005 女神の憂鬱
その部屋には十二人の人間がいた。
誰もが豪奢な衣服を着ている。金糸と赤糸を惜しむことなく使った純白の僧衣だ。
「それで報告にあった件だが……」
「学舎のだなぁ。『ネジ+1』に『機動鎧』のレシピだったかぁ、おいおい、錬金担当は誰だっけか?」
「私だ」
挑発的な、
床にまで流れる青い髪は権能によって女神から授けられた美少年の
「『
「左様」
「左様じゃねーよボケ!! てめぇ、何年錬金やってんだァ?」
ふふ、と宝瓶宮と呼ばれた美女は怒鳴り声を上げた青年をからかうような口調で「そう無茶を言うな。
「我が国が建国してより女神アマチカが欲するアイテムは農業に集中していた。君は私が女神から指示を受けているアイテムのジャンルを知っているか? 機属性アイテムなど建物や農具の材料たる『ネジ』や『銅板』ぐらいのものであって――「黙れ黙れ黙れ! 小難しい話で煙に巻こうと思っても無駄なんだよ!! いいか! 俺が言ってるのは」
激昂する獅子宮の青年がハッとした表情で、だが舌打ちしながら言葉の矛を収める。
天秤宮と呼ばれた老人が口を開く。
「それで宝瓶宮よ、サボっていたわけではないのだな?」
「それは当然、というより+1アイテムを最初の錬金で作成するということがあり得ないといいますか」
「だからそのあり得ないことが起きてんじゃねーかよ」
獅子宮、という静かな、だが圧力のある天秤宮の声に青年が口を尖らせた。
「だってよぉ、新レシピが機動鎧ってことは装備アイテムだろうが。それがありゃ俺らはあの戦車野郎にもビビることなくよぉ」
「気持ちはわかりますけどねぇ獅子宮。とりあえず宝瓶宮の反論を黙って聞いたらどうですか?」
「ちッ、
とにかく、と天秤宮の老人が言葉を続けた。
「宝瓶宮は機械系アイテムの進捗を報告せよ」
「了解した。っと言っても初期アイテムぐらいだぞ機械系は、何しろ国の内政方針に合わせて資源を農業系技術に集中していたからな。ええと……機械ツリーで一番進んでるのが『鉄板』だな。というかエンジンとはなんだ? セロハンテープとは? レシピは? 材料は? どう作ればいい?」
「クソ無能が」
「『麦+1』を世界で初めて作った女だぞ私は。だいたい軍事担当がダンジョンでレシピを回収できないのが――」
「
ぴたりと獅子宮と宝瓶宮の言葉の応酬が止まる。天秤宮の老人は周囲を見回し、一人の少女に向けて問いかけた。
「
「はい、天秤宮。女神アマチカは『機動鎧』の生産をせよ、と仰っております」
「
処女宮の少女に宝瓶宮の美女は苦々しい顔で絞り出すように言う。
「宝瓶宮、女神アマチカは『やれ』と仰っております」
「いいか処女宮、機械ツリーは全く進んでないんだぞ。基幹アイテムは『ネジ』で止まっていて、『鋼鉄板』の生成条件である『鋼鉄』はいまだレシピ未発見、『コイル』と『セロハンテープ』に至ってはどのアイテムからの派生なのかもわからず、『エンジン』に至っては高レアアイテムということがわかるというだけの――「女神アマチカは『やれ』と仰っています」
「タ、
苦し紛れの宝瓶宮が言葉を向けた先は、どっしりと構えた格好の中年男性だ。だが男も首をゆっくりと横に振る。
「女神がそう仰っているのなら、そうしなければならないだろう」
「い、嫌だ……あと少しで葡萄畑の技術ツリーが、高品質ワインが……」
「あら、ワインなら帝国が欲しがるわよ。外交担当としてはそちらを進めてほしいのだけれど」
「あああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ」
崩れ落ちるようにテーブルに拳を叩きつけた宝瓶宮は「まただ! また私をこうやってこき使うんだ!!」と涙を流す。
「あ、あの機械系レシピなら帝国や王国が多少進んでいるはずでは? こちらの農業レシピと交換すればいいのでは?」
おずおずと、だが勇気を出して言った少女に金牛宮の男が「
宝瓶宮の美女もぐぬぬと悔しげな顔で「そうだ。それはダメなんだ白羊宮。我が神国アマチカの主要産業は農業。他国に食料を輸出することで武力の弱さを補っているんだ。その農業技術を外に出すわけにはいかない」と金牛宮の言葉を肯定する。
「え、ええとすみません。無知で」
「外交担当としては技術交換をするなら高品質ワインの開発を急いで欲しいわねぇ。帝国の貴族が欲しがってるのよ」
ふむ、と金牛宮は顎に手を当てた。
