007 六歳 その5
私がこの崩壊した世界で生きることになって半年が経った。
知能学習、スキル学習、ともに一位を取れるまでに成長した。
手は抜かない。抜く意味がない。子供相手に大人気ないが私も必死なのだ。
(農場で暮らしたくない)
だから他人を蹴落としてでも上に行く。申し訳ないと思う暇すらない。
毎日を学び、鍛え、その繰り返しで過ごす。
怠ることはできない。休めば休んだだけ衰える。追い越される。常に鍛え続けなければいけない。
無能と見なされれば十二で農場に戻される。
上級の学舎への選定基準がわからない以上、手は抜けない。他人が無制限に甘いなどいうのは子供だけが許される妄想だ。
だから努力する。元の世界の記憶があるから、将来を考えてしまう。
先を考えれば考えるほど指が震えるのだ。
(未来を思うと恐怖を覚える)
今はまだ三十歳の私が通用する。
だがそれもせいぜいが十代前半までだろう。それからは積み上げてきたもので勝負しなければならない。
皆が生きているのだ。誰も彼もが先へと進む。立ち止まることはあっても、後退することなどない。
どんなにがんばっても凡才の私ではいずれ追いつかれるし、追い抜かれる。
――今は知能学習のテスト中だった。
テストは終わっている。見直しを行っている途中で不安が私の頭に紛れ込んでいた。
周囲に私の気分を気付かれないように、私は息を吐く。
(さて、今なら少し余裕がある……図書館で調べられることは多いが、次はコネだ)
農場以外ならどこでもいい、というほど切羽詰まってはいないがまずは選べるだけの選択肢が欲しかった。
だからコネだ。
今私がこの世界での私たち子供の今後について知っているのは、十二歳から農場とそれ以外に分けられるということだけ、実際にその先に何があるのかはわかっていない。
神殿組織に属するのか、別に政府があるのか、それとも民間企業があるのか。
わからないだらけで不安になる。
この世界の権力構造を知らねばならなかった。
目指す場所がわかれば努力の方向性もわかってくる。無駄な努力をしないで済む。
それに、少しだけ嫌な想像もあった。それを払拭したいのだ。
――私の位置がわからない。
私は、農奴なのだろうか?
農奴の子は農奴なのだろうか?
(調べよう。とりあえずこのあとは神殿だな)
権力に近い位置を観察してみたかった。
私はペンを机の上に置き、神官様に見えるように手を大きく挙げた。
知能学習ではいつでも記憶学習を止めて、テストを行っても良いことになっている。
だから私はこの教室で一番最初にテストを行っていた。
図書館に通っていた成果だ。配布された今回の教科書はすでに私の教育範囲を終えている。
もちろん知能学習は錬金術のスキル学習と違い、たくさんの生徒がいる。私と同じように最初からテストを受けている生徒らもいた。
彼らと私の回答に差はない。記憶問題を全問回答できる生徒はそれなりにいる。
だから、
今回の筆記問題は『女神様とスキルの関係について記述しなさい』という問題だった。
答えは簡単だった。聖書から引用すればいい。
女神アマチカは崩壊した世界を漂流していた我ら信徒が健やかに生きられるよう、道標となるべくスキルを与えてくださった、などということを聖書そのままにきっちりと一言一句違わず書けばいい。
ただ、そこまでは当然私以外もできる。私が書けているのだ。当然頭の良い子たちはできる。
ただし、ここ減点されないように重要なのが自分の意見は絶対に混ぜないということだ。
混ぜると失点だ。聖書の引用で合っているのだからそのまま書けばいい。
そしてそのうえで重要なのが。
――とにかく綺麗に字を書くことだ。
見栄えは重要だ。他と差をつけるならこの部分しかない。
だから私はこの半年、筋トレ後に毎日一時間字の練習をしたのだ。
スマホを使い、図書館で撮ってきた正しい文字を見ながら、紙もインクも高いので、コップに汲んできた水を使って、購買で購入した木板の上で文字を書いた。書き続けた。身体が文字を正確に覚えるまで何度でも。
正しい文字を正しく書く。六歳児の試験で一位をとるならこれでいい。
そもそもこのテストは記憶学習なのだから、試験の問題に
そこまでは求められていない、というより、私が一位をとれている以上、そこまで踏み込んではいけない、ということなんだろうな。
考えてみればこの国は宗教国家だ。
だから一位を取るのに必要なのは賢く生きることではなく愚直に生きることなんだろう。
――それでもそれ以上の評価を得るとするなら……。
あらゆる人間の想像の外を超えた回答。そしてその回答を押し通す権力や所持スキルのレア度が必要なんだろうな。
テスト用紙を提出し、私は無言で教室から外に出た。
知能学習の場合、試験の結果はあとで通達され、通貨であるアマチカもそのときにチャージされる。
その場で結果がわかるのは初日のように全員がその場に残っているときだけで、ついでに希望すれば間違えた問題について最低限の解説を受けることができる。
興味があって一度受けたことがあるがあんまりにも神官様が横柄だったので二度と受けたいと思うようなものではなかった。
(身分だろうか……。神官様は私たちのことを猿か何かだと思っている節がある)
ううむ、神殿に行って大丈夫だろうか……?
