第15話 貴女の為は誰のため?
「私のはまだそれほど強い呪じゃないから、力の強い姉様が触れちゃ駄目」
「呪? これがこの者達を縛っているというのですか?」
「そうよ。私はまだまだ言葉の深層と真理がつかめてないからこれ位しか出来ないのだけど」
「これは一体何なのですか?」
「言霊を綴って、紙に力を送り込み言霊の力を放出するの。『檻』に閉じ込め『鎮』めて『眠』らせ暫く『封』じておく。とりあえずはこれで事足りるかなと思って」
「貴女、一体いつの間にこんなことを」
「あ! 私が考えたんじゃないからね。巽に教えてもらったんだ」
巽の名が出た途端、ヒジリは怪訝な表情を見せ、やれやれといった風にカスメを見下ろす。
「道理で、最近貴女の言葉使いが乱暴で乱雑だと思いました。それにあの巽に習うなどと。巽らしく姑息で卑怯な技ですこと。邪な血が混じった半端者、力の強さだけしかないような男に貴女は」
汚らわしいと言わんばかりの表情で吐き捨てるヒジリの姿に、カスメは逆に憐れみのような瞳を向けてため息をついた。
「だから、兄様も姉様もダメダメなのよ。もちろん父様もね。同じ血を持って生まれているはずだけど、私はどうも姉様や兄様の考えが好きになれなかった。姉様はよく、力の弱い私に落ちこぼれだの乾の面汚しだのと罵ってくれた。兄様だって庇ってくれるどころか一緒になって頷いていた。乾の本家の中に私の味方なんて一人も居なかったわ。本当に心底、憎らしくて大嫌いだった」
「それはカスメの為に!」
「本当に? そうじゃなかったでしょ?」
カスメは少し微笑みながら、祠へと入ってく鶴を追うように歩き出し、カスメの言葉に唖然としていたヒジリもカスメの話に引かれるように後を追う。
「姉様達が一番大事にしたのは乾家の血筋で、次期当主だけ。直系である血筋の者がみっともないほどに弱くては話にならない。なんていうアホらしいプライドでしょ。姉様は知らないでしょうけどね、罵られ過ぎて相手への怒りも通り越すと本当に自分が駄目なのだと自己嫌悪に陥るのよ。其れこそ、自分はこの世界に居てはいけないのだと思うくらいにね」
初めて語られるカスメの気持ちに戸惑いしか生まれてこないヒジリは、前をしゃっきりと歩いて行くカスメに付いていくのがやっと。何度もこの場で修行し、道には慣れているはずなのに足元がおぼつかない。
そんなヒジリの様子を背中に感じながら、前方に注意しつつ折り鶴に付いて行けば、ひどく肌が低温やけどをした時のようにひりひりとしてくる。
「姉様、考えるのは後にしてこれどうにかして欲しいんだけど。加茂ちゃんにやってもらってよ、さすがに私じゃ無理だもの」
にっこりと微笑んで前方を指差しいってくるカスメに従うように「わかった」と言い、ヒジリは瞳を閉じ、踵を一回鳴らした。すると、ヒジリの足元にある影がゆらりと動き、ゆっくりと形を成して一人の着物姿の男性が現れる。
「忠行、払って頂戴」
呼び出された忠行は少々不満気そうにため息を漏らしヒジリを見つめつつ、言われたとおりに目の前の不穏な空気を祓いとった。
「さすが、加茂ちゃん。ありがとうね」
「なんじゃ、カスメもおったのか。狐狸の結界などわけないことじゃ」
「だよねぇ、でも何ていうか妙な感じがしたのだけど、加茂ちゃんはどう思う?」
「確かにの。あれらは恐らく普通の狐狸ではないな、妙に神聖な空気もある……」
「やっぱりそうよね、かすかだけど。もしかして、混じってるのかしら?」
「カスメお主、力を上げたの。この微かな混じりを感じ取るとは以前のお主では考えられぬことよ」
嬉しげに忠行がカスメを褒めていると、突然、忠行の体が硬直し後ろから大きな声が響いた。
「終わったのならさっさと戻りなさい。カスメもその乱暴な喋り方、おやめなさい」
ヒジリが厳しい視線を向けながらそう言い、忠行は大きなため息をついてカスメに言う。
「せっかく現世に居るというのに、このおなご、面白さの欠片もないでの。窮屈でたまらぬ。カスメ、こやつから離れるにはどうすれば良いのじゃ」
「忠行! 離れるとは何事です。貴方は私の護り人なのですよ!」
忠行の言葉に眉間に皺を寄せ、感情的に言葉を吐き出すヒジリに向かってカスメは手を伸ばして静止し、忠行に笑顔を見せる。
「離れるのは無理。姉様が解き放てば別だけど、せっかく付けた護り人を手放す馬鹿は居ない。また探すのって面倒だし、年を経れば力が弱くなって調伏できるかどうかも怪しくなるし。それに、継ぐのではなく、解き放つってことは滅するってことで、現世にいられなくなっちゃうわよ。第一、姉様の頭の堅さは昔から、それこそ調伏された時から分かっていたことじゃない」
「しかし、人間であろう。ここまでつまらぬ戯け者が人間として生きておるなど誰が思うのじゃ」
「戯け者? 私の何処が戯けだと言うの!」
「全てじゃな」
「なっ! なんですって!」
「確かに我は護り人として調伏されたが、我は我。奴になったつもりはない。どちらかと言えば我が力によって護られておる身であるにも関わらず、そちは感謝の言葉も態度も見せたことは無し。挙句の果てに、日々の生活を楽しんでいる様子もなく、ただ修練だなんだと、いつでも気を引き締め緩むことがない。故に我に楽しみを与えることもせぬ。そちは誠に我にとっては相当な戯け者じゃ」
鼻息を一つ鳴らして嘲るように上から言ってくる忠行に、目を大きく見開いて興奮を露わにするヒジリ。二人の様子を呆れたように見つめていたカスメは二人の間に割って入った。
「この際だから、とことんまで話しあえば? 私は先に行っているから」
「カスメ、我らを置いて逃げるのか?」
「そう、逃げるの。面倒臭いの嫌いなんだもん。二言ほど言えば、姉様は一度乾のプライドを捨てたらいいんじゃない? 加茂ちゃんは姉様の性格をもっとよく知ることね」
けらけらと楽しげに笑ってカスメは、忠行が払った結界の向こうへと歩いて行く。
カスメの居なくなった空間で忠行はひたすら小言を言い、ヒジリはただ黙って怒りを内に溜め込んでいた。
「やっぱり、似た者同士って駄目なんだねぇ。私も護り人決める時は気をつけよう」
背後に二人の妙な緊張感を感じながらカスメが歩いて行けば、洞窟の突き当りでぐったりと倒れる人影を見つける。
呼びかけても反応しない人影に、用心しながら近付き、倒れこむその横顔を見た瞬間「あれ? 」と言ってカスメは急いで抱き起こして、未だ険悪な雰囲気を放っている二人を大声で呼んだ。
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