第19話 叶わぬ願い
「我らとて、好きでこのようなことをしているわけではない」
「人は神に願いに来る、我らはそれらを神に届けるが、神は必ずそれを叶えるわけではない」
「人とは薄情である。叶わないとわかれば信仰は廃れる。廃れればその場所に在ることも忘れ、朽ちていても我らはそこにいるのに社を壊される」
勝手言う狐達に、巽はふぅと一息。
「ま、僕たちで言えば家を勝手に知らぬ間に壊されて帰る場所を無くすのも同じだからね。そういう狐を全て拾い上げることは宇迦之御魂には無理だ。運良く乾の者に見つかれば滅してもらえるが、貴方方は滅せられることを望まなかった」
「当然だ。人々の想いをあずかりながらそれを叶えることもできないで何が神使か。神使は力を持たぬゆえ、我らは力を求めた」
巽同様、彼らの言い分を聞いていた八俣も小さく息を吐く。
「それで野狐に加担した上に、力がないことを嘆いていたソウマ殿を標的にしたのですか」
「神が悪いのだ。人々があれほどまでに願っているというのにそれを叶える力を持ちながら使わず見守っていればいいなどと」
「人も悪いのだ。自分勝手に頼っておきながら自分都合で我らの存在を消し去ろうとする」
悔しげで悲しげに瞳を輝かせる狐達に向かって、巽は視線を八俣に送る。
八俣はそれをみてやれやれといった風に巽の後ろから素早く手を伸ばし、ソウマから出ている狐達に噛み付いた。その腕は三本に分かれ、輝く鱗が艶かしい紅い瞳を持った蛇となっている。
「総合的に言えば、君達の場合は完全に君達が悪い。人間が自分勝手なのはあの神に造られたのだから当然だし、神が自分勝手なのはあの人間たちが信仰しているんだから当然。そんな連中に至極真面目に付き合えば馬鹿を見るのは自分自身だよ。君達の場合は人の願いを神に伝えすぎたんだよ。基本神使というのは人間と神を取り持つものだけど、神の言葉を伝えるだけに徹してればいいんだ」
「だが、神は何もおっしゃらぬ!」
「当たり前でしょ、何でもかんでも教えていたら人間は努力しなくなるからね。願いを叶えるのも同じこと。神様っていうのはね、そこに居る『かも』しれない、ぐらいが丁度いいんだ。どうしても人のために何かしたいって言うなら、神様じゃなくって阿古町や小薄なんかの天狐に聞けばよかったんだよ。彼らのほうがよっぽど人に近くて、人を好いているからね。神様は万能、だからこそ何もしないし、自分勝手に好き放題するんだ」
巽の言葉に狐達が黙り込む。
ならば自分たちのしてきたことは一体何だったのかと落胆の中にある狐。
そんな狐を先程から押さえつけていた八俣が、喉をごくりと鳴らして巽に聞く。
「もう喰っちゃってもいいかしら? 神使なんて滅多に喰えない珍味、押さえつけておくだけなんてもう無理だわ」
「駄目だよ、八俣。彼らには後でちょっとした償いをしてもらわなきゃならないから、引き剥がしてここに入れてくれる?」
静止されたことに舌打ちをしながらも、ソウマの体から無理やり捕まえていた狐を引きずり出して、巽が持っていた美しい千代紙の筒に押し込んだ。
ソウマの中にいた狐の中でも理性のあった神使の狐が抜けたことで、野狐が好き勝手に暴れ始めてソウマの顔は苦痛にゆがむ。
「この男を助けたいと言っていたが、苦しんでいるぞ。貴様は馬鹿だな」
「なかなか見どころのある化け物ですね。確かに、巽殿は賢くないですから的を射ています」
「八俣、演じているだけかもしれないだろ? 僕は本当の正真正銘な馬鹿ではないよ」
「……まぁ、本人はたいていそう言います」
じっとりとした目で見つめてくる八俣にため息混じりに「それでいいか」と諦めた巽は、少し微笑みながら勝ち誇ったように胸を張るソウマを見つめた。
「助けるのはとっても簡単な事だけどね、ソウマにはちゃんと、こういうことをしでかしたらどう言うことになるかっていうのを、身を持って知っておいてもらわないと駄目だからさ。わざとそうしたの」
「か、簡単なことだと? どれだけの野狐がこの中にいると思っている。貴様ごときに」
「ほら、もうそれがすでに小者のセリフでしょ。僕はね、飯綱の言い方で現代的に言えば『チート』なんだ。僕の力はずるくて、卑怯で、不正行為。と言っても元々持っている力だから不正っていうのも違う感じがするけどね。よく物語で特別な力を持っている奴が何故か敗北して更なる力を求める的な展開ってあるけど、あれっておかしいでしょ? 特別な力を持っているなら負けるなんてことはありあえないわけだし、負けた時点でそれは特別な力でも何でもなかったってことじゃない。ただ、物語だからね、緩急がなくっちゃ面白くなくて意味が無いってのはわかる。見ている人はつまらないものね、完全な力を持っていて負けることもなく存在している主人公なんて」
にこやかに笑って会話している巽だったが、じわじわとその力を強めながら広げ、野狐は自分の周りにまとわりつく気持ち悪い存在に息が上がっていく。
そんな中、苦痛に顔を歪めていたソウマが表に出てきて野狐と共鳴するように怒りを巽に向けた。
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