不安だが行くことにする。猿から珍獣ぐらいには……いや、せめて愛玩用の犬猫ぐらいには昇格したい。
リノリウムの通路を歩きながら私は小さく緊張の息を吐いた。
不敬罪がこの世界にはある。規則が書いてある手帳には神官様は生徒に対して好きに罰を受けさせることができる、と書いてある。
そこは仕方ない。受け入れよう。たぶん、私が思うよりずっとこの世界は理不尽なんだろうから。
(耐えなければな……)
一番良いのは庇護者を見つけることだ。誰も手を出せないバックを得ること。
あとは筋肉だな。体罰の類であっても筋肉があればとにかく耐えられる。首を斬られようとも筋肉があれば刃を止められる。
(無理かな? いや、鍛えればいけるはずだ)
ふふ、と私は少しだけ楽しくなってくる。
この世界は未知だが、こうして生きるために努力できるのは楽しいのだ。なぜだかわからないが。
さぁ、とにかく上を目指そう。
私はコネを作るために、祈りのための神殿に向かうのだった。
◇◆◇◆◇
神殿に向かう、と言っても私たち農奴の子はこの神殿に何かのイベントごと以外では入ることは許されていない。
だからあの学舎でも祈りの時間などは特にない。教典を与えられ、習慣としての信仰は与えられているが、私たちが本当の秘蹟に触れる機会はなかなかないのだ。
このユーリ少年が触れた秘蹟は、スキル付与だけか。もしかしたら生まれたときに洗礼ぐらいは受けたかもしれないが記憶にはない。
十字架だの数珠だのと言った祈りの道具も私は持っていない。聖書は渡されたが、だからといって正式な祈りの道具がないわけでもないだろうに。
私は苦笑しかけ、まさか、と自分が考えすぎではないかと疑った。
いや、まさかな。そんなことがあるわけが……。
(まさか人間扱いされていない、なんてことはないだろう?)
考えすぎだ。私は神殿から見える位置の地面に跪いた。
我々子どもたちは神殿に入ることを許されていない。だから地面でいい。
そもそも神官様に直接会いに言ったところで不敬だなんだと厳罰の対象になるだけだし、私には知り合いの見習い小僧の一人もいない。
だから神殿に向かって、図書館で調べた祈りのポーズで祈った。
――
さぁ、根比べだぞ。
一度始めたのなら途中でやめることは許されない。
――自由時間にできることはたくさんある。
身体を鍛えてもいい。本を読んでもいい。休んでもいいし、趣味の時間にあててもいい。
優秀な友人を作って派閥闘争をしてもいいし、他人の足をひっぱるための工作をしてもいい。
――だから、だから私はこうして祈るのだ。
そして習慣化する。
今日から知能学習で一位をとったあとは必ずこれを行う。
時間を無駄にしているかもしれない、という不安がまとわりつくが精神を強く持って続けるのだ。
金はない。名声もない。優れた才能もコネも何もかも。だから私に払えるものは私自身しかない。
(これは私自身を餌にした釣りだ)
まずは興味を持ってもらうことから始めるのだ。
仲間に入れてくれと言っても絶対に入れてもらえないだろうからな。
(明日はついでに掃除もするか)
小石でも散らばっているんだろう。
膝に当たる地面の感触は少しの痛みを伴っていた。
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