第11話 巽の両親。
本家の裏には小さな竹林があり、その場所は当主が結界を張って、当主の許しがなければ決して入れない所となっている。
巽はサイが先ほど作った結界の間の小さな通路を竹林の奥へと進んでいた。ただ一本の通路は巽が通りすぎれば左右からゆっくり繋がり道を塞いでいく。
通ってきた道が閉ざされていくのを気にすること無く、前へと進んでいく巽の目の前に、こぢんまりとした社が現れ、巽はその前に座り込んで中を覗いた。
「ごきげんよう、母上」
小さな祠の中には透明で虹色に輝石が一つ。
巽の声に答えるように輝いて、陽炎のようなゆらめきとともに巽の目の前に真っ白な長い髪をした女が現れる。
「いらっしゃい巽。よく当主様がお許しになられましたね」
「多分嫌だったとは思うけどね」
「いけない子。妾は言うたはずです、お前の一生は乾のためにあると」
「分かっていますよ。だからこそここに来たんです。まぁ、こんなことでもなけりゃここには来られないですしね」
「状況は把握しています。ソウマももう少し自らのことを分かって頂ければ良いのですが、お前もその辺を説いて差し上げればよいのに」
「あのソウマが僕の言うこと聞くと思いますか?」
「それを聞いていただき、ソウマを立派な乾の当主にするのがお前の役目ではありませんか」
「では、現当主様と伯父さんから再教育しなくては」
引き上げた唇の隙間から笑いを漏らす巽の態度に、眉間に皺を寄せ再び小言を吐き出そうとした女の肩から、小さな着物姿の男が顔を出して巽と同じように笑いを漏らした。
「当主とシンヤをか? そりゃ無理だ」
「父上、いらっしゃったのですか。ずいぶん小さいのでわかりませんでした」
「石の中では普通でいられるが、やはり出てくるとなると消耗が激しいからな。お前がさっさと一人前にならぬから、要らん苦労までするのだぞ」
「僕のせいではありませんよ。母上が認めてくれないのと、お祖母様がお二人を愛しすぎているのが原因です」
「御当主という立場があってのことでしょう。愛しているからなどという不確かなことで動くお義母様ではありません」
「母上らしいというか、なんというか。鈍感にも程がありますよ。本来ならこの祠も本家に近いこんなリスクの高い場所ではなく、僕の住処の近くにするべきだったのに、頑として譲らなかったのはお祖母様です。ここに来るまでの道だって綺麗に整えられていて、草も殆どなかった。この結界はお祖母様が許す以外は誰も通れないし、他の人間がこの結界の本来の意味を知っているわけがない。お祖母様は絶対に通さないし話さない。伯父さんだって知らないでしょ? 手入れはお祖母様がしているはずです」
「そうそう、手入れはね当主自らで母さんがやっているよ。あの人達は面倒臭い人たちだからねぇ。素直じゃないから。乾の血は何処か面倒なんだよねぇ」
「でもお義母さんは、妾を毛嫌いしているはずです」
「流石乾家に嫁に来ただけあって 母上も十分面倒な。まぁ、いいや。家族の団らんをしに来たわけじゃないんですよ。状況を理解いただいているのなら、封印を解いていただけますよね。タマモ様」
ため息混じりに巽が母の名前に様をつけて言えば、巽の母のタマモは大きく息を吸い込んだ後、ゆっくり息を吐き出した。
その呼吸に合わせるようにタマモの尾てい骨あたりから、金色に輝くふわりとした触り心地の良さそうな尻尾が九本生えてくる。
「分かっていますね、くれぐれも」
「母上、もう少し僕を信用していただけません? いつまで経っても母上の中で僕は小さいあの頃のままなのですね」
「当たり前でしょう。お前は妾の子です。その事実は未来永劫何が変わろうと決して変わりません」
「巽、タマモはお前が心配なのだよ。以前お前は力を制御しきれなくて本家が全壊しただろ?」
「何十年前の話をしているんです。物心もついてない頃から制御の仕方を知っている方が怖いじゃないですか。でも、まぁ、ありがとうございます。心配されるのは嫌いじゃないです」
「全く、お前はいつも憎まれ口を」
「といっても、タマモ、早めに認めてやらないといつまでもこのままというわけには行かないよ」
シンリの言葉にタマモは少し沈んだように瞳を伏せて「はい」と小さく返事をした。
「お祖母様が生きている間は大丈夫でしょうし、あの人、暫く死にそうにないから今すぐでなくてもいいですけど、問題は父上です。その状態をいつまで保てるのか。母上、そのへんは見極めて僕の力を返してくださいね。父上が居なくなる時、僕は貴女を滅せなければならないのですから」
「分かっています」
悲しげな笑顔を見せる巽に優しく微笑んだタマモは、出てきた九つの尻尾で巽を包み込み、辺りはまばゆく光り輝いた。
輝きが収まるとそこにタマモの姿はなく、金色の瞳をした巽が独り佇み、虹色の光が祠の外に飛び出すように瞬く。
「ありがとうございます、母上」
「巽、ちゃんと伏見の方を尋ねなさい」
「もちろん、そのつもりです。そのために大神と来たのですから」
「くれぐれも失礼のないように。お前は神を馬鹿にし過ぎる節がある」
「馬鹿になどしていませんよ。ただ、彼らと同じ思考で彼らに似ているだけです」
笑顔で言ってのける巽に呆れた様な雰囲気を漂わせて、石の中に光が収束していき、それを見送って巽はこの場所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。