006 六歳 その4


 最初の授業の日から七日が経っていた。

 報告したレシピの報酬は未だ振り込まれてこない。まだ作ってないのだろうか? なんでもいいから早くしてほしいものだが。

(さて、こんなものか)

 作成した『ネジ+1』を100本提出し、教師ロボットに今日も50アマチカをチャージしてもらって私は教室を出た。

「さて、どうするかな……」

 錬金には慣れてきたので三時間ほどでネジの提出は終わった。ちなみに他の生徒は未だ50かそこらでひぃひぃ言っている。

 +1のネジを作ったことで私は錬金術の壁を抜けていた。身体に満ちるエネルギーの使い方に慣れたのだ。

(油断してると追い抜かれるから修練は必須だが)

 自らが全てを知ったと思うのは愚者の考えだ。石に躓かないように、私は己が凡人だと意識し続けなければならない。

 もう少し成長すれば30代のおじ……お兄さんの経験など下駄にならなくなるときがくる。


 ――所詮、私はどこまでいっても凡人だ。


 それはともかくとして、夕食までの残り三時間は自由時間だ。優秀者の特権と言っていいだろう。

 運動場で運動するもよし、図書館で勉強するもよし、アマチカを使って購買で買い物をしてもいいし、神殿で祈りを捧げてもいい。

 優秀者たちは各々好きに行動しているようだが、私はどうするかと言えば。

「私は今日も図書館かな……」

 決断は即座だ。

 いまだ知能学習で遅れをとっている身分だ。

 点数は上がったが記憶問題で知らない問題が出てきている。だから知能学習では一位にはなれていなかった。

 私にはこの世界の常識が足りていない。

(三時間もあれば本の一冊も読み切れるからな)

 児童書ならもう少し多い。

 もしくは本の中身を片っ端からスマホで撮ってもいい。

 私たちのような農奴の子供が貴重な本を借りることは禁じられているが、撮ることは問題がない。

 それはスマホは女神の思し召しだからだ。女神のスマホで本を撮るということは、女神が本を読むに等しいから、という解釈らしい。

 TPOを考える必要はあるが。

 問題はスマホの容量だが、本の二、三冊撮ったところで問題はない。ただ雑に撮ると文字が潰れるからな。しっかり撮るのに時間がかかる以上、やはりそんなに多くは撮れないだろう。

「いつもどおり気になった部分だけ撮っとくか……」

 さて、方針が決まったならば図書館に向かおう。

 近代的なコンクリートの建物の中を、私は歩いて移動していくのだった。


                ◇◆◇◆◇


 図書館の利用料には10アマチカが必要になる。

 自由時間もアマチカも優秀者にしか与えられないので、必然的にアマチカを持っているメンツだけが図書館には来れるわけなんだが。

(ふむ、無人だな……)

 訪れた図書館は今日も司書の神官様しかいない。他の優秀者は皆運動場にでも行っているのだろう。

 入り口のゲートにスマホを通し、アマチカを支払う。

 ……この辺りの仕組みはどうなっているんだろうか、技術はどの程度なんだこの国。

 農具でトラクターや耕運機の類を見たことはなかった。

 農奴が鍬だの鋤だのを使って耕していた。千歯扱きはあったがそれだって人力だ。

 服を見下ろす。縫い目の正確な服。だがこれはミシンによる縫製ではない。スキル・・・で作られた服だ。

 自分でスキルを使うようになってわかったが、スキル製の製品にはその人間独特のエネルギーがこびりついている。

 ただし目で見てわかる、というものではない。なんとなく・・・・・これはこうだろうなぁ、という気配のようなものだ。

「おっと、さっさと本を読むか」

 時間は有限だ。アマチカも支払っている。考え事はあとにしとこう。

 さて、今日は……そうだな。知能学習の範囲にしとくか。六歳児の試験範囲を勉強だ。

 適当に読んだことのない内容の本を手に取り、そういえば、と本棚を見回す。

(地図の類がなかったんだよな……)

 もっと上の学校に進めればあるのかもしれないが、歴史書もこの神国アマチカという国のものだけだ。

 歴史書では2000年以上続く大国という記述を見た。

 2000年だと、この程度の技術進行でか?

