第18話 野狐

 ソウマは目の前の、自分を拒むようにはられていた結界が小さくなり怪しい気配が自分に近づいてくるのを感じて口を閉じ静かになる。

 ゆっくりと歩いて自分に近づいてくる二つの人影を瞳に映し、その口は裂けるように目元に向かって引き上げられた。

「貴様が巽か?」

「そう、僕がご指名の巽だよ」

「……嘘をつくな。貴様人ではないだろう。その匂い、それは尾裂、空狐の匂いだ。化けて騙そうとしても無駄だ」

「封印を解いてもらったかいがあったかな。ちゃんと匂いを嗅ぎ分けてくれたね。でも残念、途中までは正解だけど別に化けているわけじゃない。僕は正真正銘の巽だ」

「ふん、貴様が何者でも良い。ここに何をしに来た?」

「白々しいなぁ、何ってわかっているでしょ。ソウマを連れ戻しに来たんだよ」

「連れ戻しに? ということはお前は父上に会ったということか。誰かは知らぬが、巽の姿をしている以上、父上に頼まれれば来ないわけには行かないものな」

「頼まれれば? よく知っているね」

 ソウマの一言に巽は怪しく微笑み、逆にソウマの顔色は暗く沈んだように巽を睨みつける。

 ソウマの様子に関係なく巽はゆっくりと自分の中の力を開放し始めた。後ろでは放出され始める力の一部を体中で受け止めながら喰っている八俣が恍惚な表情を浮かべている。

「まぁ、知っていても当然だよね。君が頼みに来たことだものね。確かにちょっとした連中、例えばソウマの家族なら騙されただろうね。細部までよく真似をしていたけどあれじゃ駄目だよ」

「なんだと?」

「お祖母様と僕を騙すには詰めが甘かったね。シンヤ伯父さんはね、家族や他の者の前では乾の為死んでもなんて言うけど、本当は誰よりも家族が一番なんだよ。どんな状況になろうとも決してソウマを殺せということは言わない。まぁ、その姿を知っているのは僕の家族とお祖母様位だから、ソウマの記憶から伯父さんを作り上げた君にはわからないだろう。実際そこまで真似できていたらすごいけどね。今頃、カスメ達が本物の伯父さんを救出している頃だと思うけど」

「……全てを知っていながら来たというのか」

「当然でしょ。僕はね、面倒が一番嫌いなんだ。ちゃんと裏付けがないまま動くと面倒でしょ」

「では俺がソウマで無いということも」

「ソウマではないことはないでしょう? 貴方は取り憑いているのでありその本体はソウマだ。貴方が全くソウマでないなら僕はここに来なかったよ」

「来なかっただと?」

「そう、僕はソウマを返してもらいに来ただけ。乾にとってソウマは大事な存在なんだよ、今返してくれるなら特別サービスしてあげる、野孤には勿体無いくらいのサービスをね」

 顔に現れているのは、これでもかというほどの微笑みであるのに、ソウマの体を乗っ取っている野狐は悪寒が走るほどの威圧感を覚え今にも体から弾き飛ばされそうだった。

 必死でしがみついていれば、乗っ取ったはずのソウマが野狐を押しのけるように表面に出てきて巽を睨みつける。

「乾にとって大事だと? よくもそんなことが言える! 乾にとって大事なのはお前じゃないか!」

「あらら、気圧されて狐の意識がひっこんじゃったか。まぁ、ソウマが狐に乗っ取られている事自体おかしいんだけど。実はわざと乗っ取られたでしょ?」

「そ、そんなことは」

「そんなに朴の儀が嫌だったの? 嫌なら嫌って言えばよかったのに」

「言えるわけがないだろう! 姉上は俺に晴明、または晴明級のを調伏してこいというのだぞ。そんなこと、出来るわけがない。俺は俺の力を十分知っている、知りたくないが知っているんだ。なのに、父上は次期当主はお前だと勝手に」

「そんな時に誘われちゃったわけだ。力を与えるとでも言われたの? 狐は騙してなんぼの奴らだって知っていたでしょ?」

「儀が終わるまでとの約束だ!」

「そんな約束守るわけ無いでしょ。君の中の狐は面倒な狐なんだよ。ただ単なる野狐であれば、君の意識を獲るなんてこと無理。君の中のあれは特別製でね、力もある代わりに性格も随分歪んでいる。関係しないのが身のためだよ、今なら君の力でもはじき出せるはずだ」

「お前の力で狐の力を抑えているからか? 力を持っている奴は余裕だな。そうだ、力がなくては何もできない、俺には力が要るんだ」

 力が要る、ソウマの一言に巽は眉間に皺を寄せた。

 ソウマの口元がゆっくり引き上げられる姿を見て巽の眼光はますます鋭く、体から立ち上る妖気は青く揺らめく。

「それが成り損ねの力か」

「『成り損ね』か、全く宇迦之御魂の教育は隅々まで行き届いているね。野孤の集団の中には神使も居るってことがよく分かる」

 ソウマの体から数匹の狐が生えているように現れ、怪しく輝く巽を見つめながら口々に語り始めた。

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