第17話 菅原之……
「そろそろ天神上空です」
婆娑の言葉に身を乗り出すようにして下を見た巽は口元を引き上げて微笑む。
「イヌタツ? 何笑ってんの?」
「見てごらん、飯綱。あそこ」
巽の指差す方を見てみれば何やら電気が走るように小さく何かが点滅していた。
「あれってソウマ? 何やってんだろ、あんな所で」
「締め出しくらっているんだよ。宇迦之御魂から遣いが行っているはずだから、乾の血の者が入れないように結界を張ったんだろうね。それにソウマがまんまと引っかかったんだ」
「イヌタツは大丈夫なのか?」
「僕はほら、乾の中でも特殊な異端児だから。さて、僕たちはソウマに見つからないように反対側に降りようか」
巽に言われた婆娑は反対方向に回りこむと低空飛行で近づき、ゆっくりと拝殿近くに降り立つ。すると、待っていたかのように牛が現れた。
「公がお待ちです。こちらへ」
言われるままに付いて行けば、梅の木がその花を咲かせ、当たりに爽やかな香りが漂う場所にでる。一際大きく美しい紅梅の近くに穏やかな顔をした一人の髭をたくわえた老人が立っていた。
「乾の、久しいの」
「相変わらず見事な梅ですね、道真様。今回は乾の者が無礼をして申し訳ございません」
「まぁの、乾にはお主が居るしの、宇迦之御魂大神からも聞いておったからそれほど心配はしておらなんだが。諦めの悪いやつで煩くての、せっかくの梅見が台無しじゃ」
「すみません。これからもう少しだけうるさくなるかもしれませんが、お気になさらないでください」
「それは構わぬ。しかし、乾の坊っちゃんにはちゃんと訂正はしておいておくれよ。大暴れして皆に迷惑かけたのは昔の話。恨む者も居なくなっちゃっているし、ちゃんと祀られて、慣れないなりに神様らしく大人しくしているのだ」
「分かっています。黒歴史を言うなということですよね」
「そういうこと。確かにね、雷とかで暴れまわったのは本当のことだけど、今更昔の話を出してきて調伏してやる! とか言われると恥ずかしくって」
ため息混じりに梅を見つめながら恥ずかしそうに言う道真公に、ちゃんと言って聞かせるからと巽は約束する。
「お詫びと言ってはなんですが、道真様が前々から見たいとおっしゃっていた婆娑を連れてきていますので、存分に堪能くださいませ」
「おぉ、それはそれは。お主の婆娑は手入れが行き届いておって、雅できらびやかじゃと聞いておっての。言葉に甘えて堪能させてもらおう」
道真は楽しげにその場を跳ねるようにして離れ、巽は自分の肩にちょこんと座り込んでいる飯綱に付いていくように言った。
「え~道真のお守りなんてやだよ、俺もそっちに行きたい」
ふてくされてしがみつき、挙句の果てに巽に取り憑こうとする飯綱を八俣が掴んで引き離す。
「飯綱、巽殿の言う通りになさい。貴方が居ては足手まといになりかねない。馬鹿で単細胞な貴方ですが、力はそのへんの阿呆に負けていません。ただでさえ、厄介なことをやろうとしているのに貴方が取り込まれるような事があれば面倒が増えるだけです」
「え、なにそれ、酷くない?」
「まだわからないのですか? 仕方ないですねぇ、わかりやすく言ってあげましょう。邪魔ですからひっこんでなさい、でないと喰ってしまいますよ」
大きく口を開いて獲物を見るように射てくる八俣に泣きべそをかきながら飯綱は巽に助けを求め、巽はやれやれと八俣から飯綱を助けだして抱きかかえ頭を撫でる。
「だから婆娑の所へって言ったんだよ。それに婆娑は人見知りだし、道真様はいっても神様、しかも人が神になった典型的な人だから誰かが見張ってないとろくな事にならないからね。人に親しい飯綱だから頼めるんだよ」
「わ、わかったよ、イヌタツがそこまで言うなら行ってやるよ」
「巽殿、甘いですね。阿呆がつけあがりますよ」
全く、と半分呆れるように言った八俣に巽は笑顔を見せつつ、肩をけって婆娑のところへ行く飯綱に「よろしくね」と手を振った。
「さて、それじゃ、行こうか」
飯綱が見えなくなると穏やかな笑顔をしまい込み、瞳を青く輝かせて巽は結界の外で騒ぐソウマの元へ歩き出す。その後ろには舌なめずりをして、瞳を赤く光らせる八俣。
二人の放つ異様な空気に神使の牛達は怯えるように物陰から眺め、婆娑の側に居た道真公は結界を小さくしてそれらを守るように二人を結界の外に出した。
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