008 六歳 その6


「ユーリさ。毎日毎日神殿で何やってんだ? 知能学習の学年一位が怪しいことしてるって、俺たちにも噂が届いてるんだけど」

 ソーズとランザは同じ部屋の住人だ。二人ともがグレイル村という農場出身者で、それぞれ剣術と槍術のスキルを持っており、戦闘班に所属している。

 毎日『肉体学習』と『地下斥候撃破学習』を行っているやんちゃ小僧どもだ。。

 その日も夕食後の自由時間から二人と私は部屋で筋トレを行っていた。

 別に一緒にやろうと誘ったわけじゃない。

 知能学習一位がやっているんだからなにか意味があるんだろう、と二人が私と同じくやり始めたのだ。

 自重トレーニングであるところのプランクを三人でやりながらの会話は腹筋に力が入る。何か声を出そうとして、だが一分ほど続けているこれは辛い。二人ほど体力のない私は「神殿で、祈っているだけだよ」と簡潔に、早口で答えた。

「祈ってるぅ?」

「楽しいかそれ?」

「女神様に感謝してるんだよ」

 へー、と気のない言葉を返してくる二人に対して、辛くなってきた私は姿勢を解いて、コップに汲んでおいた水を飲み、アマチカで購入していた砕いた岩塩の粒を舐めた。

 多くの物品は購入するというより貸与レンタルの形になるのだが、食料品や嗜好品の類だけは学舎内のみの例外で所有権を得られる。

 ちなみにスマホに登録できるスキルとやらはまだ買えていない。

 簡単なスキルなら私の所持アマチカで買えるようだが、私の狙っているスキルは結構お高いものだったからだ。

「俺たちにも塩くれ塩」

「くれー」

 プランクをやめたソーズとランズが私に塩をたかってくる。一袋で300アマチカもするこれは結構高いんだぞ。と思いながらも私は二人に塩粒を少量渡した。

 ケチなばかりでは敵を作るだけだからだ。

 この小さな部屋、六人組の関係は私が知る限り、最低でもあと半年は続くのだ。高い塩粒なれどこれでこの二人が好意的になってくれるならありがたいことである。

「塩うめーなー」

「俺らも買いたいぜ。300アマチカだろ。すげーよなユーリは」

「努力してるからな」

 わかってるよ、とランザがニッと笑った。

「おめーはすげーよ。毎日毎日身体鍛えて勉強して、で、今度は祈ってんのか?」

「祈れば女神様が試験結果良くしてくれるとかか?」

 祈りのポーズをしながらからかってくるソーズに私は「いや」と首を横に振る。

「どちらかというと祈りはスキルの修練に近いかもしれない」

 思わず口を滑らせたが、この二人は私とは学習もスキルも分類が違う。争いあう相手ではない。

「スキルぅ? マジで?」

「え? なになにそれが一位の秘訣?」

「秘訣ってほどじゃないが、祈ることで私はほんの少しスキルのことを深く理解できるようになったよ」

 ベッドの二段目が軋んだ。上にいるのは、部屋長のサモンズ、内政班のナオマサだ。

 彼らは知能学習では競争する相手だ。私のライバルでもある。

 ベッドの二段目からこっそりと、だが鋭い目で私たちを見下ろしてくる彼らに私はにっこりと笑ってみせた。

(知能学習のコツは教えられないが、スキルならいいか……)

