流星待ち 中
次の日も僕は散歩で公園に行った。海辺はまたあの集団がいるかもしれないから……というのが理由ではなく、また南さんに会いたかったからだ。
もちろんクラスメイトなので、日中も教室で会ったというか姿を見ることはした。しかしそこでの彼女は端の席で縮こまって、本を読んでいるかノートに何かを書いているかのどちらかだった。相変わらず誰とも話さない。受験生なので自分の席で黙々と参考書を解いている生徒は他にもいるが、南さんは彼らとは何か違っていた。
その「何か」が上手く言えない。南さんは、まるで「私はいない」とでも言うような雰囲気を醸し出していた。
昨日の、彼女の笑顔が焼き付いて離れない。
昼の空に星はいない。
あの輝きをもう一度見たい。
昨日と同じく、南さんは滑り台の上で膝を抱えていた。今日は曇りだからか、空は見上げず膝の間に顔を埋めてじっとしている。
「こんばんは」
僕が声を掛けると、今度は彼女も「こんばんは」と返してくれた。昨日は会釈だけだったから、進歩かもしれない。
「星、今日は見えないね」
僕がそう言うと、彼女は首を少し傾けて「そうだね」と笑った。薄い硝子のような、いつ壊れてしまうのかわからない危うさを秘めた表情。
「…………」
「…………」
沈黙が降りる。
遠くの方で車が走る音、風が木を揺らす音、どこかで野良猫が喧嘩する声。普段気にならない音がよく聞こえる。この距離では聞こえないはずの、波の音さえ聞こえる気がする。
僕は別にお喋りな方ではない。南さんはもう、言わずもがなだ。この2人が組み合わさって、わいわいと話が盛り上がる想像がつかない。
「……あのさ、」
僕が声を発すると、南さんの肩が小さく震えた。
「生まれた星を探してる、ってどういう意味?」
昨日の彼女の発言を思い出して質問する。
あの言葉を聞いてから、僕はずっとその意味を考えていた。それでも、わからなかった。問題集を解くより、きっとずっと難しい。だから、本人に聞く方が早いはずだ。
南さんは僕の顔をじっと見つめた後、目線だけ外して口を開き、何かを話そうとしてやめるのを3回ほど繰り返した。話すのを躊躇っているようにも、何を言おうか考えているようにも見て取れた。
またしばらく沈黙が続いた後、ようやく彼女は話し始めた。
「――私は、ここじゃないどこかの星で生まれたの。でも間違って流れ星に乗って、ここに来ちゃったんだ」
……って、言ったらどうする?
にやりと笑う彼女を見て、また視界に星が飛び散った。
彼女と同じクラスになって数ヶ月は経つけれど、昨日と今日というたった2日間で見たこともない彼女の表情をいくつも見てしまった。
次の日も、そのまた次の日も、公園で会ったあの日からずっと南さんは滑り台にいた。多分僕が散歩のコースを変更する前から来ていたのだろう。
「私が生まれた星は地球によく似てるんだ」
「あっちの星で見たことのある人を地球でも見かけてびっくりしちゃった。多分、パラレルワールドみたいになっているのかも」
「きっとあっちの星にも、もうひとりの清瀬くんがいると思うよ」
「地球での私の家族と、あっちの本当の家族は全く同じ見た目をしてるから、慣れるのに時間はかからなかったな」
「でもきっと、本当の家族は私がいなくなって心配してると思うなぁ…………」
南さんの話は、きっと嘘なんだろうと思う。いつも教室でノートに何か書いているから、もしかしたら小説か漫画を描いていて、その内容を話しているのかもしれない。
でも僕にとって、作り話かどうかなんてどうだっていい。
その話をする彼女の表情が、儚く、美しく、危うく、眩しかった。僕はもっと、彼女の話を聞きたかった。
昼の教室での彼女と、夜の公園での彼女は、まるで別人だった。狭い箱の片隅で息を潜めている昼。不思議な話を悪戯っぽく語る夜。どちらが本当の彼女なんだろう。
僕たちの夜の公園での交流は、夏休みに入っても続いていた。
南さんの生まれた星の話だけではなく、僕の志望校はどこだとか、得意教科とか、好きな音楽などなど他愛のない話ができるようになっていた。
その流れで知ったのだが、南さんは夏休み中に誕生日を迎えるらしい。
「え、そうなんだ」
「うん。ちょうど始業式の1週間前に」
ちょうど、僕が帰省していてこっちにいない日だった。
彼女は帰省などは特にしないらしい。
僕だけ残っていたら当日に祝えたのかな、なんて。まあ、きっと家族と一緒に過ごすんだろうけれど。
「……じゃあさぁ、」
今度、ここで早めの誕生日会、しない?
そう言おうとして僕は途中で口を閉じた。
自分では、南さんと仲良くなれたつもりでいたが本人からしたらどうなんだろう、と思ったからだ。
彼女の反応を見るのが怖くて、視線を外してしばし考える。
「どうしたの……?」
黙ってしまった僕のつむじを南さんの優しい声が撫でる。
「………………今度、誕生日会しない?」
「えっ!」
普段よりも少し明るいパッとした声が空気を震わせた。その声に釣られて顔を上げて彼女の顔を見る。きらきらと、目の中に宿った星が輝いていた。
「いいの?」
滑り台から身を乗り出し僕をじっと見つめてくる。胸がドキッと大きく鳴ったのは、彼女が落ちてしまわないかヒヤヒヤしたからか、それとも別の理由か。
「逆に、いいの? この公園でだし、ケーキはコンビニのだし、蚊はめちゃくちゃいるし」
あああ、そんなにベラベラと下げるようなことばっかり言うな、僕。せっかく彼女が乗り気っぽい感じになっているのに。
脳内で頭を抱えてしまった僕の暗い考えを吹き飛ばすかのように、彼女は首を傾げて目を細め、にっこりと笑った。
「清瀬くんがお祝いしてくれるんだったら、なんでも嬉しい」
——ドッ、
と、また大きく心臓が鳴った。
「約束、していい?」
南さんはその細い小指を差し出した。
僕は小指だけを立てその他の指は握り込み、彼女のそれと絡めた。てのひらに感じる湿った感触を、彼女に気取られていないかが不安だった。
僕は、どうやら南さんの新しい表情だけでなく、僕自身の新しい感情も見つけてしまったらしい。
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