第20話 力とは……
「俺だって、力があれば」
ソウマの呟きに巽は瞳を細くして口の端を少し持ち上げる。
「力があれば当主に、って? 分かってないなぁソウマは。乾の当主は力があるだけでは駄目なんだよ。だから当然僕は当主にはなれない。お祖母様も僕に当主を譲る気は全く無いだろうね」
「そんな嘘、信じると思うか!」
「……巽殿、ソウマ殿は巽殿以上に阿呆ですからどんなに直線的に言っても伝わりませんよ。それより、さっさとしましょう、あの野狐、喰らっても構わぬのでしょう?」
口が裂け、長い舌を出し入れしながらソウマを見つめる八俣に、仕方がないと巽は動くことができないソウマにゆっくり近づいていく。
巽が一歩近づけば、ソウマの背中から半透明の狐が何匹も顔を出し、苦しげに逃げ出していった。
そして、そのまま空中に出た途端に八俣の蛇の首が一匹残らず喰い尽くし、辺りには耳をふさぎたくなるような叫び声が響く。
「やっぱり野狐は不味い。基本的に、量より質をとるのだけれど、今日は質より量で我慢しておきます。なので見返り、期待しております」
「怖いなぁ、八俣は。まぁ、随分溜め込んでいるみたいだし、全部食べちゃっていいからね」
次から次へと叫びをあげて八俣に喰われていく野狐達の姿を動けぬ状態で横目に見ていたソウマは、小刻みに震えだし、絞りだすように「やめろ! 」と叫んだ。
ソウマの声を聞きながらも巽はソウマの体に手を触れて中にいる野狐を追い出す。
「やめろって言っているだろ!」
「どうして? 野狐は存在自体が危ないんですよ、知っているでしょ、っていうか体感しているでしょ。八俣は美食家だからあんまり野狐とか喰ってくれないんだよ。それが今日は喰ってくれるっていうんだから甘えればいい」
止める気配の無い巽に向かって、ソウマは動かない体に無理やり命令して体ごとぶつかり跳ね飛ばされた。
しかし、それにより距離をとったことで巽の力から少し逃れて巽を睨む。
「もういい、こいつらは俺の護り人にする」
突然のソウマの言葉に、巽だけではなく八俣も動きを止めて驚いた。
「いきなり何を言い出すとのかとびっくりしたけど。本当に何考えているの? もしかして同情したんじゃないだろうね。可哀想とかそういう理由ならやめておいた方がいい、こいつらは騙すことと裏切りが本性の連中だよ」
「だからといってこんな問答無用なのは、とてもじゃないけど耐えられない。こいつらは確かに仇なす存在かもしれない、でも、朴の儀を初められずに居た俺を励まし、力を貸してくれていたのは事実だ。何より、どんな連中であろうと朴の儀により調伏された者は主人を裏切ることはない。調伏してしまえば、本性は抑えこむことが出来るのだ、無駄に滅する必要はない」
「……巽殿、食欲が失せました。こんなことを言い出すとは、もう少し痛い目を見せたほうが良かったのではないですか? ソウマ殿は貴方よりも阿呆ではなく、限界のない阿呆のようです」
八俣が蛇の腕をしまい込み、呆れたように巽に言えば、巽もまた恐ろしいまでに威圧的だった気配を抑えて、少しの微笑みを見せながらも厳しい青く光る瞳をソウマに向ける。
「確かに、朴の儀を行えば彼らが勝手な行動をすることはなくなるだろうね、自我を縛るわけじゃないから文句は言うかもしれないけど。でもいいの? 朴の儀で決めた護り人は君自身が滅することで開放しない限り変更は出来ないし、その後の付き人を選ぶときも野狐では付き従うものも限られてくるだろ? 何より、ヒジリが許さないんじゃない?」
「別にそんなこと。俺は付き人を何人も付けて操れるほど力がないのは知っているし、付けるつもりは元からなかった。それにこの野狐たちの力も俺には過ぎたものだと思っている。姉上は、納得しないだろうけど儀をやってしまえば姉上が何を言おうとどうしようもない。という感じでやってしまえばいいような気もしない感じでもない……」
ソウマの歯切れの悪い最後の言葉を聞いて、巽は大きく笑い、先ほど八俣によって引き離された元神使の狐の入った筒を取り出した。
妙な反応を見せた巽の行動を首をかしげてみていたソウマに巽は、臍の少し上のあたりに筒の端を押し付けて反対側から更に押し筒を潰す。その瞬間、中に入っていた狐達がソウマの体へと移り、残っていた野狐達と混ざり合う。
暫くすれば、ソウマの体からゆっくりと霧のようなものが立ち上り、それは大きな白い狐になってソウマの近くに鎮座した。
「流石ソウマ。思った以上の答えだったよ」
「巽、これは一体どうなっている?」
「護り人にするのだろう? 護り人は一人一体、何十匹と居る野孤の集団をそのまま護り人にする訳にはいかない。面倒がないように一匹にまとめてあげたんだよ」
「お前はそんなことまで出来るのか。力が違いすぎるんだな、出鱈目な力だ」
ため息をつきながらも口の端に笑みを浮かべるソウマを上から見つめながら、一匹の白い狐になった野狐が「当たり前だ」と話し始める。
「奴は空狐ぞ、狐についてこれくらい出来て当然だ。狐に至らなくとも奴の力はばかみたいにでかい。人間のお主が敵う相手ではないわ」
「え? 何言っているんだ、巽は人間だろ? 空狐って三千年以上生きた狐のことじゃないか」
「何じゃこいつ、全然理解しておらんのか?」
首をかしげる妖狐に、食事を中断された八俣が人間の女性の姿に戻り、身だしなみを整えながら妖狐を睨みつけた。
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