殿に属する小僧の一人が神官様にゴミ捨てを命じられた。彼はゴミを捨てる途中、神殿の前で祈る私を見つけた。めんどくさがった彼は私に命じてゴミを捨てさせた。

 小僧にとってはそれだけのこと。

 だが私にとっては重大なことだった。

 それから毎日祈りの時間にどうでもいいことをいろんな小僧から命じられた。

 ゴミ捨て、神殿の壁の清掃、防水用のペンキ塗り……私が錬金術のスキルを持っていることを知られれば、今度はアイテム作りだ。素材アイテムを渡され、やれポーションを作れだのクッキーを作れだのと便利に扱われる。

 他の小僧までも自分の雑用を私に命じるようになった。

 祈る時間はなくなった。

 知能学習を終え、神殿の前に行けばにやにや笑った小僧どもが待っているようになった。

 ああ、と最初に彼らを見たとき、私は興奮を抑えきれなかった。


 ――計画通り・・・・だ。


 申し付けられる用事の多くはくだらないことだ。わざわざ私を使わずとも命じられているのは彼らなのだから彼らがやればいい用事ばかりだった。

 だが私は喜んだ。申し付けられたすべての用事を完璧に終わらせた。たくさんの用事をこなしてやった。ゴミ捨てだの掃除だの草刈りだの、全力でやり遂げた。

 ポーションだのクッキーだのも+1アイテムを作ってやった。全力で私は価値を示し続ける。

 豊臣秀吉は織田信長の草履取りから出世したんだっけか。いや、諸説あって地元の有力者だったと密偵だったとかそんな話が……いや、どうでもいいのだそこは。

 とにかく私は神殿という秘された組織の内側に入ることに成功した。

 従順でいること、有能でいること、それで私は小僧たちに便利な道具だと私を認識させることに成功した。

 あとは情報収集だ。この雑務をするだけで学舎でただ学ぶだけでは手に入らない情報が山程入ってくる。

 小僧たちは私に何一つ与えようとせず、便利に使い倒しているつもりでいるようだがそんなことはない。

 私はゴミ捨てを任されたのだぞ。

 神殿で出た生活ゴミをただ捨てに行くだけ? そんな馬鹿な話があるわけないだろう?

 ゴミとは、情報の塊だ。

 堆肥に使っているのか生ゴミの類はないし、当たり前だが重要書類なども入っていない。

 だが神殿間の回覧のようなものや、書き損じた重要度の低い書類だのなんだのがたまに入っている。

 さらに言えば私は錬金術のスキルを持っていた。

 ゴミの中には錬金術に使える素材が入っていることもあるのだ。

 最近ようやくわかったが、この世界に監視カメラの類はない。

 スマホがあるから監視カメラや盗聴器などの監視システムがあるのかとも思ったがそんなことはないのだ。

 スキルの使用を警戒していたのはそのせいだ。スキルを使えばなんらかの形でバレ、罰則が与えられるのかと私は恐れていた。

 だがそんなことはない。

 半年かけて調べた。私たち生徒が目立たないようにスキルを使えば神殿側には観測する手段がない。

 注意しなければならないのは他人の目だ。密告のみを注意すればいい。

 ただし、SP量には注意しなければならない。掃除の時間が終わればスキル学習だ。

 一位を安定してとるためにも学習開始のときにはSPが回復しているように努める必要はあった。


 ――だんだんとこの世界の組織体系もわかってきた。


 スマホで日報の書き損じに近い書類をパシャリと撮る。

 そして私は『紙』を錬金して、『セルロース』に変換した。セルロース。植物系アイテムの基幹素材。これは機械系アイテムのガラクタと一緒だ。

 ここまで分解するとこれ単体としての使い道は錬金術の素材以外になくなる。

 きちんとした化学知識があればまた別なのかとも思ったが、たぶんこのセルロースは、木を薬剤などで分解したものとは根本的に違う・・ものだ。

 錬金術で作り出した。植物繊維の形をした、植物属性の塊でしかない。

(属性……ゲームみたいでばからしい単語だが、そういうことらしい……)

 だからこれを化学処理で加工しても紙はできない。破壊されれば消滅する。そういうものに成り下がっている。


 ――深く考えると時折身体が震えることがある。


 クオリティの高い錬金術を使っているとそうなるときがある。ときおり、世界の触れてはならないものに触れている気配がある。

 見るな・・・触るな・・・理解するな・・・・・、そのようなものだ。

 いっそのことこの世界がゲームか何かであればいいとも思うが、そんなことはあり得ない。

 感覚が訴えてくる世界の感触とかそういうものではなく、なんというか、いや、いい。考えすぎるとよくないな。

 きちんとした裏付けが必要だ。

 私は今までのゴミ捨てで溜め込んでおいたセルロースを私物を纏めている鞄から取り出した。さて、反応はあるかな?

 セルロースを一個だけだと反応はなかったが、これだけ集めれば……おお、使える・・・、という感覚が返ってくる。よし、セルロースは一個だけだと特になんの素材にもならないが、数が揃えば使えるようだ。

 躊躇せず『錬金術』を使う。白紙の紙ができるかな、と思えば、素材が消え、エネルギーを消費した先には別のものが出来上がっていた。

 これは、ええと? ……あれだよな? あれができたのか?

