第13話 阿古町となりそこない。

 大神は指示された通りの場所に高度を下げつつ、辺りを気にしながら舞い降りる。

「別に今のお主であれば狐に力を借りずともよかろう」

「力はね要らないんだけど、ちゃんと筋を通しておかないと面倒なんだ。狐の親分に話をして、どうしようと僕の自由ですって確約してもらわなきゃならないからね。後々面倒になるのは猿神の時で懲り懲りだよ。放っておくくせに、いざとなったら主張するんだから。あれ以降どんな状況でも其々の親分にはお伺いを立てて絶対的な確約をしてもらうことにしているんだ」

「どんな神でも取られてしまうと分かれば惜しくなって、他者のものになることを嫌がるからの」

 大神の言葉に巽は少しの冷笑を浮かべ、背から降りたのち、ため息混じりに大神に終わったら呼ぶからあとは好きにしていていいよと言って歩いて行った。

「さて、一体何処にいらっしゃるのやら」

 人気のない参道をとりあえず大社に向かって歩いていた巽に、空気から抜け出てくるように白い狐が寄り添い鼻をひくひくと動かす。

「妙な匂いだ。お前は異色の成り損ねか? 裏口から入ってくるとは何事ぞ」

「成り損ねとは随分な言われようだね」

「やっぱり成り損ねなのか? 我らは本当のことしか言わぬのだ。それで、その異端児が正統なる我らの場所に何の用ぞ」

「決まっているだろ、神様に会いに来たんだよ。今日は何処に居るかな? 山に居るのはわかるんだけど、今日はやけに気配が分散していて探せないんだけど」

 巽がそう言うと白狐はとたんに慌てた様に逃げようとし、空気に溶けていく寸前で尻尾を巽に掴まれ、ひん! と声を上げた。

「逃げるってどういうこと? もしかして、わざと気配を分散させているとか?」

「わ、儂は知らぬ。ただ、妙な気配がするから見てまいれと言われただけで」

「それじゃ、神様の場所知っているでしょ?」

「儂は阿古町様に言われてきただけじゃ」

「だったら、どうして逃げたの?」

「入ってきた者が神に会いたいといえば追い返せと。しかし、儂ではお主に敵わぬ」

 今にも泣き出しそうになる白狐を優しく抱いて、巽は笑顔で「阿古町のところなら案内できるだろう? 」と聞き、白狐はこくりと頷く。真っ白な体は小さく震え、巽は白狐の言うとおりに歩きながら笑みを浮かべた。

「獲って喰いはしないから怯える必要はないよ。ここは浅い狐だね、拾われたのかい?」

「御山の社が壊されて、居場所がなくなったところを阿古町様が拾ってくれたのじゃ」

「そう、阿古町は面倒見がいいからね」

「全く、人を呼び捨てにするでないわ、成り損ない」 

 巽が白狐と話していると、前方から少々機嫌が悪いのか妙に苛立った声が聞こえ、白狐は巽の腕から飛び出して声の主の足元に舞い降りる。そこには目つきの鋭い先ほどの狐の数倍大きな、巽が見上げるほどの狐が一匹。

「そちらこそ。若い狐にまで成り損ないと紹介しているんでしょ? だったら、お互い様だと思いますけどね」

 巽が物怖じすること無く大きな狐を見上げながら言えば、狐はゆるゆるとその体を溶かすように小さくなって、髪の長い、女性の姿へと変じた。

「して、用向きは」

「大社に来て用向きは? って質問はないでしょ」

「宇迦之御魂大神様には会えぬぞ」

「『会えぬ』じゃなくて『会わぬ』じゃないの? まぁ、どっちでもいいんだけど。阿古町が約定してくれるなら其れでいいんだ。阿古町が駄目なら小薄でもいいし。とにかく伏見の中で霊格が高いのから約定が貰えればいいから」

 眉間に深く皺を刻んで、微笑む巽を睨みつけた阿古町は、大きなため息の後「暫し待たれよ」と言ってその場から消え去る。

 言われた通り、その場で狐達と巽が遊んでいれば、山全体の気配が二度ほど大きく震え、観念した様に静かになると阿古町が現れた。

「こちらへ」

 厳かにそういう阿古町について神域へと入れば、少しふてくされた面持ちの神々しい光を纏った色白の女性が一人、辺りに狐を従えて座っている。

「お久しぶりです、宇迦之御魂様。大事な用向きというのは終わられましたようで何よりです」

「ふん、わざとらしい。主がこちら側に来るというなら別だが、乾が関わるとろくな事がない」

 睨みつけてくる宇迦之御魂大神に、巽は持っていたトートバッグから菓子折りを出して微笑んだ。

「遠方からわざわざ訪ねてきたんですから、そう機嫌を悪くされず、せっかく銘菓豆子郎の外郎をお持ちしましたのに。それに、今回は大した用向きではありませんから」

「ほう! 餅っとしており、小豆の風味が豊かで、口どけは良く、甘さも上品な山口のあの外郎か。……ふむ、外郎に免じて聞いてやる。今日は何用じゃ」

「今回僕がすることに一切の手出しも口出しもされませぬよう。さらにその後、取られただの取っただの、無駄な言い争いはせぬように約定を頂きたく思います」

「なるほど、奴らのことか。構わぬ、好きにするが良い」

「ではこちらに印をいただけますか? 口約束で後ほど忘れたと言われては困りますので」

 疑うように言われた宇迦之御魂大神は、頬の膨らみを大きくして口元では何かをブツブツと言いつつ、巽の出した紙に自らの印を認める。その横で阿古町は巽を睨みつけた。

「まこと、失礼無礼極まりない。猿と我らは違うというに。我らが約束を違えること前提で約定を認めさせるとは」

「だって、貴方達はそういう存在でしょ。自分に都合が悪ければ約定などあってないがごとく、違いますか? それに、あまり奢らないほうがいいですよ。ここに存在できているのは誰のおかげなのかちゃんと考えて、ちゃんと還元していただかないと」

 生意気な! と巽に食ってかかろうとした阿古町を止めた宇迦之御魂大神は、それは楽しそうに笑う。

「心配せずともちゃんと還元させておるわ。主のような者が未だ居るうちは、我はこの世界から去るつもりはない」

「それは良い心がけだと思いますよ。では、くれぐれも宜しくお願いします」

「なんじゃ、もう行くのか? もう少し良かろう。菅原の所には使いをやるでの、酒ぐらい飲んでいくがよい、というか飲んでいけ」

 機嫌よく言う宇迦之御魂大神に、仕方がないと諦めた巽は神域に大神を呼び寄せた。

 呼ばれた大神は宴の用意が進むその場所に巽を見つめてため息をつく。

「さてはこのための保険に我を呼んだな?」

「さぁ、どうだろうね。でも大好きなお酒がたらふく飲めるのだから悪いことはないだろう?」

 巽は微笑みながら大神に暫く宇迦之御魂大神の相手を頼み、神域から出て瞳を閉じ、風に身を委ねた。

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