002 六歳 その1
(朝だ)
朝六時に目が覚める。私がこの時間に起きよう、と思ったのではなく肉体習慣での目覚めだった。
農村生まれのユーリくんの朝は早いのだ。
さて、起きてすぐすることは使った布団をきっちりと畳むこと。
掛け布団、毛布、シーツ、枕カバー、敷布団とベッドにきっちりと畳み、並べる。
そういう規則なのだ。この私と記憶を融合させたユーリの身体にも(ユーリ=私だ)生まれたころからの農場生活できっちりと刻まれている。
(まるでボーイスカウトみたいだな)
思っても口にしない。
「あれ? 畳み方農場と違うよな」
「早くしろよ! 点呼始まるぞ!!」
「待ってって、えーっと? シーツって何? うちの村、シーツなんかなかったぜ?」
「アホ! 手帳読め! お前らが遅いと部屋長の俺が怒られるんだよ!!」
「あばー」
記憶が統合されたときは深夜だったために、持ち物はろくに確認していない。
といっても大規模農場に所属する農民は物品の所持を聖教によって禁止されている。
今着ているこの貫頭衣みたいな衣服すら神殿からの貸与品なのである。
(っても、ここは国なのか? わからないな。私も含めてだが、こいつらは
寮に案内されたときに神殿の見習い小僧から受け取ったものを確認する。
この寮で暮らす上でのルールが書かれた小さな手帳だ(布団の畳み方も書いてある)。
そしてミニブックみたいな聖書と教典。
今着ているものを含めて二着の衣服。最初に来ていた衣服は返却した。ちなみに毎日洗濯に出す規則がある。
歯ブラシや食器などのいくつかの日用品。
――それとスマホ。
まぁスマホがあれば最低でも暇せずに生きていけるだろう。
いまだ布団をたたむのに四苦八苦している同居人たちを横目にスマホを起動する。
(まずはパスワードを設定しておくか……)
指紋認証を見つけたので設定する。
それと……入っているアプリはなんだ?
(駆除太郎というウィルス駆除ソフトと電卓とメモ帳に、カメラ機能、電話もあるな)
いくらか機能は少ないが基本的なことはできるようだ。
(それと基本言語は日本語ではないな。これは聖教語って奴だな)
文字の書きは微妙だが基本的な読み方はこの身体に入っている。六歳児で珍しいとも思えたが、教典を読むために覚えさせられていたようだ。毎日両親と一緒に言葉を覚えるユーリ少年の記憶が私にはある。
それとさすがにインターネットは崩壊しているようで外部と繋げられるようなものはない。残念。
お、財布機能はあるな。入ってる金額は0か。女神様とやらもご祝儀でちょっとした小遣いぐらいくれてもいいのに。
そんなことを思いながらスマホをいじっていれば部屋長の男子が私を睨んでいることに気づく。
どういう理屈でこの少年が部屋長に決まったかはわからないが、私よりきっと優秀なんだろう。
「おい」
「なにか?」
「なにか? って、いや、なにかじゃねーよ!! お前終わったんなら俺らを手伝えよ!! 布団畳めなかったら連帯責任だぞ! お前も神官様に大目玉喰らうんだぞ!!」
「ん? ああ、すまないね」
「すまないってなんだお前、言葉遣いがなんかおかしいぞ」
部屋長に困った顔をされ私は顎を撫で……ああ、そうだ。そうだった。私は六歳の男子なのだ。
私とユーリ少年はほぼ融合したようなものなのだが、私の意識が強すぎてユーリ少年としての自覚がなくなっていたようだった。
「まぁいいか。ほら、任せろ」
私は口調をできる限り崩し、ベッドを見回る。そして一番手間取っていると思われる鼻水を垂らした少年の布団に手をつけた。
「ほら、君はこれを」
「あいがとー」
鼻垂れ少年に枕カバーを綺麗に畳むよう任せて、敷布団だの掛け布団だのをさっさと畳んでいく。
「な、なんだよあいつ……あんな性格だったっけ?」
首を傾げる部屋長に向けて他の三人の男子が「へやちょー。おわったぜー」「こっちもだ」「こんなもんでいいでしょ」と声を掛ける。
私は鼻垂れ少年からぐしゃぐしゃの枕カバーを受け取ると綺麗に折りたたんで枕の上に置いた。
「部屋長、終わったぞ」
「あ、ああ。明日から言わなくても手伝えよ」