 だが正確にアイテム名を知りたい。『錬金術』を励起状態にして触れる。ネジの真理を悟ったときと同じだ。錬金術はアイテムに干渉する能力だ。だから方向性を上手く操作すれば、それがなんなのか理解することはできる。

(ああ、やっぱりそうか。セルロース五個で『セロハンテープ』ができるのか)

 私もこうやって錬金術を使うまで錬金結果はわからない。レシピがないとほんと不便で、そのレシピすら生徒の身分ではろくに知ることはできない。

 作成先がわからなくとも成功するのはわかるが、何ができるかはわからないのだ(だから初回錬金は必ず+1ではなくニュートラルの+0のアイテムを作っている)。

 ええと、とアマチカで購入した手帳に鉛筆を使って判明したレシピを書いていく。

 このゴミ捨て、結構楽しい。

 焼却炉に入れて燃やす予定のゴミを私が自由に使えるのだ(許可はとってないが)。こっそりやっているがゴミが消えたところで証拠も残らない。

 手帳に書く新レシピもそれなりに貯まるしな。

 経緯が経緯なので発表できないが貯蓄している感覚が嬉しい。

(いつか使えたらいいが……)

 さて、と私は手早くいらないゴミを焼却炉に捨て、服や身体の表面の汚れを錬金術を失敗させることで消滅させる・・・・・と神殿へと戻っていく。

 肉体の汚れなんかは通常アイテムと認識することは難しいが、手慣れてくれば錬金術の効果範囲を変えることもできる。


 ――祈り様様である。


 さぁて、ゴミ捨てで基本的な情報の欠片を集め、総合した結果、この国の組織形態や私の将来像も薄っすらとわかってきた。

 神国アマチカ、東京を支配領域とする女神を奉じる宗教国家。

 それを支えるのは十二人の枢機卿、十二天座。

 子供の成人は十二歳から、十二歳未満の子供は物扱い。

 小僧どもは全員十二歳以上、成績優秀者を神殿が囲って育てている。

 こんなものだが、十分以上の成果だ。

(次は神官様に取り入る必要があるな……)

 いつまでも小僧たちの使いっぱしりでは先がない。

 レシピ手帳に目を落とす。神官様にこれを差し出せば……いや、ダメだな。ゴミを勝手に錬金したことがバレれば、というより規則を破って錬金したことが伝われば私の破滅につながる。

(小僧どもが私に錬金させる分には構わないみたいだが……)

 『神殿の小僧』はれっきとした身分だ。彼らにはいくらかの権限が与えられているらしい。

 それはたとえば危険度の少ないスキルを持つ生徒にスキルを使うのを許可する権利。

 短期の外出許可、外界探索許可、危険物取り扱い、物品の所持、聖印の所持の権利、高等教育を受ける権利。

 土地の保有や商売の許可なんかは与えられていないようだが、人間扱いされていない私からすれば垂涎の身分だ。

(絶対に神殿に所属したい)

 たぶん、この国では神官が公務員のような役割を果たしてるんだろう。

 公務員。いい響きだ。バブルでは馬鹿にされたそれもバブルが弾けたあとは安定した職の代名詞となった。

 公務員になりたい。そしてなるべくなら様々な部署に顔を出せるようなフットワークの軽さも欲しい。

 地図や歴史を知りたい。そしてできるならば外界の探索をしてみたい。

(望み過ぎかな……)

 神殿前に戻ってくれば小僧たちが集まって私を待っているところだった。

「おい! ユーリ、遅いぞ」

「すみません」

 年長の子どもたちが六歳児には重い袋を私に押し付けてくる。

「ふん、ほら、小麦粉とミルクと砂糖だ。アマチカで買ってきたぜ。クッキー作れよ」

 多いな。まとめて錬金することは可能だが、エネルギーを使うんだぞ。この後はスキル学習なんだが……まぁ、いいか。

 私は彼らが差し出してきた素材を受け取るとベンチの上に布を敷き、素材を並べて『錬金術』を使った。

 ちなみにクッキーのレシピは、私が錬金術を使えることを知ったこの小僧たちが勝手に調べてきたものだ。

 私の身体から多量のエネルギーが消費され、出来上がるのはクッキーの山。

「うぉー! すげー!!」

「食い放題だぜ! うひゃー!!」

「静かにしろ! 神官様に気づかれるだろうが」

 おお、と小僧たちが私を押しのけるようにしてクッキーに群がっていく。

 私は「では、私は次の学習がありますので」と頭を下げてその場を去ろうとすれば「おい」と小僧の一人が私に紙に包まれた何かを投げつけてくる。

「お駄賃だ。持ってけ。他の連中にはバレるなよ」

 中に入っているのはクッキーだった。今日はくれるのか。すごいな。

「みなさん、ありがとうございます」

 頭を下げれば、早く行け、と言われる。

 私は彼らに背を向け、スキル学習の教室へと向かいながら、ふふ、と内心のみで笑う。

(祈っておいてよかったな……)

 貴重な甘味だ。周囲にばれないようにこっそりいただこう。

 小僧たちを遣わしてくれた女神に感謝しながらな。


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