第7話 乾ソウマ。

「巽、お前はソウマのことをどう思う?」

 話の続きがシンヤから語られるかと思えば急に妙なことを聞いてくるので、巽は少し首をかしげながらもシンヤに問い返した。

「どうと言われると、どういうことでしょう。従兄としてですか? それとも、術者としてですか?」

「従兄としてどう思っているかは知っておる。面倒くさいと思って居るのだろう」

「えぇそうですね。伯父さんの教育のせいで、何かにつけて比べたがるもので本家で顔を合わせると非常に鬱陶しいです」

「一言多いな、まぁいい、儂が言いたいのは術者としてだ」

「術者ですか。術を使う者として基本は完璧でしょうね、伯父さんやヒジリがしごいているから当然でしょうけど。ただ、昔からソウマは器用さにかけますし、機転が利かないので、乾の良く似た年齢の中では中の上っていうところではないですか」

 シンヤは意外にもはっきりした答えに(あぁ、なるほど)と何故か頷き、口の端を少し引き上げて笑った。

「なかなか、言ってくれるな」

「言ってくれるなって伯父さんが言えって言ったのでしょ。僕は本家に何かしらの含みを持ったことは無いですからね。上手な事は言いません、嘘も嫌いですし、本当の事しか言わない。伯父さんのことだって、父上に次ぐ素晴らしい術者だと思っていますよ。だた、人間的にどうかと思う所は多々ありますけどね」

「全く、そういう口のきき方をするところはシンリにそっくりだな」

「褒め言葉ですね。まぁ、その話は置いておくとして。朴の儀の話をするということは、ソウマさん、儀式をやるのですか? それとも、何かやらかしたとか?」

 巽の言葉にシンヤは殊更深く大きなため息をついて頭を抱え込む。

「何かやらかしたといえばそうだとしか言いようがない。先延ばしにしていたのはソウマの力は不甲斐ないと思っていたからだ。厳しく指導すればもう少しは向上するかと思ったのだが」

「ダメだったんですね?」

「あぁ、まったく成長しなかった。しかし、いつまでもこのままというわけにもいかんからソウマには朴の儀を受けさせた。ただ、何を思ったのかソウマの奴、朴の儀のため家をでるときになんと言ったと思う?」

「さぁ?」

「巽よりもずっと強力でずっと素晴らしい荒神を連れてきますよ。奴はそう言ったのだ」

「それはまた、ソウマさんらしいですね」

 ソウマは以前から巽をライバル視している。

 と言うより、そうなるように育てられたと言ったほうが正しいかもしれない。シンヤは常に自分の子供と巽を比べ、巽よりも強く、巽よりも! と育て、さらに、巽よりもソウマのほうが優れているのだと刷り込んだ。

 その結果、事あるごとに自らがナンバーワンだと言い張り、そして、自滅するというお約束の道をたどる事となる。

 そして後始末はいつでも巽がやらなければならず、巽にとっては厄介な人物ナンバーワンであった。

「で、結局ソウマさんは一体何を調伏しに行ったんです?」

「まずは岐阜、そして四国、最後に……」

「まさかの京都とか?」

「その通りだ」

 ため息をつきながら頷いたシンヤに、半分呆れ首を横に振った巽。

 暫くの沈黙の後、シンヤはポツリポツリと事の成り行きと、巽への依頼を話し始めた。

「事の起こりは二カ月程前の事だ。先ほども言った通り、当主からソウマになんとしても朴の儀を行うよう達しがあった。そしてソウマは数日考えた後、三つの崇り神を自らの護り人とすることに決めた。岐阜の平将門公、四国の祟徳院、京都の菅原道真公」

 次々と上げられる有名人の名前に巽はやれやれとソファに背中を預けて天井を眺める。

「何とも。欲張りにも程があるんじゃないですか。一人一体とは決まってませんが、儀式では一体迎え入れるのが通常でしょう。それに、どれもソウマさんの力では調伏どころか姿すら現すことのない方々。何より今は祟り神ではあらせられないではありませんか。あの方々はそう言われることを最も嫌がりますよ」

「返す言葉もない。まさにその通りだ。だから儂も止めた。お前には一人も調伏すら出来ない、過ぎた者達ばかりだと。だがソウマは、自分は大丈夫だと言い張って結局、結果を見てから文句を言えと儂を怒鳴りつけ、大喧嘩の挙句、ソウマは飛び出して行ってしまったのだ」

 大きなため息の中に落胆の色もありつつ、何かを期待するような気配もして巽は少し微笑んだ。

 自分の父、シンリは生まれながらに体が弱く、何より優しさだけの人であった。

 そして、伯父であるシンヤはそんなシンリを常にどんなものからも守ってきた人。

 どんなに勝手に自分を子供のライバルと仕立てあげた人でも、その軸は優しさだけの人であると巽だけは知っていた。

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