第12話 人と神。

 庵へと帰ってきた巽は何故か緊張感が走る室内にため息を漏らす。

「こうなるとは思っていましたけど、予想以上で驚きです」

 凛としているが、にじみ出る怒りに包み込まれているのがわかるサイと、そんなサイににやにやとした笑顔を向ける変化した大神。

 そして大神の目の前には食い散らかされた上菓子があった。

「御当主、ご迷惑をお掛けして申し訳ない」

「迷惑など、思っていませんよ。ただ少し、我慢するのが大変だっただけです。気を抜くと滅してしまいそうで」

「滅するなど婆ごときに出来はせぬのに面白いことを言うであろ?」

 大きく笑う大神に巽はにこやかな笑顔を見せる。

「面白い? じゃぁ楽しんだということだよね? こんなに上菓子をいっぱい供えてもらって楽しんだのならちゃんと返さないと駄目だよ」

 巽の言葉に大神は暫く黙りこんだが、小さく息を吐いて「仕方ないのぉ」と変化を解き、天井すれすれまで大きくなりサイを見下ろした。サイは微動だにせず大神の足を眺める。

「別に返して頂かなくて結構ですよ。貴方方は願っても祈っても何も与えてくれない存在なのですから」

「乾の当主もまだまだじゃな。神は自分勝手なのだ。願いや祈り等しかせずただ頼っているだけの者に神は何も与えぬ。自ら動き、自らの力を見せ、我らを楽しませた者にのみ神は自分勝手をするのだ」

 得意気に笑った大神は、大きな口を開けサイに向かって頭を下げた。気付いた時にはサイはすでに大神の口の中であり、辺りの暗闇に驚いていれば、空気の流れに体が引っ張られる感覚がした後、辺りが明るくなった。

 いったい何があったのかと眉間に皺を寄せ、巽を見つめてくるサイに巽は微笑む。

「例えるなら、上菓子のお礼ですよ」

「礼ですって?」

「巽、それは違うぞ。礼ではなく婆が今最も嫌がることをしてやったのだ。その方が面白そうだからな」

 小さく息を漏らすように笑う大神の口にはじたばたと暴れる子鬼が一匹。

 それを見たサイは更に眉間の皺を深く刻んで大神を睨みつける。巽はサイの様子に少し微笑んで大神を促すようにして庵を出た。

 相変わらず怪訝な表情をしているサイが縁側まで出ると、巽は折り鶴を手渡す。

「本家に居る伯父さんには内緒でヒジリとカスメをこの折り鶴が行く場所に送っていただけますか? 先に探らせた者達の元へ導いてくれるはずですので」

 ヒジリはソウマの姉であり、カスメはソウマの妹。二人を指名する巽にサイは少し考えた後、わかったと言って折り鶴を受け取った。

「それではお祖母様、失礼致します。お祖母様はまだまだ乾にとって必要な方です。大神のしたこと、お怒りになりませんよう」

「巽、タマモは今回、お前を認めたのではないのですか?」

「認めるも何も、子供扱いのままです。恐らく母上が僕を認めるのは当主が交代するその時だと思いますよ」

 微笑みながら言う巽の言葉に、サイは少し安心したような笑みを向け、深々と頭を下げ「ソウマをお願いします」と小さく呟く。

 その声が終わるより先に大神は大地を蹴って天空へと舞い上がった。本家の上空を数度回って大神は東へ飛び立ち、サイはじっとそれを見送る。

「大神にしては珍しいね、お祖母様を救うなんて」

 柔らかな毛に包まれながら大神の背に横たわる巽が言えば、大神は口の端を引き上げて笑った。

「妖しの力を持った年寄りの婆の中でもあやつはなかなか面白いからな。楽しみのために暫く生かしておくことにしたのだ。あの程度の病鬼を飲み込むぐらい大したことではない」

「昔お祖母様が父上を救いたくて自らの命と引き替えにと頼んだときは知らん振りしたくせに」

「昔のあやつは面白みの欠片もなかったからの。それに我らは別に人の命など所望しておらぬし、頼んだからといって叶えてやる義理もない。我らは我らがしたいと思ったことをするまでだ。どうしても叶えたいのなら自らどうにかすれば良かろう」

「どうにもならない時だってあるじゃないか」

「それは無い。何かの事柄で自らが努力をし、その結果どうにもならなかったというのであれば、それはそういうことなのだ。努力をしないでというのは論ずるまでもない話。事を成せば何かしらの結果が出る。因果応報、事柄となる原因が発生すれば善しであれ悪しであれ自ずとそれの報いがあるのだ。にも関わらず、自ら何も起こそうとせず、いるかいないかもわからぬ存在に頼る時点で其れはもう駄目であり無駄。あまつさえ、命をかけようとは言語道断だ」

 大きな鼻息を空中に吹き出させいきり立つ大神の背を撫で、巽は小さく笑った。

「見えなくても、居るのか居ないのか分からなくても、頼るものがあるだけで安心するんだけど、そういう人間の心理は神様に理解し難いことなのかな」

「ふん、同じ立場のように話すこと自体がおかしかろ。我らと人間との間では全てにおいて理解などという言葉は存在しないからの。主は変わり者であるがゆえ両方の気持ちが『理解』できるのであろうよ。さて、着いたぞ」

 大神に言われ下を覗き込めば、朱色の鳥居が立ち並ぶのが見える。

 大神の背中で立ち上がった巽は辺りを見渡し人の気配、そしてその他の者達の気配が全くない山の奥を指さし、降ろすように言った。

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