第14話 ヒジリとカスメ

 巽達が宇迦之御魂大神に捕まっている頃、本家ではサイの呼び出しを受け、ヒジリとカスメが庵にやってきて、一体何があるのかと二人は緊張する。

「姉様、お祖母様直々に私達を呼び出すなんて、何かあったのかしら?」

「馬鹿ね、あったからこういうことになっているのでしょう。お父様に悟られぬようなんて今まではなかったことじゃない」

 二人が口々に言い合っているとサイが現れ、二人は黙りこんだ。

 サイは二人の前に座ると、巽がおいて行った折り鶴を二人と自分の間に置き、鋭い眼光で二人を見つめる。

「あれほど、悟られぬようと申したはずですが」

 サイの言葉に二人は眉間に皺を寄せ、仰せの通りにしたと主張した。

 しかし、サイは庵の障子を開け放ち、二人に外を見せる。外には無数の白い影がうろつき、庵の中に入ろうとしては見えない何かに弾き飛ばされていた。

「私ではありません。完全に絶てとおっしゃるのであれば、カスメなどお呼びになりませんよう」

「すぐ私のせいにする。確かに私は未熟かもしれないけど、姉様も失敗していたかもしれないじゃない」

「私が失敗するはずがないでしょう。お前のせいに決まっています」

 言い争う二人の姿に更にサイはため息を重ねる。

「全く、お前達は今まで何を習ってきたのです。事が終わったときはシンヤ共々鍛え直しですね」

 サイは庵の障子を閉め、改めて二人に向き合って目の前の折り鶴を見るように言った。カスメは何の変哲もない折り鶴に首を傾げていたが、ヒジリは怪訝な表情を浮かべてサイを見つめる。

「巽の気配がします。其れは巽の仕業ですね」

 ヒジリの様子に再びため息をついたサイ。

「シンヤの教育の賜物ですね。お前は巽を目の敵にしすぎです」

「巽のような者に乾を乗っ取られてはたまりません。警戒しすぎるほどがちょうどいいのです」

「やれやれですね。その辺も今回のことが終わり次第、私自らが教育しなおしましょう。それより目下はこちらのこと。二人にはこの鶴についていって事をなして欲しいのです」

「私達二人にですか?」

「私は動けませんからね、貴女達が連れてきた連中をここに縛り付けておかねばなりませんし、自らが起こしたことは自らで収集せねばなりません。現在本人は其れができない状態ですので、本人代行にお前達がやるのは当然のことですよ」

「お祖母様、おっしゃっている意味が全くわからないんですけど」

「乾のことで呼んだのですから、当主とお呼びなさい。意味は行けば分かります。今度こそこの場に気配を残しつつ、連中に決して悟られぬように、いいですね」

 サイのきつい言いように蛇に睨まれた蛙のようになった二人は小さく頷き、ヒジリが折り鶴を手に取り息を吹きかける。すると、鶴はひらりひらりと何かに誘われるように羽ばたき出て行き、二人はサイが用意した人型の和紙に自らの力の一部を移して式神とし折り鶴を追った。

 折り鶴は二人を導くように本家から東にある山の祠へとやってくる。

 その祠は乾が修練場にするために術を施し、人ならざる者が現れるようにした場所。

 ただ吐き出すだけにしてしまえば人に仇なす可能性があると普段は封印が施されている。しかし今はその封印の気配がなく、人相の悪い人間が見張るように数人立っていた。

「姉様、あれって完全にやられちゃってない?」

「そうね、確かにあれは同化で憑かれていますね。狐狸の類いかしら」

「同化状態か。あ! だったらあれが使えるかも~」

 妖かしに人格を同化させられた状態で憑かれた場合、中身の狐狸を滅すれば、その人の人格の一部までも滅してしまう可能性がある。

 その為、このような状況の場合、幾つかの段階を経て滅する作業に入らねばならない。一体ここに何があるのか皆目見当がつかないヒジリだったが、普段見張る必要のない場所に見覚えのない見張りがいる時点で何かあることは明確。しかし憑かれた人間をどうしたものかと考え込んでいた。

 そんなヒジリの様子を気にすること無く、カスメは持っていたポーチから和紙を数枚と筆ペンを取り出す。

「カスメ、お前一体何をしているのです?」

「んと、この場合は……、これでいいかなぁ」

 ヒジリの質問に応えること無く、和紙に「檻」「鎮」「眠」「封」と書きヒジリににっこり微笑んだ。

「姉様、あいつら引きつけておいて」

「引きつける? 一体何をするのですか?」

「いいから、いいから。んじゃ、よろしく」

 そういって駆けていくカスメに「お待ちなさい! 」と思わず叫んでしまい、見張りはその声に反応してヒジリの方へと集まってくる。

「声が、した」

「誰だ、誰か、居る」

「見つかってしまったじゃない、カスメの馬鹿者が。致し方なし!」

 ヒジリが隠れていた茂みから飛び出し、臨戦態勢をとった瞬間、戦いもしないうちに目の前で見張りの男達がバタバタと倒れていった。あっけにとられて一体何があったのかとヒジリがぼんやりしていれば、倒れた男達の向こうから得意げに笑ってカスメが手を振る。

 その姿を見たヒジリの眉間には深く皺が刻まれ、笑顔のカスメを睨みつけた。ヒジリの睨みなど大したことないと笑顔のままカスメは手でVサインを作って「上手く行ったでしょ」と言い放つ。

「上手く行った? 何がです! 勝手して反省の言葉も謝罪もなしですか!」

「何怒ってんの? 結果オーライだからいいじゃない」

「結果? 偶然の出来事を結果とは言いません! 全く、どうしてお前はそのような……」

「あのねぇ、姉様。偶然敵がバタバタ倒れることがあると思う? よく見てよ、これ!」

 カスメがそう言って指差すところをしぶしぶ見てみれば、札のようなものが首筋に針で突き刺され、体に吸い付くように張り付いている。見たこともない術に手を触れようとすれば、カスメがきつく駄目だと静止した。

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