第4話 伯父現る

「まったく、いつ来てもここは禍々しい」

 眉間に皺をよせ、白髪頭を綺麗な七三に分けた中年の男は悪態をつきながら洋館に足を踏み入れる。玄関から伸びる廊下の左側に設けられた木製の階段の上から巽が出迎えた。

「禍々しいとはお言葉ですね、伯父さん」

「禍々しい物を禍々しいと言って何が悪い。本家が来たというのに出迎える気すらなく、陰に隠れて見ているだけの連中などただの障りだ」

 出迎えた巽にもう一つの嫌味を言った男。

 巽はにっこりと微笑みを浮かべながら階段を下り、そのまま玄関横の応接室へと男を通す。

 男は当然のように上座にあるソファに腰かけ、巽はその斜め右前に腰を下ろした。

 ふぅと疲れた様子で息を吐いた本家の男シンヤは、茶を持ってきた飯綱をちらりと見た。

「八俣はどうした? 滅したのか?」

「彼女は熱田に行っています」

「熱田? あぁ、太刀をしゃぶりに行ったのか」

 口の端を引き上げていやらしい笑いを浮かべる伯父に、溜息をつきながら「えぇ、そうです」と答えた巽。

 その態度に再び伯父の眉間には皺が寄る。

「相も変わらず気に入らん態度だ。それで、どうして飯綱が接客をする。第一、お前はまだこんなものを飼っていたのか」

 横柄な態度を変わらず向けてくる伯父の言葉に、巽は少し小さなため息をついた。

「伯父さん、お忘れですか? 初めに飯綱を厄介払いでこちらに押し付けてきたのは伯父さんでしょう。飯綱は初めこそ繁栄するが後々衰退を招き入れる。乾一族に衰退などあってはならない! とか何とか言って」

「そうそう、本当に酷いよなぁ、シンヤは。シンリは何時だって俺を傍に置いてくれていたのによぉ」

 巽の言い分にあわせるように小言を言ってきた飯綱を、巽の父、シンリの双子の兄である、伯父の乾シンヤは睨み付けた。

「八俣がおらぬのは仕方ないにしても、他のモノでも良かろう。このように生意気な口をきかぬ奴に接待させるなど、客をもてなす気が無いように見える」

「それは、確かに。接客態度がなっていないのは承知しています。しかし、やってくるのは本家の人間だと聞いていましたし、本家の方が来るのであればそれなりに馴染んでいるものでなくては」

「そうそう、本家の連中が放つ気配は免疫がなければ毒も同じ。患って最終的には悪鬼に逆戻りだ」

「フン、ならば静かに鎮まっておけばよかろう」

「シンヤは何時までたってもお馬鹿だなぁ。だ、か、ら、お出迎えは無かったろう?」

 シンヤの言葉に鬼の首でも取ったように言ってくる飯綱に、シンヤはすっと手を差し出し、数度手前から奥へと払った。

「何?」

「分からんのか、お前は何時までたっても阿呆だな。お前は邪魔だと言っておるのだ」

「……怪しい。二人きりで悪い相談でもするの? 当主の座を乗っ取る計画とか?」

 阿呆と言われ慣れている言葉などなんてことはないと、厭らしく笑って嫌味にも似た内容を言い放つ飯綱。

 いつもなら、顔を赤鬼の様に紅潮させて低く唸るような声を上げるはずのシンヤが、ただ睨み付けるだけだった。

 飯綱は少し拍子抜けしつまらないといった表情を見せたが、いつもと違う態度、自分に出て行けと意味ありげに払われる手、それらに飯綱の好奇心はくすぐられる。

 好奇心旺盛な飯綱は、いつの間にか人化が解け、尻尾が生えてハタハタと床を掃除しており、それを見た巽は一つ咳払いをした。

「飯綱、伯父さんの言うことに逆らわない方がいいよ。幾ら免疫のあるお前でも本気で怒った伯父さんには敵わないだろう? それに、お前に何かあれば当然それをどうにかするのは僕だからね、面倒は御免だよ」

「えぇ、だってさぁ、絶対何かあるだろ? 二人だけなんて狡いよぉ。それにまだ怒っちゃいないだろ?」

「怒鳴れば怒っているってものでもないんだよ。だから修行して努力しろって言っているのに。屋敷中の連中が分かっているのに気付いてないのは君だけだ」

 そう言われて、飯綱が静かに周りの気配をさぐってみれば、そこはかとなくあった気配も、窓の外から中の様子を窺って居たはずの連中もすでに消えてしまっている。

 せわしなく動いていた飯綱の尻尾はぴたりと止まり、視線をゆっくりとシンヤに向けた。

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