004 六歳 その3
午後の学習、『スキル学習』で通されたのはどこにでもあるようなコンクリート製の壁の部屋だ。
クーラーがないので夏場暑そうだが、大丈夫なんだろうか……。
机と椅子が綺麗に整列しているので手前に陣取る。どうせこの世界の学習で黒板は使われない。チョークの粉だの警戒するよりは聞き取りやすく目立ちやすい前の席がいいだろう。
「ピピピピピピピ……『錬金術』教師のTR-301デス」
私の他に生徒は四人。同年代のようだ。女子三人男子一人、見たことのない連中、恐らくは他の農場出身者。
(それで、教師がロボットぉ?)
ドラム缶に触手みたいな大量の
錬金術のスキル教師は、この人? らしい。
農場でこういったロボットを見たことはなかった。農奴の管理をしていた監督官は人間だった。
「アナタタチはこの『ガラクタ』を錬金して『ネジ』を取り出してくだサイ」
ガラクタ? 教師ロボットが教壇の上の壊れた機械を腕の一つで持ち上げて示してみせる。
「今日の『学習』は『ネジ』を100本提出して終了デス。――では
(……は?)
それだけか? 説明はなし? なぜネジを作るのかも? そもそもネジとは?
疑問はあったが声には出さない。不満も。ただ私は沈黙した。何か
黙っていれば教師ロボットは私たちの机に『ガラクタ』を積み上げていく。この破壊された機械の残骸を使えということだろうな。
静寂――否、あの、と女子の一人が手を上げていた。
「ドウしましたか?」
「説明とかはないんですか? 正直今のだけじゃ何をしていいか」
私と同じ貫頭衣を着ている少女だ。自信なさげに、だけれど迷いなく質問していた。
「錬金術のスキルを使ってクダサイ」
「いえ、ですからそのスキルの使い方をですね」
私を含めた全員が少女と教師に注目していた。
ピピ、と教師の単眼のレンズが回転する。少女を初めて認識したようにも見えた。
「アガット村出身キリル、減点5」
「え? いや、ちょ、せ、先生!!」
慌てた少女が抗弁しようとした、減点5。どういう――? いや、確か規則には――減点100で退学及び村への帰還というものが「アガット村出身キリル、減点10」「すみませんでした! な、なんでもないです!!」椅子に座るキリルという少女。
再び教室に沈黙が広がる。キリルという少女は顔を青ざめさせて「どうしようどうしよう」と呟いていた。
(なるほど……さすが宗教団体だな。反抗は許さない、か)
私は机に積み上げられたガラクタを手にとり、
なるほどロボット教師がキリル少女を減点するのも頷ける。
――
(私にはこれを『ネジ』にすることができる)
食堂でヨーグルトとフルーツ相手に思った確信と同じだ。錬金術の発動できる対象に触れれば私はそれが発動できると認識できる。
私は手に持った
身体から何かエネルギーのようなものが消費される。総量がわからないが……結構失われたな。
(こんなものか)
手の中で壊れた機械が『変換』され、代わりに出現したのは奇妙な色合いの巨大な『ネジ』だ。
見ていると不安になる色合いでありながらもそれはネジであり……んん、いや、ネジはネジだろ。私は一体何を。
このクソデカネジくんで一体何をするんだ? 巨大な何かでも作るのか?
だが私は疑問を捨て、机の上にネジを置く。そして次のガラクタを手に取り――錬金、錬金、錬金。
頬を汗が伝った。四回の生成で四本のネジを生成した。
あと一回使ったらたぶん頭の血管がはち切れて死ぬかも知れない。そんな気配がある。
「ふぅぅぅぅぅ」
体内のエネルギーを使いすぎたのだろう。心臓がドクドクと脈打っていた。ずきずきと頭が痛む。
これは生存に必要なエネルギーなのかもしれない。それでも続けなければならない。偉くならなければならない。
私は鼻で深く息を吐くと、口で深く息を吸う。繰り返す。心臓を落ちつかせるために、目を閉じる。
私が止まっている間に教師ロボットが生成したネジを回収し、私の机の上にガラクタを補充する。
私ができたからだろう、子供たちが慌ててガラクタを手にとり、ネジを生成していく音がする。できたできたと楽しげな声が耳に届く。
ああ、ロボット教師がキリル少女を減点するのも当然だ。
ガラクタを手にとってスキルを使えばいい程度のことを質問など馬鹿丸出しでは――
ブラック企業みたいな考え方はやめよう。他人に優しくなりたい。
思考をニュートラルに戻す。体内に思考を回せば私は自分の身体の中で減ったエネルギーが回復していくのを感じた。
100個か。今のを25回やるってことか。きついなぁ。
(というか何も言わなかったが50アマチカ貰えるのかこれ?)
一番早く終われば一位なのか? それとも質の良いネジを生成できたらか?
