第6話 結界の中で。
シンヤは少し体を乗り出して、紙の上に描かれていく文字を見る。
紙上、右上に結、右下に竟、左上に營、左下に禁。
四つの文字はゆっくりとそのつながりを解き、形を崩して生まれたころの象形へと姿を変える。
すべての象形が現れると紙は端から空気に溶けるように粉々に飛散して光り輝き、眩しさに瞼を閉じたたった一瞬で二人が座するその四方、床までも乳白色に煌めき輝く四角い壁に包まれた。
「これが、お前の結界か。我々が使うものとは違うな」
「元々僕の力は本家の方々とは全く違いますからね。本家の方々は型と印をとるが、僕は字をとるんですから」
「縛り、だったな。お前が型や印をとれば全ての摂理が狂う。本家当主からの縛りを言い渡され呪を施されている、だったか?」
「えぇ、型や印を結べない様にした、ある種の封印を施されているんです。その代わりに力を字で表すことを許されています。今回僕がとった言葉は『結』『竟』『營』『禁』の四つ。結とは、糸と吉からなり、祈り、願いを閉じ込め紡ぎます。竟とは、ものの切れ目、区切りのこと。營とは、火によって外と内とを分け自らの周りを取り巻く事。禁は出入り口をふさぎ中に閉じ込める。それらを合わせてこの結界としました。この四つの意味によってこの空間の外、すべてのものとの理を絶つことができます」
「絶つだけなら『絶』では駄目なのか」
「駄目ですね。絶は全ての物を切るという意味を持ちます。つまり、全ての物、伯父さんと僕も切られてしまう。それでは意味がないでしょう? 字という物は其れ其の物に出来上がった時の、または後に付け加えられた意味を持ちます。僕の力は字と言葉によってその意味を解き、そして化合させ、反応させる。境などでも良かったのですが、あれは土地などの分け目を言いますからね、今回はこの空間を区切るという形を取ったんです」
「ふむ、なんだかよく分からぬ、儂には理解が出来ん術だな。ならば、これであの飯綱も覗けんし、なにより誰にも漏れぬという事だな」
「はい、大丈夫です」
シンヤは辺りの気配をさぐりながらその言葉を信用し、ゆっくり二度ほど深呼吸をしてじっと巽を見つめ、溜息のようなどうしようも無い雰囲気の息を吐きながら口を開いた。
「巽は朴の儀というのを知っているか?」
「えぇ、知っていますよ。僕には必要ないので儀式はやらなくていいと当主から言われていますが、本家の儀式そのものは全て学ぶようにとお達しがあったので頭に入っています」
朴の儀とは。
代々乾家に伝わる、男十八、女二十の歳が来たならば、朴の儀によりその身にふさわしい護り人を付けるべし。という言葉に従って、数えでその歳となった者が、自らの力を見極め、自らの力にて妖かし、物の怪、荒神に怨霊どの類でも良いから鎮めつつ調伏させ、自らを護らせる様にする儀式。
この儀式には三つの意味が込められており、一つ目は術者が驕らず、見誤ることなく自らの力を見つめられるかどうかという事。二つ目は見極めた力を己によって試すことにより、心の強さを見る。最後、三つ目は今後何があろうとも自らを護る、己が唯一無二の主であると決して逆らうことのない存在を傍に置くこと。
この中で一番重要なのは己の力の見極めが出来るか否かという事であり、それは舞い込んでくる鎮めの依頼が自分にできるかどうかを見極められるかという事につながる。延いては見極めにより失敗の無い仕事をすることで、乾一族の威厳を守るという意味もあった。
「あぁ、そういえばソウマさんはとっくの昔に十八になっていますよね? っていうか、すでにもう三年は過ぎているでしょ、なのに儀式をしてないですね。確か已む終えぬ事情とかで伯父さんが延ばしていたような。ソウマは何時朴の儀を行うのですか?」
「そう、そうなのだ。それが問題なのだ」
シンヤの言葉でなんだか嫌な予感が徐々に大きく確実になっているような気がした巽だったが、ここで話を切れば伯父の機嫌を損ねるだろうと何も言わずにシンヤの顔を見つめた。
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