第16話 狐と狼

 宇迦之御魂大神によって行われる宴は毎回夜中まで続き、ひどい時には朝方まで続く。そのため、巽は大神をスケープゴートに、こっそりと神域を後にした。

 神域の外には飯綱と八俣、それに鮮やかな翼と真っ赤な鶏冠を持った大きな鳥の姿をした婆娑。

「イヌタツ~、ちゃんと連れてきたよ」

 巽の肩にのって得意気にする飯綱とは対照的に、腕を組み、仁王立ちをしてご機嫌斜めの八俣が冷ややかな視線を浴びせてくる。

「なんとも賑やかでお楽しみのようですね。私は休暇を頂いていたはずですが」

「そんなに怒んないでよ。ちゃんと悪いと思っているし後で埋め合わせはするから」

「今回は高く付きますよ。年に一度の行事を台無しにされたのですから。しかし、母上様から封印を解いていただいたのですね。それなら私など必要ないのではないですか?」

「必要だよ。僕の力は人に対してひどく有害だからね、ちゃんと君に喰ってもらわないと」

「人に対して? てっきり妖かしか何かと対するのだと思っていましたが、人ですか?」

「ソウマなんだってさ。でもイヌタツは腰抜けだからソウマとはやりあわないって」

「なるほど、懸命な判断です。分かりました、後日の埋め合わせを壮大に期待して私もご一緒しましょう」

「……プレッシャーかけるなぁ。じゃ、婆娑、僕たちを連れて行ってくれるかな? 大神は宴でべろべろだからね」

 婆娑は巽達を背に乗せ、翼を大きく広げて羽ばたきあっという間に上空へと登っていく。口から青い火をこぼしつつ、巽にどこに行くのかと尋ねると、巽は「天神さんまで」と言った。

「ふん、挨拶ぐらいしていけばよいものを」

 婆娑の吐き出す青い火が西に向かって飛んで行くのを、酒を片手に見送りながら宇迦之御魂大神がつぶやけば、大神が白く酒臭いと息を吐き出しながら小さく笑う。

「乾は皆面倒臭いが、巽は面倒が嫌いじゃからな。まぁ、狐は皆そうじゃが、貴様は奴の頼みを聞くのを面倒臭がるくせに、隙あらば奴を取り込もうとする。巽も狐の類じゃからの、お主のそういう態度は面倒だと逃げるのじゃ」

「逃げる、のぉ。それもまた楽しみではあるが、挨拶ぐらいは良かろうて」

「で? 挨拶したら帰すのか?」

「まさか、帰すわけがなかろう」

「ほれみろ、巽にとって面倒極まりないではないか」

「ふん。奴を欲しいと思って居るのは我だけではないわ。あれを欲しいと思うものはごまんと居る。主だってそうであろう」

「我は違うぞ、欲しいとは思わぬ。奴と居れば退屈はせぬ故、共に居りたいとは思うがな」

 大神の言い分に少々面食らったようになりながらも「確かに」と宇迦之御魂大神は大きく笑った。


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