達成できなかったらおそらく減点なのは確かだが……。
ぐしぐしと泣きながらネジを生成しているキリル少女を含めた四人の子どもたちもエネルギーが尽きたのか、四、五本のネジを生成し、頭痛を堪えるように額に触れ、息を荒くしている。
む、ネジを五本生成できた生徒がいる。キリル少女ではない女子だ。
ふむ、どうやら個人が持つエネルギーの総量にも差があるようだ。
(キリル少女を可哀相と思っている場合ではないな。このままだと私が一位を取れるか怪しいぞ)
常識で考えて、このエネルギーが体力と同じなら総量の大きい子の方が回復量も多めであろう。
ならば私たちよりあの子の方が生成速度が早くなる。
よし、と内心のみで頷いた私は息を吸った。本気でやるぞ。息を吐く。
少しの休憩だった。それでもエネルギーが少し回復した気配があるのでガラクタを手にとって錬金術を使用する。
――エネルギーが減り、ネジができる。
落ち着いていた呼吸が荒くなる。息を吸い、吐きながら考える。
無駄なことをしている気がする。もっと効率よくできるのではないかと。これは『単純労働』だ。これを続ける未来は
(効率だ。効率がよくなればもっとたくさん作れる。もっと質がよく作れる)
とにかく一位を取りたい。負けたくない。農場に戻りたくない。
この身体は、この意識は、この魂は、ユーリ少年と私と、二人の人生だ。
二人分の人生だぞ。なんで、二人分の人生で地を這わなきゃいけない。
とにかく一本一本考え、試行錯誤しながら生成する。
十本も作れば、どの程度身体からエネルギーが減っていくのはわかった。ガラクタからネジを生成できる不思議現象がスキル『錬金術』の効果であることも納得できた。
だが私はその先を目指さなければならない。
この作業をとにかく効率良くしなければならない。
エネルギーの使用量を減らしながらもクオリティを落とさず、いや、可能ならクオリティを向上させ、そのうえで規定数を作るのだ。
(集中、集中集中集中だ)
もはやなりふり構っている場合ではなかった。できることは全てしなければならなかった。
綺麗に背筋を伸ばして座るのをやめ、椅子の上で座禅を組む。目を閉じた。
千切れた配線を垂らした金属部品を手に取りながら私は全身に感覚を巡らせる。錬金を使う前に全身のエネルギーの巡りを確認するのだ。
理解は重要だ。
自分が何をやっているのか。何を作るのか。何を為すのか。如何に生きるのか。
「ふぅぅぅぅぅぅ」
――そして私は生成するのだ。ネジを。
一瞬、
(
ネジ――否、あらゆる機械アイテムの基幹素材たる『ネジ』の
額を抑え、目を開く。周囲を見る。
周囲の子どもたちが私を見ていた。驚いたような、気味悪がるような、そんな顔だ。
いや、それはいい。次の錬金を、もう一度やれば、またあの感覚に……。
「あれ?」
眼の前に机の上にガラクタは載っていない。
代わりにロボット教師が眼の前にいた。
(うぉッ――え、何?)
「ローレル村出身ユーリ、100本達成。品質速度共に一位。50アマチカチャージしマス」
「あ、ありがとうございます」
スマホが通知で震えるが、さすがに今スマホを取り出して確認するわけにもいかない。
ああ、そうだ、と私は「先生。発言をよろしいですか?」とロボット教師に問いかけた。慌てる。さ、さっきのを忘れないうちに報告しなくては。
「ローレル村出身ユーリ、発言を許可しまス」
「ありがとうございます。先程新しいレシピを取得したんですけれど、どうすればよろしいでしょうか?」
ピピピピピピピ、とロボット教師が私の前で単眼をくるくるさせる。
「ローレル村出身ユーリ、レシピを口述してクダさい」
はい、と私は先程の内容を口にする。『鋼鉄板』×20、『ネジ』×300、『コイル』×5、『セロハンテープ』×10、『低出力エンジン』×1。『機動鎧』のレシピだ。
セロハンテープ……なんでセロハンテープ? やはりネジと同じなんだろうか。ネジでありながらネジではない
(この世界は一体……どういう……もしかして地球ではないのか?)
日本語の看板が転がっているのに? 窓から見えた崩壊した都庁や、捻じれたスカイツリーはならば一体……。
「ローレル村出身ユーリ、レシピの確認ガできたら報酬を付与シマス。アナタの本日の学習は終わリでス。お疲れ様デシタ」
「はい、ありがとうございました」
減ったエネルギーで少しふらつくものの、私は教室から出る。
しばらく歩き、教室から離れたことを確認する。周囲を見て誰もいないことを確認する。
ぐっと拳を握った。
――私は、この人生で初めて一位を取れたのだ。
(よし!!)
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