 信じられない。ホラを吹いている。

 だいたい技術の発展の仕方がいびつなのだ。この国は。

(そもそもだ。『ネジ+1』は私が初めて作った。私のような凡人がこの国で初めての製作者だった?)

 いや、あのアナウンスは世界で初めてと言っていた。世界で初めて。バカバカしい。

 そんなわけがないだろう。

 だが、ならばこの世界はそれこそ百年程度も経っていないのでは……?

(この世界はなんなんだ?)

 本を片手に、私は立ったまま考え込んでしまう。

 スキルにネジ、女神の存在、滅んだ東京に似た街。まるで私がいた世界の常識を穴だらけにして、そこに異物を詰め込んだような……――。

 まるでゲームみたいだとつぶやきかけ、いや、そうではないと私はユーリに詫びる。

 この身体はユーリ少年のものだ。この意識も、魂も、我々は二人で一人なのだ。

 そしてユーリ少年はこの世界を本物だと確信している。ならば私がその尊き考えを汚すような真似をしてはならなかった。

(一位を取り続け、自分が優秀であることを示し、もっと上級の教育機関に行く必要がある。この世界のことを解明する必要がある)


 ――だから一位にならねばならない。


 世界を知るにはもっと多くの情報にアクセスできる立場にならなければならない。

 私は手に持った本を握ったまま、図書館中央に並べられたテーブルへと歩いていき……そこで初めて図書館に私以外の人間がいることに気づいた。

 私と同じ年頃の、真っ白な髪をした可愛らしい少女が椅子に座り、本を読んでいる。

 ちらりと私を見た少女はぷい、と本に視線を戻した。

 へぇ、と嘆息のような声が私の口から自然と漏れる。本当に綺麗な少女だ。

(ただ、今は可愛くても歳をとれば別だよな……)

 人間は成長すると結構容姿が変わる。今がかわいいからといって将来もかわいいとは限らない。

 逆にそれほど容姿が優れてなくとも未来ではものすごく美人という子もいるのだ。

 人間の評価はそのときだけではない。努力しているものこそが美しい。

 ただ、ここにいるということは優秀者だろうから仲良くしておくべきかと考え、私は内心で首を横に振った。


 ――私はここに勉強に来たのだ。


 コミュニケーションが目的ならば図書館の外ですればいい。

(さて、今日も全力で学ぼう生きようか)

 私は手にとった本を開くと、一緒に持ってきた辞書を片手に(わからない単語とかあるからな)本を読み進めるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 食事をとって部屋に戻った私はスマホにタイマーを仕掛け、簡単な筋トレメニューをこなしていく。