不気味そうに私を見る部屋長に私はこくりと頷くと私は鼻を垂らしている少年の手を引いて廊下へと向かっていく。
「点呼だったな。部屋長、先に並んでるぞ。ほら、君も」
「あいあいあー」
「え、あ、おい!」
そのようにして初日の朝は始まった。
◇◆◇◆◇
点呼を終えた私たちは、食堂へと行進するようにして集団で進んでいく。
盗難が怖いので私は日用品は全て貸与時に与えられたバッグに入れて持ち歩くことにした。周囲に私と同じように日用品を持ち歩いている子は……ああ、いるな。何人かは周囲を窺いながら日用品の入ったバッグを持っている。
(集団生活はそういうものだからな……)
物に溢れている前世でも他人の物を平気で盗む奴はいる。前世ならば買い直して終わりでもここではまた別だ。
スマホを取られたら生命に関わるし、衣服一つでも懲罰の対象になる。油断はできなかった。
さて、それはそれとして、食事の時間が決まっているらしく、寮生全員で食事を取るようだった。
(そういや年上の連中を見てないな)
この寮はわざわざ私たち用に用意された? いや、建物を作るのはめんどくさいからな。十二歳の学習生が卒業して空いたところに入れたのか?
んん、いや、年ごとに寮がスライドするのか。
設備の多くは六歳児用のものだ。施設の用具を移動するよりも人間を移動させた方がどう考えても楽だな。うん。
自分の疑問に自分で答えを得て満足する。
食事を受け取り、テーブルについた。見れば全てのテーブルを見渡せる位置に小僧を引き連れた神官様がいる。
神官様はおはようございます、と私たちを見ながら言うと「では、唱和を」と教典を手にしながら言った。
「女神アマチカに祈りを捧げます。我々は今日も糧がここにあることを喜びます。アマチカの慈しみこそ我ら信徒を支える活力です」
神官様に続き、私たちも教典を片手に同じ文言を唱和する。
『女神アマチカに祈りを捧げます。我々は今日も糧がここにあることを喜びます。アマチカの慈しみこそ我ら信徒を支える活力です』
さて、唱和が終われば神官様は去っていき、食事の時間だ。
朝食はパンとスープ、それとヨーグルトと謎の色合いの果物。
正直
ヨーグルトは……ううむ、砂糖ゼロのプレーンって感じだ。フルーツと一緒に食べてみる。このフルーツもあまり美味しくはない。酸っぱいばかりで甘くない。
甘党というわけではないが、それにしたってこうも極端な味はなぁ。
とはいえこんな食事でも農場よりはマシのようだった。
現に私の……つまり農場で過ごしてきたユーリ少年の肉体は喜んでいるし、ユーリ少年の記憶もまたここの食事が破格に良い食事だということを実感として私に伝えてくる。
なんのかんのと全て食べた私。しばらく待つと神官様がやってくる。再びの唱和だ。私たちは神官様に続いて食後の祈りを唱えた。
宗教施設らしい矯正だな、と素直に思う。習慣づけだ。こうして信仰心を養わせるのだろう。
――とはいえ、
スキル『錬金術』……か。
自分に奇妙な力が備わっているのは理解できている。それが条件を整えれば発動する確信もある。
(いや、そうだな。今
眼の前のヨーグルトとフルーツ。それに対してスキル『錬金術』を使える
だが施設内規則を思い出して自重した。
許可なきスキルの使用は罰則を受けるのだ。
(気になるし、いずれ許可をとれればいいが)
祈りを終え、子供たちは順番に昼食を受け取りながら食堂を出ていく。
私も列に並んで昼食の包みを受け取った。
これから『学習』だが部屋ごとではなく、グループごとでもなく個人ごとに行く場所が違う。
スマホのスケジュール帳アプリを開けば私の一週間の予定が午前・午後に分けて14コマ決められていた。
これに沿って動けというわけなんだろうが、一人一人予定が違うわけで、誰が考えたんだろう。神官様か? ご苦労なことである。
(とりあえず私の午前の予定は『知能学習』か……)
知能学習……? 知能を学習? どういう意味だ?
首を傾げつつも私は指定された場所に向かうのだった。
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