第8話 巽屋、お仕事です。

 故に巽に隠す必要は無く、このように妙な気配を放つシンヤに何かあると、巽は期待で微笑みそうになるのを必死でこらえる。

 巽はソファに預けていた体を起こし前のめりに、膝に肘をついて顎を支え、上目づかいで頭を抱え俯き加減のシンヤの顔を覗き込んだ。

「それで、ソウマさんの行方は? もちろん追っているのでしょう?」

 じっと、心の中を見透かすように射ってくる瞳に一瞬言葉を失いかけたシンヤだったが、すぐに自分を取り戻してこくりと頷いた。

「あ、あぁ、もちろん。儂の鴉を放った」

 シンヤはソウマの家を出てから昨日までの足取りを説明する。ソウマは計画通りに岐阜からことをはじめ、現在は京都にいるという。

「……調伏、できたのですか?」

「うむ、それが不思議なのだが出来ているそうなのだ」

「それは、意外だなぁ。本当に?」

 目を丸くして言った巽の言葉に、その通りだと言わんばかりにシンヤは頷いた。そして、二人は真剣な瞳を互いに向け合う。

「親として、こんなことは言いたくないが、ソウマが出来る事ではない。何か良からぬことが動いている気がする。儂の鴉ではわからぬ何かが起こっているのかもしれぬのだ」

「なるほど、そこで僕に様子を見に行ってほしいわけだ」

「あぁ、そうだ。万一ソウマに何かがあった場合、ソウマが調伏した者達に対抗できるのはお前ぐらいだ」

 眉間に皺を寄せ、唇をかみしめながら言ったシンヤの様子を見てとり、巽は唇の端を引き上げてシンヤに問いかける。

「それで……、伯父さんの覚悟はどの程度?」

「ソウマを殺しても構わん」

「それは、凄いな。大事な跡継ぎでしょ、命だけはと言わないの?」

「当然だろう、あいつはあいつの責任の上でやっていることだ。儂は十分止めた。乾の血族として散ればいい」

「乾の血族ね、伯父さんらしい」

 薄く笑った巽は大きく手を鳴らし、其れを合図に囲っていた結界が解けシンヤは立ち上がった。

「それじゃ、伯父さんの鴉の位置を教えてもらえますか? 場所によって今日中か明日出るか決めます」

「わかった、これがソウマに付けた鴉の眼だ。扱い方はお前ならわかるだろう」

「えぇ、乾の術はひと通り叩きこまれましたから」

 シンヤは巽に小さな紫の玉を渡して、部屋を後にし、食事でもと誘う巽の言葉に答えること無く山を降りていく。

 シンヤがいなくなったのを見計らって飯綱が巽の所にやってきた。

「シンヤ帰ってったぞ。二人だけの秘密にするつもりか?」

「伯父さんがそうしてほしそうだったからそうしただけだよ。どっちみち皆には手伝ってもらわなきゃいけないことだから秘密にするつもりはないさ」

 そういって、巽は事のあらましを飯綱に説明し始めたが、初めこそキラキラと興味津々の眼差しだった飯綱も話が進むにつれ顔が曇り、最終的に舌打ちをした。

「清々しいほどの馬鹿だな、ソウマってやつは」

「飯綱は会ったことがないのだったっけ? 会ったことのある八俣だったら相変わらずの阿呆って言っているよ」

「放っておけばいいんじゃないの? そういう奴は一回痛い目に合わないとわかんないって」

「大丈夫だよ、今十分痛い目にあっているから。それより、飯綱は異獣を呼んできてくれる? 八俣のところまでお使いをしてもらいたいから。あとは婆娑も呼んできてくれるかい、彼には一緒に同行してもらおう」

「なんだよ、役立たずばっかじゃねぇか。もっと戦いの役に立ちそうな連中にしたらいいのに」

「戦う気なんてさらさらないのに連れて行っても皆退屈しちゃうだろ」

「腰抜け、従兄弟だから戦わないってか?」

 飯綱が不満げそうにそういえば、巽は大きな声で笑って飯綱の尻尾をつかみ目の前にぶらりと垂れさせる。

「そう、僕は腰抜けなんだ」

 何かを企むようなほほ笑みを飯綱に見せて、シンヤから受け取った鴉の目を、文句を言いながら体を揺らす飯綱の口の中に放り込んだ。

 その途端、飯綱の表情は明るくなり、口の中で飴玉を転がすように鴉の目を味わい始める。

「旨い?」

「あぁ、すっごく! お駄賃か?」

「まぁそんなところ。異獣と婆娑のこと頼んだよ」

「了解! 任せとけ」

 巽の手が尻尾から離れると、飯綱は跳ねるように外へと飛び出していった。

 其れを見送った巽はすぐに数枚の和紙を用意し、筆で鴉と蜂の文字を書き、それらはすぐに形を崩して真っ黒な鴉と蜂に変化。無数のそれらに向かって巽が「探しておいで」と窓を開けて言えば、一斉に空に向かって飛び立つ。

「さて、それじゃ、お知らせしに行きますか」

 巽は面倒くさそうにため息を付き、今より少しはましにみえる服に着替えて、口笛で呼び出した大神の背に乗り住処である洋館の巽屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る