 変な部分で足を引っ張られても恐ろしい。

 この部屋内の権力は戦闘組の二人を籠絡している時点で私に分があるが、部屋長の権力はそれなりで、争えば双方に傷が残る。

 卒業までを平穏に過ごしたいならば、ほんの少しぐらい彼らに私の成果を流す必要があった。

「サモンズ、ナオマサ。そんな遠くだと聞き逃すぞ。そこで聞くぐらいならこっちに来るんだ」

 いいのか、とソーズとランザが私に問いかけてくるが私はいいよ、と頷いた。

「隠すようなことじゃない。スキルは女神様から我々に与えられた恩寵だ。それを私が独り占めすることで皆がわからないことの方が悲しいよ」


 ――嘘である・・・・


 単純に、私がこうして話したところで彼らはそれを広めはしないだろうという確信があるからだ。

 学習で貰えるこの施設の通貨アマチカは一位しか貰えない。

 そして彼らは私が塩だのタオルだのをアマチカで購入しているのを知っている。

 彼らもアマチカは欲しい。だがそれを手に入れることはできていない。

 だから知っても周囲には教えない。

 競争相手を自分で増やす馬鹿はいない。

 半年も一緒に暮らしていればわかるが、彼らも農場には戻りたがっていなかった。

 私は授業で接する神官様たちの目を思い出す。

 私たちは選別・・をされている。学習で成績が悪ければ減点を受ける。それが溜まれば農場へ戻される。

 卒業するまでに良い位置にいかなければならない。

 部屋長のサモンズがベッドから降りてくる。ナオマサも一緒だった。

「ユーリ、その、俺にも教えてくれるのか」

 部屋長サモンズに続いてナオマサが「お、俺も頼む」と言ってくる。

 二人に向けて私は笑顔を見せた。

「いいぞ。二人も四人も同じだからな。女神様の素晴らしさを皆がもっと理解してくれるなら私も嬉しい」

「……お前、ほんと女神様好きなんだな。神殿の掃除もしてるんだっけ?」

「神殿の周囲の掃除だよ。神殿に私は入れないからね。雑草抜いたり、小石を除くぐらいさ」

 もちろん掃除は許可をもらって自主的にやった。そして、掃除と言っても私のための掃除だ。

 祈るときに周囲が散らかってると気が散ってしょうがないからな。草は汚いし、小石は足に刺さるしで。

「そういや、ハイランはいいのか?」

 もう布団に入って寝ている少し抜けている少年の名を部屋長のサモンズが呟いた。

 ハイラン、初日に私が世話をし、そのあともちょくちょく世話を続けている、少し抜けている生徒だ。

 サモンズにああ、と頷いた私はハイランの寝ているベッドを見る。一段目の彼はベッドでぐっすりと眠っている。

「彼は、ハイランは特別・・だ」

 一応知能学習を受けているようだが、ハイランはそもそも学習を免除されている。

 スキル学習もしていない。だが彼は、そのまま進級できる。


 ――そういうスキルを持っている。


 私はハイラン自身に聞いたから知っている。

 ハイランのスキルは『ものひろい』だ。彼はスキル学習の時間に自分でもどこで拾ったのかわからないアイテムを神官様に提出しているらしい。

 学習というのもおかしな話だが、そういったスキルを持った生徒が集められている『学習』がある。

 そして彼らは十二歳になったら政府だか神殿だかがそのまま専用の施設に連れて行くらしい。

 っと、脱線したな。私は私の前に座る四人に言う。

「だから、ハイランはいいんだ。それで、ええととりあえず座禅をするか」

「ザゼン? なんだそりゃ」

 問いかけてくるソーズに私は彼らの前で足を組み、両手を膝の上に上向きに開いて、目を閉じてみた。

「この格好が一番わかりやすいから座禅を教えるが、スキルを理解するための基本は、目を閉じ、音も閉じ、感覚を閉じるんだよ。外界の情報を消すんだ。自分の内側だけに集中する。祈りも同じだ。真摯な心で女神様に向き合う。結果としてスキルの感覚がわかるようになる」

 一息に言えば全員が揃って首を傾げている。ええと、これでわからないか?

「あー、すまんユーリ。俺にはよくわからないな」

「まーまー、一位様のご指導だ。黙って受けてみようぜ」

 おう、そうだな、やるか、と全員が座禅のポーズを取った。

 一分ほど待ってやるが、全員がそのまま首を傾げてしまう。これでいいのか、と薄目で私を見てくるぐらいだ。

(そりゃそうだろうな……私も少し苦労した。それに私は追い詰められていたからな……)