「では宝瓶宮は引き続き高品質ワインの開発を進めるように。とりあえず機械系技術は他国からレシピが手に入らないか探ってみよう。異議はあるか?」
異議なし、と全員が唱和する。
よし、と皆に向けていった金牛宮が「では、次に今回の高レアスキル持ちについてだが」と議題を変える。
十二天座と呼ばれる神国アマチカを支配する枢機卿たちの日常であった。
◇◆◇◆◇
名前:ネジ
属性:機械 レア度:F
説明:金属に螺旋状の溝を設けたもの。ネジネジしている
効果:使用することで味方ユニットの攻撃力を一時的に+1する
◇◆◇◆◇
「あ、宝瓶宮の忠誠度が下がってる」
パタパタと少女がベッドに寝転びながら
「宝瓶宮はあとでフォローして、でもうーん、予想外だったな。『ネジ』にも+1があったなんて」
彼女は
「ええっと、これからどうすればいいんだろ?」
首を傾げ、現在の神国アマチカの外交方針を確認する処女宮。
その言葉は先程と比べれば幼く聞こえる。その視線もまた不安げで、独り言も多かった。
処女宮はうーんうーんと唸ったあとに先程の会議のログをウィンドウに映す。
それは処女宮を除く十一人、十二天座と呼ばれる神国の重鎮たちの発言のまとめだ。
「ええっと、外交方針は他国からの技術交易、技術開発は農業中心、ええとええと……」
悩み、わからなくなる少女。
「ぐ、軍事方針は周囲の探索で、教育方針は宗教特化……う、うん。これでよし」
処女宮の発言には違和感が多い。この国の方針を決められるのは女神アマチカだけだ。
そういうことになっているはずだ。
だが、方針を決めているのはこの少女だった。
――それは真実彼女こそが
はぁ、とベッドに横になる処女宮。その視線はウィンドウに向いている。
ウィンドウに映っているのは
大地の多くは暗闇に包まれ、一部の地形が変わっているものの、それは間違いなく日本と呼ばれる島国の地図だ。
東京を傘下におさめている神国アマチカ。
そのすぐ傍には東北に向かって勢力を拡大している『王国』とそれとぶつかっている『北方諸国連合』。
また旧京都を中心として勢力を拡大しようとしてる『連合』とその隣で武力を蓄えている『帝国』が勢力図として映っている。
「はぁ、どうすればいいんだろう」
最初はどうだったかな、と少女は記憶を探る。
女神、
その正体は元の世界ではなんでもない高校生だった。
夜寝て目覚めたらこの崩壊した日本にいた。
混乱し、思わず廃墟に向けて走り出そうとした所で声を掛けられた。
そこにいたのはのっぺりとした影法師だ。影法師は『ナビゲーター』とだけ名乗った。
影法師は言う。
全員がよーいどんで一斉にスタートするからどういう国を作るのかと。
だから千花はよくわからないままに、自分が責任をとらなくていい合議制の国を選んだ。
宗教国家にしたのも特に理由はない。国民にガチャで付与できるスキルの種類が多いと聞いたから選んだだけだ。
自分がどうしてこんなことをしているのかは未だに理解していない。
理解する必要もないと思っている。
千花は何を果たせばいいのかもわかっていないのだ。
「エンジンってその辺の車から拾ってこれないのかなぁ……」
ああ、でもと千花はマップの神国領域を見ながら「殺人ドローンがいるもんね。大きな音とか出せないか」と呟いた。
この国の軍事力が低くとも他国が攻め込んでこない理由がそれだ。
神国の領有する領域が少ない理由がそれだ。
崩壊した東京では殺人ドローンや
通常時の彼らに集団を形成して攻め込む知能がないから神国は未だ形を保っていられるのだ。
千花は大きく、憂鬱そうに溜息をつく。
――ここに連れてこられてからそろそろ
自分はどうなっているんだろう、と千花はウィンドウのカメラ機能で自分を見る。
(なんて歳とらないんだろ……他の人もそうなんだよね……)
帝国の女王や王国の国王、北方諸国連合の国主たち。
彼らもまた……千花と同じ立場だ。
連れてこられ、国を与えられた。
自分たちはこの滅んだ日本、それをどうにかしなければならないのだろうか。
殺人兵器たちを全て駆逐すればいいのか。
モンスターを全て殲滅すればいいのか。
ダンジョンを全て踏破すればいいのか。
(それとも……)
他国を全て蹂躙しつくせばいいのか。
――このゲームみたいな世界のクリア条件は公開されていない。
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