第21話 妖狐とソウマ
「馬鹿な妖狐ですね、決まっているでしょう、ソウマ殿が阿呆だから理解してないのです。それに、巽殿も阿呆なので極力ばれないようにと演じてらっしゃったんです。いずれ暴かれることであるのに本当に阿呆です」
「八俣、どういうことだ」
「私からは言えません。そう命令がくだされておりますので。我らは巽殿が主であり、巽殿がどんなに阿呆でも主の命令は絶対です。ただ、我らのような存在がただの人間に従うわけはないでしょう。それくらいソウマ殿でも分かりそうなものですが、それすらわからない阿呆ですか?」
「阿呆、阿呆言わないで欲しいけど、巽、どういうことだ」
「残念ながら、僕も口止めされている立場なんだ。どうしても知りたければお祖母様に聞くんだね。それに、恐らくその妖狐を従えたら聞かなくても知りたいことはわかるようになると思うけど。それより、朴の儀はやるの? やらないなら仇なす恐れのあるものは滅しておくけど」
「やるに決まっているだろ!」
瞳を青く光らせて体から力を発し始めた巽に、ソウマは慌てて妖狐の目の前に立ち、ポケットからペーパーナイフを取り出して震える手で親指の腹を切った。
それを見た八俣は目を丸くする。
「ペーパーナイフ……、ソウマ殿らしいヘタレですね。いいんですか? 普通は朴の儀用の銀のナイフをつかうのでは?」
「いいんだよ別に。血を持って其のモノを縛り付けること、それだけのことだから道具とかはなんでもいいんだ、やり方もね。銀のナイフなんて後付だよ。儀式って感じがするだろ? 大体、人間がやる様々な儀式っていうのはその形にあまり意味は無いからね。人が勝手にこうしようってやっただけにすぎない。内容さえちゃんとしてればそれでいい。だからねソウマ、朴の祝勅を忘れちゃったんなら好きな言葉を使っていいよ」
「忘れた……、あの簡単な言葉をですか? まさか、あんな小さな傷の痛みで?」
八俣の言葉にソウマらしいと楽しげに笑って見つめる巽の目の前で、ほんの少しの傷に泣きそうになりながら巽の言葉にそうなのかと頷く。
血がじんわりとにじみ出てきている親指を妖狐に差し出した。
「俺は本当は酷く弱いし臆病だ。父上や姉上はそれを良いとしてくれないし、塵屑でも見るような目を向けるから、二人の前では決してそんな自分を見せたりしない。臆病なくせに見栄っ張りなんだ。君も呆れることがあるかも知れない、そんな俺で良ければ護り人になってはもらえないだろうか」
「我に選択権はあまりないがな、拒否すればそこの化け物に消滅させられてしまうだろうし。一つ聞く、我を哀れに思って申し出ているならやめておけ。そんな気持ちは何の得にもならぬし、お互いのためにならぬ」
じっとりとした視線で言ってくる妖狐にソウマは少し考えこんでから困ったように首を傾げる。
「そうだな、哀れに思っているわけじゃないとは言えないかな。でもそれは可哀想っていう正義感じゃない。俺自身を見ている感じかもしれない。なんていうかな、俺はずっと自分自身を見てもらったことはなくって、本当の俺じゃない誰かを皆が見ているんだ。そして本当は本物の自分をすごく見て欲しいって思っているくせに自分自身で隠してしまう。だから、俺は俺自身を哀れんでいるし、君に頼ればそんな自分が変わるかもしれないと他人任せにしようとしている。それでも良ければ」
「他人任せか、なかなかいい理由だ」
妖狐は嬉しげに微笑み頭を垂れてソウマのにじみ出ている血を舌で拭ってソウマの影の中へゆっくり消えていった。あまりのあっけなさにソウマは巽を見つめて首を傾げた。
「えっと、終わり?」
「見ればわかることでしょう。やっぱりソウマ殿の方が巽殿よりも限界突破で阿呆ですね」
「互いに納得して、主従関係を結ぶのが朴の儀の本質。ソウマが今やったのはそれでしょ、ならそれでいいんだよ」
「でも、姉上など加茂忠行を護り人にした時など壮絶な戦いがあったと」
「あぁ、ヒジリはね、仕方ないかな。ヒジリは他者を理解する力に欠けるから『互いに納得』なんて力でねじ伏せる方法以外には存在しないでしょ。だから長子でありながら当主候補から外れちゃうんだよ。さて、用事は終わったし帰ろうか。そろそろ婆娑も道真様の欲しい欲しい病に悩まされている頃だろうからね」
そう言って巽は道真公が張った結界を片手で全て祓い去り、中に向かっていく。八俣は呆然として動こうとしないソウマの傍に行き、「阿呆は置いていきますよ」と一言。
八俣の艶やかな微笑みにむっと機嫌を損ねてソウマは巽の後を走って追いかけた。
巽の予想通り、婆娑は道真公に迫られ、この場所にずっと居るが良いと鳥小屋まがいの囲いを結界で作っており、飯綱が駄目だと必死で止めようとしている。
巽は呆れるようにため息をついて道真公に近づき、結界で作られた檻を指で壊した。
「差し上げるとは言っていませんよ、道真様。あまりしつこくされれば今の貴方を滅することぐらい出来ますよ」
「むぅ、分かっておる。お主に逆らうほど馬鹿ではないわ。我とて、現世をもう暫く楽しみたいでの」
「そうですか、残念。では失礼します」
にこやかな笑顔を見せながら婆娑の背中に乗り、ソウマに手を伸ばしてソウマを乗せる。
「では、私はそのまま休暇を続けます。見返りは帰った時に」
「わかっているよ、ちゃんと用意しておくから。婆娑、本家の近くまでお願いね」
「了解した」
婆娑は大きく羽ばたき、上空へと向かい、八俣は不貞腐れている道真公に礼をして山に向かって跳ね、あっという間にその場を後にした。
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