 一位を取らなければと焦っていたり、将来を考えて胃を痛めた結果としての覚醒だ。

 ちなみにだが、私の体内エネルギー把握は進んでいる。

 いや、神殿の前で祈りのポーズをしてる時間が暇すぎたのだ。

 だから私はスキルを使う際に自身の内側で蠢くエネルギーの観察を、祈りのポーズをしながらずぅっと続けていた。

 結果として、祈りのポーズをする時間で、エネルギーの発生から消費までの流れを突き止めることできた。

 無駄になるかもしれない時間で無駄をなくしたのだ。

 おかげで最近の錬金術の学習では『ネジ+2』の作成にも成功し、得られた『ロケットエンジン』のレシピも提出できた。

 しかしこの半年近くで『銅板+1』や『鉄板+1』を作り、様々なレシピを提出し続けているが何ら報酬が降りてこないのはどういうことなんだろう。

 減点が怖くて結果を聞いていないが……。

 ああ、いいか。まずは同部屋の四人にエネルギーを理解させることから始めよう。

 周囲を観察して理解してきたが、このスキルを使う際のエネルギー。そうだなSPスキルポイントと名付けようか。

 ゲームみたいだが、わかりやすいのが一番だからな。

 そう、このSPを理解している生徒はいなかった。スキルの発動を彼らは神秘的で不思議な超常的な力を女神様が授けてくれた、ぐらいにしか捉えていないのだ。

 とはいえ教師の教え方があの程度ではな。もっと学年が進めば別かもしれないが、現状はなんとも稚拙にすぎる理解だ。

(もっとも、私も、私のような特殊な境遇がなければエネルギーの存在を理解できなかった……)

 周囲と私の違いはユーリ少年の身体に私が入っているという一点しかない。

 だからきっと、私が私の肉体ユーリ少年にとって異物なのだ。体内のエネルギーに気づくことができたのは、いや、ううむ……――いやこの考えは危険だ。ええと、そう、そうだ。とにかくエネルギーの把握を。

 私は四人の背中に手を当てていく。

 『錬金術』のスキルはアイテムに干渉してその構造を作り変える。その干渉する部分だけを使っている。

 許可なくスキルを使うな、という規則があるが、これだけならスキルの使用には当たらないので規則を破っていないことにできる。

 私は次々と四人のSPを励起させていく。

 四人が「わぁ熱い!」だの「おお!」だのと口々に呟いた。

「わかるか? 今君らが意識できてるそれがスキルを使う際のエネルギーだ。ああ、スキルは使うなよ。とにかくこのエネルギーをスキルを使うときに意識するんだよ。減ったり増えたりがわかるから総量を理解できるし、スキルを使うときは体内をどのようにエネルギーが流れていくのか理解できればスキルの深奥を理解できるようになる」

「ユーリは難しい言葉多いよな。深奥って何?」

「エネルギーってのがそもそもさー」

「言葉を作るなよなぁ」

「とにかくこれで一位がとれるのか」

「いや、別に一位がとれるとか言ってないぞ私は」

 えええ、と驚く生意気な子供たち。ぶーぶー言われるも、四人の顔は笑顔だった。

 教室内ですでに順位付けができているのかもしれない。一位の私にはわからないが、一位とそれ以下では待遇が違う。彼らも一位になりたいのだろう。

 それでも理解してくれたのが四人が私に礼を言ってくるので私は笑顔で頷いた。

(緊張したな……)

 少し難しいスキルの使い方をした。ちょっと間違えたら四人の身体に錬金術で干渉していたかもしれないからな……。

(錬金術が生きている物品に干渉をできるとは思わないが、このスキルも未だになんなのか理解できてないからなぁ)

 たぶん、スキルはこの世界に上書きされた新しい法則を操作する『変換器』か何かなんだろうと私は思っている。

 錬金術はそのなかでも、アイテムというか物質限定で存在を変質させる。そういうものだろうか。

 じゃあ、もっと極めるぜ、と指示せずとも座禅を続ける四人を見ながら私は窓の外を見た。

 街の明かりがないせいだろう。星々の光は明るく眩しい。

 この部屋も実のところ、暗い・・。電気はついていない。星明かりと、スマホの電灯だけで私たちは会話していた。

 ふと、窓の外に薄っすらと見える崩壊したビル、その隙間を小さななにかが飛んでるように見えた。

(あれが噂に聞く、殺人ドローンかな……)

 私はなんとも物騒な世の中になったものだ、とそのときはのんきに考えていた。

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