 前世で筋肉を維持するためにやっていたメニューだ。クランチやサイドスクワットなど10種のトレーニングを30秒ずつ。

「何やってんだよ、ええっと、なんだっけ?」

 話しかけられ、腕立てプッシュアップの途中で動きを止めた。

 話しかけてきたのは同室の、ええと、誰だったか。精悍な表情をしたそれなりに体つきの良い少年だ。

 とりあえず私は先に自己紹介をしてやった。

「ユーリだよ、私は。ローレル村のユーリだ」

「あ、ああ、そうだったな。全然話してくれねーから知らなかったわ」

 そうだな。私はさっさと点呼のために並ぶし、この少年とは学習内容もスキルも違うので日中は一緒にいない。

「ええと、それで君は誰だ?」

「って、お前も忘れてたのかよ。俺はグレイル村のソーズだ」

「ああ、そうだったな」

 呼ばなければ名前など忘れる。顔は覚えていてもだ。

 一応、ベッドに申し訳程度の名札がついているが私はわざわざ彼のベッドになど近寄らない。

「で、ええと。何やってんだお前」

「筋トレだ」

「筋トレ? 筋トレって何?」

 トレーニングといっても私の奴は本当に軽いものだ。

 私はこの世界の真実を探るためにいずれフィールドワークをしたいと思っている。

 この国を拠点とし、外を探索するのだ。

 そのときに体力がなければ困る。そして身体ができてから鍛えようとしても面倒なので今から多少鍛えているのである。

 子供のときから鍛えると成長が止まるというがあれは迷信だからな。

 そしてそもそもの話、筋肉の有無は男としての自信につながる。

 社会経験を得るまで育てば理解できると思うが、世の中割と頭のおかしい奴が多い。

 なので理不尽に怒られたときなどに備えておくのは重要だ。

 そう、自分より筋力のない人間が凄もうとも全く怖くない。

 そして筋肉は威嚇にもなる。人間はヒョロガリの生意気な野郎をいじめようと思うかもしれない。だが筋肉もりもりのマッチョをいじめようとは思わないだろう。

 これから一位を常に取り続けるのだ。余計な厄介を封じるためにも筋肉は必要だった。

「筋肉がつきやすくなる運動のことだ。私は知能学習を受けているからな。戦闘グループと違って肉体学習の機会がない分、自主的に少しでもやっておきたいのだ」

「……へぇ、さすが知能学習二位は違うな」

 ソーズは床の上で腹筋からスクワットにトレーニングを切り替えた私を見ながら感心したように言った。

「んん、知能学習二位って……? 広まっているのか?」

 というか私は二位なのか。一位以外興味がないから調べてなかった。

「錬金術のスキルも一位なんだろ。有名だぜ。みんな噂してるよ」

「広まっているのか」

 そりゃそうだろう、とソーズは呆れた顔をして私に言う。

「だから声掛けてんだよ。一位の奴とお友達になっときゃ多少は将来に希望も見えるってもんだ」

「誰もが農場には戻りたくない、か」

「そら、そうさ。俺だって一生鍬を握るより、神殿で女神様のために働きたいからな」

 剣を振る真似をしたソーズは、それより、と私に向かって興味津々といった様子を見せてくる。

「錬金術って何するんだ? スキルのレア度は高くないって聞いたけどよ」

 少年らしい無邪気さに私は筋トレを止めた。それなりにやったからこんなものでいいだろう。

(運動よりも栄養面だな。可能ならプロテインとかが欲しい。だが、ううむ、無理だろう)

 肉体を強く育てるにはパンだのフルーツだのでは栄養が足りない。とにかくタンパク質だ。それは、たまにスープに浮いているクズ肉なんかよりもっと肉肉しい肉が必要なのだ。

 私は、私の成長のためにも継続的にタンパク質を摂取する必要がある。

 それはそれとして交流だ。私はソーズに向き直ると錬金術について教えてやることにする。

「鉄板に色のついた紐が生えた『壊れた機械ガラクタ』に対してスキルを使うんだよ。そうするとネジってアイテムができるんだ」

「へぇ、あ、壊れた機械ってもしかしてこんなのか?」

 ソーズがスマホの画面を私に見せてくる。映っていたのは確かに、私が毎日あの教師ロボットからもらっている、コードのつながった鉄屑だった。

「これ、俺たちが回収してるんだぜ。なんか警備? 偵察? そんな感じのロボットが学舎ここの地下の施設にいてさ。そいつら放っておくとヤバいらしいから壊して拾って回ってるわけ。でも残骸が錬金術で役に立つようになるなんてなぁ」

 楽しげなソーズの話に相槌を打ちながら私はなるほど、と戦闘グループがやっていることを少しだけ理解する。

(地下施設ってことは地下鉄か下水施設だよな? 跡地を利用してるのか?)

 ここが真に東京ならばそれがあることは不思議ではない。

「もうちょっと身体ができてきたらもっと奥を探索するんだってよ。ちょっと怖いよなぁ、殺人機械っていうのがたくさんいるらしいぜ?」

「それは……物騒だな……」

 だろぉ、と俺は特別だぜ、みたいな空気を出すソーズ。

 自分は死なないという自信に満ちた彼はまさしく戦闘班に相応しい人材だ。

(だが、殺人機械か……)

 私が思うより、ずっとこの世界は危険なのかもしれなかった。


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